『学園リゼロ! 3時間目!』


 

≪学園リゼロ!3時間目!!≫

 

――毎朝の目覚めは、突然の衝撃から訪れることが主だ。

 

「――ほーら、とっとと起きるかしら!」

 

「ほんじゅらすっ!?」

 

軽やかな声がして、軽やかとは言えない衝撃が腹の上を直撃する。うぎゃあと悲鳴を上げて目を覚ますと、すぐ目の前に今日も愛らしい妹の顔があった。

 

「……よう、ベア子。今日もプリティキューティーでラブリーだな」

 

「もちのろん、その通りなのよ。今日も今日とて、ベティーはぷりちーかしら。ささ、気持ちのいい朝だから早く起きて、一緒にご飯食べるのよ」

 

人の腹の上に乗り、ドヤッた笑顔を向けてくるベアトリス。その軽い体を乗っけたまま、俺は「わかったわかった」と頷いて、その場に丸くなる。

 

「あ!全然わかってないかしら!二度寝!二度寝の姿勢なのよ!」

 

「うぅ、わかってくれ、ベア子。俺だって、限りある人生でお前と飯を食う時間は大切にしたいんだ。でも、それと同じぐらい、朝のこの退廃的な時間を満喫したいんだ……」

 

「むきー!そんなの許さないかしら!にーちゃ……スバルは!いったい、ベティーと二度寝と、どっちの方が大事なのよ!」

 

「そんな昼ドラに出てきそうな聞き分けのない女優っぽいことを……いや、待て、その手があったか!」

 

「――?また急に何を思いついて……うきゃーっ!?」

 

腹の上でゆらゆらと揺れる幼女に手を伸ばし、そのまま布団に引きずり込む。

すっぽりと胸の中に収まった妹の頭を撫でてやり、俺はぬくぬくと退廃的な二度寝の時間にベアトリスを巻き込んだ。――これぞ、妹と二度寝の一挙両得!

 

「これで、ベア子も二度目の堪能できる。その効力は通常の二度寝の幸福度の倍……いいや、乗数としてそのさらに上をいくと言っても過言じゃない!」

 

「またぞろ馬鹿なこと言い出したかしら!は、離すのよ!ベティーはもう、スバルと一緒に寝てあげるほど子どもじゃないかしら!」

 

「えー、最近はベア子が一緒に寝てくれなくてさーびーしーいー……。だから、この機会に存分にベアトリーゼを摂取する。すんすん」

 

「嗅ぐんじゃないのよ!」

 

腕の中でバタバタともがく可愛いベア子。

ちなみに、『ベアトリーゼ』とは俺が考案した、ベアトリスと触れ合ったり愛でたりしていることで摂取することができる特別な脳内物質だ。これを摂取しないと、菜月家の男はしおしおに萎れて死ぬ。サンプルは俺と父ちゃんの二人である。

と、そんな調子で妹と戯れていると、皮肉なことに目が冴えてきてしまった。

 

「ぐぐ、しまった……これがベア子の策略だったのか。自分の可愛い身柄を囮にして、俺と眠気を切り離す陽動作戦だったとは、一杯食わされたぜ……」

 

「も、もう、何がなんだかわからないけど、とにかく離すかしら。ああ、せっかくの髪と服がめちゃめちゃになってしまったのよ」

 

「安心しろ。めちゃめちゃでもお前の魅力は薄れない。めちゃめちゃにはめちゃめちゃの良さがあるんだ。めちゃめちゃベア子」

 

「めちゃめちゃうるさいかしら!!」

 

怒ったベアトリスがベッドから降りて、俺に可愛く舌を出す。そんな妹の癇癪に頭を掻きながら、起き上がった俺は「あれ?」と首を傾げた。

その理由は時計だ。厳密にいえば、時計の指している時間。

それが――、

 

「おいおい、ベア子。いつもより一時間も早く起こしてるじゃねぇか。おっちょこちょいさん極まれりだぞ。ほら、二度寝を続けよう」

 

「両手を広げるんじゃないのよ!飛び込みたくなるかしら!そうじゃなくて、今朝は理由があって一時間早く起こしてるのよ。それで合ってるかしら」

 

「それで合ってるって……」

 

「今朝から、ベティーは学校の遠足の実行委員の集まりがあるのよ。だから、いつもより早くご飯を食べて、しゃっきりして学校にいくかしら」

 

「なるほど、俺はそれに付き合わされる……なんでだよ!」

 

胸を張ったベアトリスの事情に、うとうとタイムを邪魔された俺が反発する。

いくら可愛い妹でも、やっていいことと悪いことがある。俺は断固として、そんな身勝手な考えには反対していく方針だ。

 

「二度寝を邪魔された俺の恨みは深いぜ。どんな理屈で俺を打倒できる?さあ、言ってみろ、ベア子!なんでお兄ちゃんを起こした!」

 

「だって、ベティーだけ早起きしたら、スバルにおはようも、いってきますも、一緒にご飯も食べられなくて寂しいのよ……」

 

「クソ!可愛い!」

 

所詮、シスコンに妹の可愛い願いを撥ね除ける力などなかった!

素直なベアトリスの思いに応えるべく、俺は颯爽とベッドから降りた。確かに目も冴えてるし、今さら二度寝するのもなんだ。

ここは一つ、可愛い妹のおねだりに答えてやるのが兄の務め――。

 

「よし、そうと決まれば、着替えさせてくれ、ベア子」

 

「自分でやるかしら!」

 

さすがにそこまではやってくれなかった。

ともあれ、謎の塩漬け期間があった気がするから、お約束のボケをちゃんとやっておくのも大事なことなのである。

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

「それじゃ、ベアトリスちゃんはもらっていきますねっ」

 

「もらわれていくのよ」

 

早朝にも拘らず、輝かんばかりの笑顔を残し、家まで迎えにきてくれたペトラちゃんがベアトリスを引き連れ、学校へ向かう。

何でも一緒にやる仲良しな二人だが、どうやら遠足とやらの実行委員にも一緒になっているらしく、普段と違った時間の登校にも新鮮味を隠せない様子だ。

 

兄としては、オールラウンダー的にパロメーターが高いくせに、ちょこちょこ不器用さを発揮する妹のことが心配なのだが、そこをペトラちゃんがうまく埋めてくれるだろう安心感がある。二人のユニットなら、きっと天下を取ることも可能だ。

 

「俺的にはちょっと寂しいけど、妹の花道を笑って見送るのも兄の務めだもんな……。推しが武道館にいけるなら、死んでもいい……」

 

「おいおい、また気の早ぇ話してやがんな、息子。確かにうちの娘は武道館のセンターを飾っても不思議じゃないラブリーガールだが、あと五年はパパが許さないぜ」

 

玄関で爽やかに妹を見送り、ほんのりと涙目になっている俺に父ちゃんが話しかけてくる。半裸率の高い父ちゃんだが、さすがにペトラちゃんみたいによそ様の子が訪ねてくる日はちゃんと服を着ている。

Tシャツにはベアトリスの笑顔がプリントされていて、妹が早めに学校へいってしまった日でもその愛らしさを傍に感じられる一品だ。

 

「心配するな。背中はちゃんと、お前の小さい頃の笑顔がプリントしてある」

 

「そんな心配してないし、思春期の息子との距離感に気を付けて。ベア子はともかく、この年頃の男子とじゃ何が家庭崩壊の引き金になるかわかんないぜ」

 

「怖いこと言うなよ。確かに背中のお前の笑顔は小学生時代のヤツだけど、今の高校生になったお前のことも変わらず愛してるよ。知ってるだろ?」

 

「日に一回は言われるからね」

 

一日一度は愛してる、好きな人には好きと言うのが我が家の家訓である。

それを大事にしている父ちゃんのことは尊敬しているが、やはり年頃の男子としてはなかなか難しい家訓ではあるのだ。

 

「でも、ベア子とかお母さんに言うのは別に照れ臭くないから、日頃の行いかな?」

 

「けーっ、可愛げのない!それで、ベアトリスは早めに出たけど、お前はどうする?時間も余裕があるし、レムちゃんがくるまで俺と相撲でもしてるか?」

 

「早起きしてやることが父親との相撲って、俺はいつから火ノ丸男になったんだ。つっても、確かにボーっとしてるのもなんだな……よし」

 

父ちゃんの言い分に従うみたいで癪だが、とはいえ父ちゃんと相撲をやるほど不毛なことに時間も使いたくないので、俺は玄関でさっと靴を履いた。

たまの早起き、珍しい早朝。せっかくだから、朝の散歩と洒落込もう。

 

「早起きは三文の徳っていうし、何かいいことあるかもしれないしな」

 

「なるほど、散歩か。ちょっと待っててくれ。着替えてくる」

 

「父ちゃんといかねぇよ!一人でいくわ!お母さんとイチャイチャしてろ!」

 

「む、そうか。なんか、悪いな。気ぃ遣ってもらったみたいで」

 

「両親を二人きりにするのを気遣いとは言わねぇ!恋愛に奥手な同級生の背中押したみたいなムーブするのやめろ!」

 

そんな不安なやり取りを交わしてから、俺はすごすごと家を出る。

何となく、すぐに戻るのがはばかられる会話だった。うちの両親は結婚して二十年くらいになるのに新婚当時の熱が冷めやらない夫婦なので、息子や娘としては扱いが難しい。もちろん、両親が仲良しこよしなのはありがたいことだ。

 

「ケンカと無縁の楽しい我が家……時にはぶつかり合って絆が芽生えていくなんて話もあるけど、順風満帆に越したことないしな」

 

悩みも不幸も障害も、別に少ないに越したことがないというのが俺の持論だ。

なので、菜月家は実に平々凡々とした中流家庭だが、家族仲が良好で妹が可愛いというだけで十分どころか百分に恵まれている。

 

「この時代に生まれた奇跡に感謝、俺という存在の全てでサムズアップ、眩く未来を照らすお空のサンシャイン、行く手を遮るな俺は暴走列車」

 

おお、なんとなしにテンションが上がってラップを口ずさんでしまった。

なるほど、早起きするとなかなか頭がしゃっきりしていい。朝の涼やかな風を浴びながら、いつもよりほんのりと人気の少ない街並みを行くのも風流で――、

 

「――あ、おはよう、スバル。こんなところで奇遇ね」

 

「うひえ!?」

 

などと、思わずスキップを始めたところで突然声をかけられ、激しく動揺する。

それもそのはず、場合によっては俺の直前のラップを聞かれた可能性があり、その上、聞こえてきた声というのが美しい銀鈴のそれで。

その声音に思い当たる相手は、俺史の中に燦然と輝く一人しかいない。

 

「え、エミリアたん?なんでこんな朝早くから存在してるの!?」

 

「ふふっ。ビックリしたのはわかるけど、存在は言いすぎじゃない。私だって、スバルが見ていないところでもちゃんと生命活動してるのよ」

 

「そ、そりゃそうだよね。はは、へへ、驚いちゃって、ふへへ……」

 

いかん、思わぬ出会いに不審者っぽい笑い方をしてしまった。

しかし、そんな猛省をする俺を余所に、目の前の少女――転校生のエミリアは、優しげな目つきを俺に向け、天使のように微笑んでくれていた。

 

長く美しい月光のような銀髪と、すらりと長い手足が魅力的な子だ。

転校してきたばかりで制服ができておらず、学校では前の女学院の制服を着用しているが、この場においてはそうではない。

薄手のシャツと、ふわふわと柔らかく裾を広げるスカート――私服姿だ。

 

「やだ、私服可愛い……」

 

「え?そう?ありがとう。スバルも、その私服は……ええと」

 

「あ、これ?これは、マイスイートラブリーシスターのベアトリスだよ。可愛くない?これ、寝起きで頭ぼさぼさのときの顔でさぁ……」

 

首を傾げたエミリアの前で、俺は自分の着ているTシャツを自慢する。

俺が着ているのは父ちゃんが着ていたヤツと違い、表も裏もベアトリスの顔がプリントされているタイプの代物だ。父ちゃんの気持ちはありがたいが、やはりベアトリスを愛でる上で俺という存在の不純物を混ぜるのは大変いくない。

 

「わ、妹さんなんだ。すごーく可愛い子ね!」

 

「おおー、わかってくれる?そう、実に可愛い妹なんだよ。最近はちょっぴり反抗期気味なんだけど、昔はどこへいくのもにーちゃにーちゃってついてきてくれて……自慢じゃないけど、ベア子は俺が育てた」

 

「ええ!?お父さんとお母さんはどうしたの!?」

 

「二人の力ももちろんあるけど、まぁ、二人合わせても七:三で俺の勝ちかな」

 

「そうなんだ。スバルってすごーく頑張り屋さんなのね……」

 

いつも通りの軽口なんだが、エミリアが何でもすんなり聞き入れてくれるおかげで舌が滑る滑る。ともあれ、俺の最初の衝撃も和らいできて、こんないきなり転校生の美少女と遭遇したことの喜びを噛みしめる余裕も生まれてきた。

 

「にしても、エミリアたんは何してたの?朝、ずいぶん早いんだね?」

 

「ん?私はね、お散歩してたの。ほら、私も転校するために引っ越してきたばかりだから、この辺りのこと全然わからなくて。パックのためにも勉強しなくちゃだから」

 

「へえ、熱心だね……って、パック?」

 

「ええ、パック。私の家で飼ってる猫で……ほら、向こうにいる」

 

そう言ってエミリアの指差す方を見ると、少し離れたところにあるレンガ塀の上、丸まって長い尻尾を揺らしている鼠色の毛玉が見えた。

よくよく目を凝らしてみると、それが一匹の猫であることがわかる。

猫は俺の視線に気付くと、そのくりくりと丸い瞳をこちらへ向けて、

 

「やあ」

 

「え!?」

 

「ど、どうしたの!?急にそんな声出して……」

 

突然のことに驚く俺の隣で、エミリアも俺の反応に驚いていた。

が、そんな当然のような態度を取られても俺が困る。だって今、あの猫――、

 

「喋ったよな?俺に向かって、やあって手を挙げてた……」

 

「ええ?そんなはずないじゃない。もう、そんなこと言って……私をからかおうとしたって、騙されてあげないんだから」

 

しかし、俺がそう確認すると、エミリアは全く聞き入れない。いや、むしろ彼女の反応の方が普通だった。もし、エミリアが『そうそう、パックは喋るのよ。すごーく珍しいでしょ?』とか言い出したら、それはそれで持て余すところだった。

 

「まぁ、何かの聞き間違いか、錯覚だろうな。ふう、驚いた」

 

「そうそう。そういうことにしておきなよ。リアを驚かせたり、変な子って目で見られるのはスバルも嬉しくないでしょ?」

 

「めちゃめちゃナチュラルに話しかけてくるな、お前!」

 

塀から降りた猫――パックが、俺の足下で丸まりながらそんな調子で話しかけてくる。その堂々たる人外っぷりに度肝を抜かれ、俺はパックを拾い上げた。

ぺ、とパックの肉球が顔に押し当てられる。なんてモフモフ感だ。

 

「ちなみに、俺には動物と会話できるような特殊能力は備わってないぞ。つまり、おかしいのは俺じゃなく、お前の方だ」

 

「まぁ、スバルがそう主張したいんならボクもあえて止めたりしないけど、そんなことをしても変な目で見られるのはスバルの方だよ。ほら、見てごらん」

 

そう言われ、俺は隣を見る。すると、エミリアがその紫紺の瞳を丸くして、すぐ近くで睨み合っている俺とパックを交互に見やり、

 

「なんだか、ホントにスバルとパックが話してるみたいに見えちゃった。パックも、初めての人にだっこされて全然暴れてないなんて珍しい」

 

「そうなの?ちなみに、エミリアたんにはどんな風に見えてた?」

 

「え?パックがにゃーにゃー可愛く鳴いてて、それにスバルが意地悪な顔して何か言ってたみたいに見えたけど……」

 

「俺の心証が悪い!というか、マジなのか、これ……」

 

エミリアの反応からして、どうやら本当にパックの声は俺以外には聞こえないらしい。そのことに動転する俺の手をすり抜け、パックは地面に優雅に着地した。

そして、その手で顔を洗いながら、

 

「心配しなくても、これで変な物語が始まったりするわけじゃないよ。別に、ボクが君を魔法少女にしたりとか、願い事を叶えてあげたり、宇宙のエントロピーがどうとか言い出したりもしないから安心して契約してね」

 

「契約しねぇよ!契約って言葉が安心と程遠いところにあるわ!」

 

「冗談、冗談」

 

ころころと笑い、パックがエミリアの胸元へぴょんと飛び上がる。エミリアがそのパックの体を受け止め、その背中を撫でてやると、

 

「でも、パックとスバルが仲良くなってくれてよかった。ちょっと心配だったの」

 

「心配?なんでまた?」

 

「パックって、あんまり私の友達と仲良くしてくれないから……あ、スバルって、私のお友達で大丈夫?図々しくない?」

 

「いやいやいや、全然!全然だよ。むしろ、友達第一号に据えていただいて光栄の至りって感じ。いずれは、その友達の座からもランクアップを目指したいぐらい」

 

「ごめん、ちょっと何言ってるのかわかんない」

 

口が滑ると、ついつい余計なことを言いたくなるのは俺の悪癖だ。

とにかく、こうしてエミリアと出会えたのも何かの縁――、

 

「どうせお散歩中だったんなら、俺もご一緒していい?最終的に学校にいくのは変わらないんだし、ここは一つ、デートと洒落込もう」

 

「でーと……男の子と一緒にお出掛けすることね!ホントだ!」

 

「おっと、もしかして初めてだった?」

 

目を輝かせるエミリアを見て、彼女が小中高一貫の女学院育ちだったと思い出す。

箱入り女学生ともなれば、確かに男子と一緒にお出掛けする機会もなかっただろう。そうなると――、

 

「私、でーとって初めて……どうするの?」

 

「待った!エミリアたんの初デートならちゃんとした形でしたい!少なくとも、こんなTシャツの前後と脇の下に妹の顔をプリントした格好は相応しくない!」

 

「脇の下に隠れベアトリスちゃん……!」

 

そもそも、俺もデートと身構えるのであればちゃんとしたいタイプだ。

せっかくの思い出に刻まれるタイミングなら、それこそ舞台は整えたい。

 

「落ち着いて考えると、俺もデートの経験ってないし……」

 

「そうなの?でも、スバルってクラスのみんなと仲良しみたいだけど……」

 

「いや、シンプルに女の子と出かけるだけならわりとあるよ?幼馴染みのレムとはしょっちゅう買い物にいくし、レムの姉様のラムにも買い出し付き合わされるから」

 

しかし、幼馴染みとのそういうお出掛けをカウントするのは寂しすぎないか?

もちろん、生徒会の手伝いでクルシュやフェリス、アナスタシアの買い物に付き合ったことや、お付きのアルさんが捕まらなくて不機嫌なプリシラに連れ回されたこともある。お隣の家の美人六人姉妹と遊んだこともあるし――、

 

「そう考えると、俺って外から見ると経験豊富そうに見える……」

 

「外身と中身が釣り合ってないんだね。うんうん、わかるわかる。なんかスバルってそんな感じがするもんね」

 

「猫のくせにうるせぇな!勝手に人の心を読むな!」

 

エミリアの胸の中、喉をゴロゴロ鳴らしているパックを怒鳴りつける。が、パックは素知らぬ顔だし、エミリアには不思議そうな顔をされる。くそぅ。

 

「ええい、とにかく、今日のお散歩はデートではない。これはお散歩デート……そう、デートとは別カウントなんだ。それでいこう」

 

「よくわからないけど、それでいいならそれでいいかな。じゃあ、改めてどうする?」

 

「んー、そうだな。エミリアたんはあれだよね。一応、家の周りの地理的なものを把握しつつ、パックのお散歩コースの選定中みたいな」

 

冷静に考えると、犬と違って猫はあまり主人が連れ立って散歩するイメージがないんだが、そこのところに疑問はなさそうなのであえて突っ込みはしない。

さて、そうするとどんなコースを紹介したものか悩みどころだが――、

 

「ボクとしては見晴らしがよくて、風が気持ちよく当たれると嬉しいかな。あんまり運動はしたくないから、坂道が多いところは避けてもらって……一応、猫協定でこの辺りの野良猫の縄張りにはまだ挨拶してないんだ。だから、ボス猫が縄張りにしてるところもよけてくれるとありがたいんだけど」

 

「ものすごい細かく注文つけてくるな……いや、その方がありがたいけど」

 

「でしょ?デートとかで『どこでもいいよ』って言われると困るもんね」

 

わかった風なパックの物言いに顔をしかめつつ、とはいえ選定条件は厳しめに付けてもらった方が候補が絞りやすい。

そんなわけで、俺がエミリアとのお散歩デートに選んだコースは――、

 

「よし、それなら土手の方にいくコースにしよう。すぐ横をでかい川が流れてるから、見てくれが派手で気持ちいいよ」

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

と、そんな誘い文句でやってきました我が町の土手。

すぐ脇を有名なでかい川が流れているこの土手は、元旦の初日の出スポットとして重宝されていたり、平日は運動熱心な若者やご年配がジョギングコースにしていることでも知られている場所だ。

 

もちろん、俺たちと同じ目的で土手を訪れる人たちも多く、ちらほらと犬連れの飼い主さんらが楽しげに話している姿が見られる。

見られるのだが――、

 

「やっぱり、猫連れの飼い主さんは見当たらないな……」

 

「猫は首輪とリードを付けられるのを嫌がるから、それでかしら……でも、パックはよくお散歩したいって私を起こしにくるのよ」

 

「へえ、そうなんだ」

 

「うんうん。やっぱり、リアと一緒じゃないと新しい一日って気がしないからね」

 

目的はペットの散歩でも、細部になると違った飼い主たちが目につくので、エミリアもパックを抱いたまま困り眉だ。

そのエミリアの言い分も、ペットを愛しすぎる飼い主が勝手を言っているだけのそれに思えるが、実際のパックの感想を聞く限り、片思いではないらしい。世の中の多くの猫は飼い主を召使だと思っているという俺の偏見は間違っていたようだ。

 

「ってか、散歩なのにずっとエミリアたんがだっこしてるけど」

 

「――?ええ、パックは歩くの好きじゃないから、いつも私がだっこしてあげてるの。でも、たまにすごーくぶくぶく太っちゃうときはちゃんと運動させてるのよ」

 

「そうなんだ。なんか、一回体型が崩れた動物ってもはや元には戻れないって先入観があったけど、そんなライザップ的なことできるんだ」

 

「まぁ、努力の賜物だよね」

 

「太ったのは怠惰の賜物じゃん……」

 

勝ち誇った顔のパックにげんなりと肩を落とす。

まぁ、現状は痩せているから、エミリアの腕の中から出てくるつもりはないらしい。それはそれで、エミリアが重たがっていないなら俺から言うことはないが。

 

「でも、ずっと成猫抱いてるのも大変じゃない?パックはわりと小さめだけど」

 

「大丈夫。私、こう見えてもちょっと力持ちさんなのよ。前の学校でも、何か力仕事があるとすぐ頼られちゃってたんだから」

 

「女学院のお嬢さん方の基準で力持ちって言われてもなぁ……」

 

細くて白い腕で力持ちをアピールされても、二の腕とか柔らかそうなので説得力はない。言っておくが、脱いだらすごいのは俺もほどほどに自信がある。

この手の問題は大部分、自分を客観視できていないことが多いので、俺もエミリアも態勢は五分五分といったところだろうか。

と、そんな調子で話していると――、

 

「――あれ?スバルくん、どうしたんですか?」

 

ものすごく聞き慣れた声に呼ばれて、俺は驚いた。

振り向いて相手を確かめるまでもない。なにせ、俺にとっては家族と同じか、それ以上に聞き慣れた相手の声なのだから。

 

「え?レム?お前こそ、なんでこんなとこに?」

 

「今朝は、姉様の付き添いできていたんですよ。でも、まさかスバルくんと会えるなんて……さすが、姉様のご利益は抜群です」

 

「そんな神社の神様的な扱いしても、ラムはお前の姉だよ」

 

相変わらず、素っ頓狂なことを仰るレムに苦笑いし、俺はそう答えた。

そんないつもの調子で、土手に立っていたのは可愛らしい私服姿のレムだった。休みの日もちょくちょく遊びにくるので新鮮味はないが、平日の朝という特性を加えることで、途端にその姿が華やいで見える。うーん、平日効果。

 

「ねえねえ、スバル。その子って、同じクラスの子よね?」

 

「ん?あー、そうそう。この子はレム。家事万能のよくできた俺の幼馴染み」

 

ちょんちょんとエミリアに背中をつつかれ、置いてけぼりにしてしまったことを反省。それから一歩横にずれ、俺はエミリアにレムのことを紹介する。

それから、

 

「レム、知っての通りのエミリアたんだ。飼い猫の散歩中に偶然会ったんで、今、怠惰な猫に相応しい散歩コースとの選定中」

 

「なるほど、そうだったんですね。――改めまして、レムと申します。スバルくんとは同じ産湯に浸かった頃からの仲です」

 

「嘘をつくな。お前と同じ産湯に浸かったのは姉様だろ」

 

「そうでした。同じ産着にくるまった、の間違いでした」

 

「それも姉様だよ」

 

いや、俺も生誕直後は意識がなかったのでわからないが、俺とレムの誕生日は二ヶ月ほどズレがあるので、そうしたことは起きていないと予想される。

 

「あ、ご丁寧にありがとう。私はエミリア。この子は、灰色猫のパック」

 

「宅急便しそうな自己紹介……」

 

「わあ、可愛らしい猫さんですね。触ってもいいですか?」

 

「もちろん。ほら、パック、お腹出して」

 

「しょうがないにゃぁ」

 

満更でもなさそうに仰向けになるパックに、エミリアとレムの二人がキャッキャと戯れている。それを腕を組んで眺めながら、俺ははてと首を傾げた。

 

「レム、さっき姉様の付き添いって言ってたけど、なんで土手?ラムと何の関係があるんだ?」

 

「それはですね、姉様が特訓中だからなんです」

 

「特訓?」

 

「はい」

 

と、パックの腹を指でくすぐりながら、レムが自慢げに微笑む。

この調子でレムが誰かに自慢するのは、決まってラムのことか俺のことだ。ラムはともかく、俺のことを人に自慢されるのはこそばゆいのだが、俺もレムのことを人に話すときは自慢するので、そこはお互い様というところか。

 

「レムさんのお姉さんって、同じクラスにいたラムさんよね?」

 

「はい、そうです。レムにはもったいない、素晴らしい姉様なんですよ」

 

「と、レムの姉贔屓はもはや持病の域なんで、話半分に聞いてくれ」

 

「むぅ、そんなことありませんよ」

 

頬を膨らませ、ぷいとレムが顔を背ける。そうして顔を背けたまま、「それでですね」とレムはラムのことを話し始める。

 

「スバルくんもご存知の通り、運動能力抜群な姉様は色んな部活動の方から助っ人を依頼されるのですが……」

 

「ああ、そうだよな。色んな部活で派手に活動してるのはよく見るよ。男に混じっても全然問題なくこなすあたり、あれは天賦の才だよな……」

 

何をやらせてもすぐに上達するのがラムの異様な特性なのだが、特にセンスを問われる種目になるとどんなものでもずば抜けてうまい。

なので、その点に関してはレムの大げさな賛美も間違いではないのだ。

 

「それで、そんなすごいラムさんがどうしたの?」

 

「はい。そんな頼れる姉様なので、またしてもとある部活の助っ人をお願いされたのですが……真剣に取り組みたいからと、朝の特訓を始めていまして」

 

「ラムが!?そんな殊勝なことを!?」

 

なかなか仰天というか、結構、俺的には寝耳に水な出来事だ。

元々、生まれ持った才能だけで食ってきた感のあるラムは、基本的に尊大だし、自信過剰だし、それに見合った結果も常に出してきた。

だから、そもそも努力らしい努力とは無縁だと思っていたのだが。

 

「それにあいつ、今は小説家のロズワールさんの世話に夢中のはずだろ?レムを連れ出してまで、世話を焼いてたはずじゃないか」

 

「そうなんですが、それとは別口で頑張っていらっしゃるんです。なので、レムもその気持ちを応援したいと思って、こうして準備を」

 

「わ、すごい。それで、こんなピクニックみたいなことになってるのね」

 

意気込むレムの背後には、レジャーシートの上に並べられたピクニック用のバスケットや水筒、いざというときの救命用の救急箱や、タオルセットなどが置かれている。

常に万全の準備を欠かさないのがレムの美徳だが、考えすぎて余計なものまで準備し始める玉に瑕なところも同時に出ていた。

 

「まぁ、ここまでされたらラムもさぞかし満足だろうが……でも、ラムの奴がそこまでしなくちゃいけないって、どんな助っ人を引き受けたんだ?」

 

「女子の、柔道部ですね」

 

「女子柔道部……うちの学校にそんなのあったのか。知らなかった」

 

レムの話を聞いても、俺には女子柔道部の姿がピンとこなかった。

うちのルグニカ学園はそれなりに部活動も盛んな学校なので、県大会だったりでもそこそこの成績を出すことが多い。

なので、有名な部活動なら普通にしていても適度に耳に入るものだ。

 

「他ならぬ、俺たちの手芸部と家庭科部も全国大会の常連だからな」

 

「へえ、そうなんだ。すごいのね……え!手芸部と家庭科部なのに全国大会!?」

 

「おっと、何するのって思ったか?言っとくが、わりとこのあたりは体育会系……文化的運動部と言っても過言じゃないんだ。波縫いの速さを競ったり、制限時間内にいくつの針に糸を通せるか争ったり、あとはミシンのセッティングの的確さとか……」

 

これで案外、手芸も競技性を突き詰めれば奥深いものが多いのだ。

ちなみに、うちの学校は全校大会の常連なのだが、大抵の場合、手芸部と家庭科部が同時に出場し、互いに潰し合って終わることが多い。

そこは顧問のフレデリカ先生とクリンド先生の虎鷹代理戦争と割り切っている。

 

「まぁ、うちの学校で一番有名なのは、リリアナちゃんが率いてる軽音部だけど。全国ツアーもやってる、インディーズじゃちょっとしたもんだからな」

 

「もう、全然部活動じゃなさそう!」

 

「ルグニカ学園はそのあたりの綱紀が緩いので、許されているみたいです。リリアナ先生の熱意が、ヴィルヘルム校長先生に通じたというのもあるみたいですね」

 

「リリアナちゃんの歯ギターが、ヴィルヘルム校長の心を撃ち抜いたって伝説の直談判か……俺も在学中に見たかったもんだぜ」

 

対照的に見えるリリアナちゃんと校長先生だが、あれで好きなものには情熱的という部分が一致しているからか、相性は全然悪くない。

校長ののろけ話に感銘を受けたリリアナちゃんの、『剣鬼恋歌』は軽音部のセットリストの中でも大人気曲らしく、ジャケットには校長夫妻の写真が使われているほどだ。

 

「と、リリアナちゃんのこと考えるなんて与太話もいいところだから置いといて……その女子柔道部の助っ人話はわかったけど、なんでラムは特訓?」

 

「それは……」

 

「――ラムの行動を逐一知りたがるなんて、いやらしい男ね」

 

「うひょわい!?」

 

不意に後ろから飛んできた冷たい声を聞いて、俺は思わず飛び上がる。

レムの答えを遮って、鼓膜に直接爪を立ててきたのは、こちらも俺の幼馴染みであるラムだった。パーカーにジョギングシューズのラムは軽く息を弾ませながら、その薄紅の瞳で俺をじっと睨みつけてくる。

 

「それで、どうしてバルスがいるのかしら。まさか、ラムが特訓中であることを聞きつけて、わざわざからかいにきたわけじゃないでしょう?」

 

「そんな暇人なことするかよ。姉様も知っての通り、俺はギリギリのギリギリまで睡眠時間を確保したいタイプだぜ。だから、学校も家から一番近いとこにした」

 

「バルスがそんな理由で学校を選ぶから、ラムもあの学校にせざるを得なくなったというのに……はぁ。勝手なことね」

 

額に手をやり、汗の雫を指で払いながらラムが嘆息する。

そんなラムと俺とのやり取りの背後、エミリアがレムにそっと耳打ちするのが聞こえた。

 

「ねえ、なんでスバルが選んだ学校に、ラムもいかなくちゃいけなかったの?」

 

「それは簡単です。スバルくんがいく学校にレムもいくと決めていたからです。そして、レムは姉様と同じ学校に通いたかったので、姉様にもそうお願いしました」

 

「そうなんだ。……え、じゃあ、レムさんのわがままってこと?」

 

「はい。レムのわがままを聞いてくださるなんて、姉様は優しすぎます」

 

ほんのりと頬を染め、姉に愛されている実感を噛みしめるレム。

今の会話からもわかる通り、実は傍若無人に振る舞っているのはラムに見えるが、実際の力関係ではレムの方が圧倒的に上というのがこの姉妹の力関係だ。

もっとも、レムのラムへの尊敬は本物なので、レムが姉のことを自分に都合よく利用しようとしたりすることはない。ただ、甘え方が強めなだけである。

 

「まぁ、レムのレムたる所以はそんなとこでいいとして……そんな汗掻くまでちゃんと運動してるなんて珍しい。ロズワールさんが女子柔道部の取材でもするのか?」

 

「何でもそうやって色恋に結び付けるのをやめなさい、発情脳」

 

「発情脳は言いすぎだろ!!」

 

言葉の毒が強いラムに言い返すが、ラムには「ハッ!」といつも通りに鼻で笑われる。しかし、ロズワールさん絡みでないとなると、途端によくわからなくなる。

ラムが全力で臨むなんて、ロズワールさんとレムぐらいしか思いつかなかったのだが。

 

「女子柔道部は部員数が少なくて、今度の大会で三年生が引退してしまうと、部活動が維持できなくなるんです。ですから、姉様は助っ人として、ちゃんとした結果を出してあげたいだけなんですよ」

 

「そうなんだ。ラムさんって、すごーく優しいのね」

 

「――――」

 

そんな俺の疑問を紐解いてくれたレム、その説明にエミリアが胸の前で手を合わせ、床に寝そべるパックも感心した風に頷いている。

なるほど、と俺もレムの説明に納得させられた。ラムはこう見えて、誰に対しても分け隔てなく低温対応だが、存外に情の深いところがある。

 

「……なに、その目は」

 

「いやぁ、別に?ただ、姉様は意外と優しいよなぁって……痛ぇっ!!」

 

容赦なく、膝の裏にローキックがぶち込まれた!

俺がその場に膝をつくと、いい姿勢から蹴りを放ったラムは足を引いて、

 

「足払いの練習よ。成果が出ているみたいね」

 

「こんな足払い打ち込んだら、その瞬間に女子柔道部が出入り禁止になるぞ……!」

 

「心配しなくても、この大会が終わったら女子柔道部は解散よ。後腐れもないわ」

 

「照れ隠しにしても何たる暴言!」

 

優しさも素直に認めさせてくれないラムの態度に呆れつつ、俺は膝を揺すってから立ち上がる。うむ、何とか足は動く。

前に余計なことを言いすぎて、ラムのローキックをもらいすぎたとき、足が赤紫色に腫れ上がって足腰が立たなくなったことがあったのだ。

 

「あのときは、庭に出たアナコンダに足を締め付けられたことにしておいたけど……」

 

「さすがにアナコンダは厳しくない?庭で遭遇する相手じゃないよ」

 

「幼馴染みの女の子に蹴られすぎて立てませんなんて言えるか」

 

猫に常識を説かれるとは、俺も落ちたもんである。

なお、休み明けは事情を知っているレムが「アナコンダがやったんです!姉様ではありません!」と一生懸命訴えてくれたので、俺の抵抗は無駄に終わった。

 

「それで?ラムと、付き添ってくれているレムはともかく、朝寝坊の常習犯であるバルスがどんな風の吹き回し?それに、可愛い転校生も一緒だなんて……いやらしい」

 

「勝手な結論を出すな!早起きはベア子に付き合ったからで、エミリアたんとはたまたま出くわしたの!邪推!」

 

「うるさい」

 

「蛇拳!?」

 

俺への突っ込みにラムが繰り出してきたのは、蛇拳と呼ばれる中国拳法の一種だった。蛇の動きを模した恐るべき殺人拳法だが、何故それを修めているのかは謎。

 

「スバルの言う通りよ。たまたま、近所を散歩してたらスバルと会ったの。偶然よね」

 

「これは忠告だけど、それは本当に偶然かしら?」

 

「え、まさか……やっぱり、果たし合い……?」

 

「姉様は余計なことを言うな!そして、昨日のことまだ引っ張られてる!」

 

ラムの勘ぐりはともかく、エミリアの考えは完全なる誤解である。

エミリアが、放課後の学校案内をした俺がケンカを吹っ掛けるタイミングを見計らっていたと考え違いをしていた経緯については、『学園リゼロ!2時間目!』を参考にでもしてくれ。ともかく――、

 

「時間食ったけど、そんなわけでエミリアたんに町を案内してる最中なんだ。ラムとレムも忙しいみたいだし、そろそろいくぜ」

 

「そうね。名残惜しいけど……」

 

「――ぁ、そうですか。パックちゃんともお別れで、残念です」

 

ほんのりと眉尻を下げ、いこうとする俺たちにレムが残念そうにする。

ラムもそうだが、俺もレムのこの顔には弱いのだ。さて、どうしたものかと、俺が代案を考えるより早く、「仕方ないわね」とラムが肩を落とした。

 

「レム、バルスたちと一緒にいきなさい。ラムは一人でも大丈夫だから」

 

「え……でも、姉様に悪いですよ。こんなに荷物もあるのに……」

 

「レムがラムのために用意してくれたものだもの。一つも無駄にしないし、重荷に思ったりもしないわ。――それは、そこのオットーにでも持たせるから」

 

「うえ!?」

 

恐縮するレムの頬を優しく撫でて、そう言っていたラムが道の先を指差す。すると、そっちの方からやってくる、ジャージ姿のオットーが驚愕していた。

どうやら、オットーも朝のランニング中だったらしく、突然のご指名にわけのわからない様子で目を白黒させ、

 

「あの、僕はいきなり何に巻き込まれたんでしょうか?というか、なんで運動部でもない皆さんがこんな時間に土手のジョギングコースに?」

 

「細かいことは気にすんなよ、オットー。それじゃ、荷物は任せたぜ」

 

「ええ!?」

 

「ありがとうございます、オットーくん。姉様のお体が冷えないよう、定期的に温かいお茶を飲ませてあげてください。よろしくお願いします」

 

「ちょっと!?」

 

「なんだかよくわからないけど、オットーくんってすごーく頼られてるのね。それってとっても立派なことだと思うから、頑張って」

 

「転校生さんまで!?」

 

慌てふためくオットーに、俺たちは説明しないでぞろぞろとその場をあとにする。

悪いな、オットー。お前はそういう星に生まれついた男だ。姉様の相手は大変だとは思うが、それもこれも通りがかったお前が悪い。

 

「いくら何でも、それは理不尽すぎませんかねえ!?」

 

「いつまでも騒いでないで、さっさと準備なさい。男がうじうじと女々しく騒いで……これはもう、ダメね」

 

「手伝わせるくせに!?」

 

背後では、虐げる側と虐げられる側の絶対的な力の差が示されている。

抵抗するだけ無駄なのだから、オットーもいい加減に諦めて運命を受け入れるべきだ。それにしても――、

 

「サッカー部のエースなのに、あんな扱いされる奴も滅多にいないだろうな……」

 

なお、助っ人でも何でもなく、純粋にサッカー部のエースストライカーなのがオットーであるのだが、それらしさは皆無であることを付け加えておく。

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

「それにしても、こんな早朝だってのに意外と知り合いと出くわすもんだな……」

 

「そう考えると、普段は起きない朝の時間って宝箱みたいね。起きてよかったって気持ちになれるし、すごーく楽しい」

 

「エミリアさんは前向きですね。レムも、とても素敵なことだと思います」

 

「にゃーん」

 

ラムの子守をオットーに投げ渡して、俺たち三人と一匹は散歩を再開している。

合間合間で行き交う人々と会釈や挨拶を交わし、朝の爽やかな時間を共有する喜びを味わう感覚だ。

幸い、エミリアは人見知りをしないタイプらしく、これで案外、キャラの味付けが濃いレムともうまくやっている。そんな二人の仲を取り持つのに貢献しているのが、二人の間でもみくちゃにされているパックだった。

 

「可愛い……パックちゃんっていくつぐらいなんですか?」

 

「えっとね……それがよくわからないの。パックって、気付いたら私の傍にずっといてくれて……もう十年以上だとは思うんだけど」

 

「猫で十歳って言ったら、結構なお年寄りだった気がしたな」

 

「まぁ、人間の年齢に換算したくなる気持ちはわかるけど、ボクのことは一種の化け猫だとでも思って、年齢のことはオープンにしない方針でいくよ」

 

「思えねぇよ」

 

そんな気軽に化け猫感を出されても困る。

とはいえ、俺にしか喋る言葉が聞こえていないあたり、本当に化け猫疑惑はあるんだよな……もしくは、俺の方がおかしくなった疑惑か。

 

「毎朝、ベア子のヒップアタックを喰らってることで新たな力に覚醒したか……。昨今、トラックに轢かれて転生して力を得るならともかく、妹の尻を受け止め続けている間に力に覚醒するなんて、新しい以前に斬新さが受け入れられなさそう」

 

そして、兄の覚醒に一役買ったベア子の尻を取り合い、大勢の人間が血で血を洗う抗争へと突入する、『ベア子・尻ウォー』が始まる。

 

「マズい、ベア子のお尻が、ベア子のお尻が二つに割れてしまう……!」

 

「なんだか、スバルが変なこと言ってるけど……」

 

「安心してください。スバルくんは、妹のベアトリスちゃんのこととなるとちょっぴり考えすぎてしまうところがあるんです。でも、それも妹思いなスバルくんの素敵なところだと思います。妹を、大事にするということですから」

 

「いや、だからって余所のところの妹にまで兄性を発揮したりはしねぇよ。別にそんなのと無関係にレムは大事だから」

 

「そんな、一生大事にするだなんて、照れます……」

 

「言ってねぇ言ってねぇ」

 

レムが頬を赤らめて暴走したので、俺はいつもの調子で手を振っておく。

そんな話をしながら、また一組、すれ違う犬連れの飼い主に会釈をしようとしたときだった。――その犬の飼い主が、見知った顔だと気付く。

 

「って、フェルトとラインハルトじゃねぇか。何してんだ?」

 

「……クソ、見つかった」

 

クソ、とはまたずいぶんなご挨拶だが、俺に声をかけられて心底嫌そうな顔をしたのは、クラスメイトのシンデレラガールことフェルトだった。

なお、別にアイドルだとかアイドル志望という意味じゃなく、フェルトがシンデレラガール扱い(俺調べ)されるのは、王子様に狙われているからである。

その王子様というのが、顔をしかめたフェルトの隣に立っている美青年――ラインハルト・ヴァン・アストレアだ。

 

学内どころか市内、あるいは県内でも有数の美形であり、文武に優れる完璧超人ことラインハルトだが、どういうわけかフェルトにご執心なのだ。そんなラインハルトの猛アタックに、日頃から本気で嫌そうにしているのがフェルトなのだが――、

 

「こんな早朝に逢引き。まさか、今までの学校での振る舞いは全部カモフラージュ……」

 

「ばっ!ちげーよ!言い出すと思ったから言いたくなかったんだ!アタシがこうしてんのは、ロミーのためだっつの!」

 

「ロミーって……」

 

ちらと見ると、フェルトの手に握られた赤いリードと繋がる犬が吠える。

なかなかでかい犬で、小柄なフェルトが連れていると振り回されそうなパワフルさを感じるが、そこはラインハルトがうまく制御しているらしい。

というか、この犬とラインハルトの関係とは。

 

「おはよう。二人もクラスメイトよね。ラインハルトと、仲良しのフェルトちゃん……」

 

「仲良しじゃねーよ。なんだ?転校生までアタシのことそんな風に見てやがんのか。ああ、チクショウ、冗談じゃねーっつの」

 

ガリガリと頭を乱暴に掻き毟って、フェルトはエミリアの言葉にご立腹。

そんなフェルトの過剰反応にエミリアも驚いた様子だが、その態度にラインハルトが「ごめんよ」と苦笑した。

 

「驚かせてすまない。今朝はフェルトも少し気が立っているみたいなんだ。僕が一緒にいるといつもこんな調子なんだけど、普段はもっと心の優しい子なんだ。誤解しないであげてくれると嬉しい」

 

「テメーはアタシの母親か!?どこ目線でそれ言ってやがんだよ!」

 

「ん、わかったわ。大丈夫。それはちゃんとわかってるから。だって、こんなにワンちゃんが懐いてるんだもの」

 

間のフェルトの訴えを軽く無視して、エミリアがフェルトの足下にすり寄っているロミーを指差しながら微笑む。

実際、フェルトは口は悪いが面倒見はいいし、可愛らしい外見に反した気風の良さと男前な雰囲気から意外と男子人気の高い子だ。もっとも、多くの男子はライバル枠にラインハルトが入ってくると知れば早々に引き上げる。

核爆弾にジャンケンを挑むようなもの。つまり、意味がないのである。

 

「でも、このロミーちゃんとお二人がどう関係するんです?」

 

「元々、ロミーは捨て犬でね。この子を拾ったとき、僕とフェルトは一緒に帰っているところで……どうすべきか迷ったんだ。そのとき」

 

「……アタシの家じゃ、ロミーを飼うなんて余裕はねーからな。したら、こいつが代わりに飼うっていうじゃねーか。で、あとは任せっ放しってのもおかしいだろ」

 

「だから、こうして朝にロミーを散歩させたり、休日には外で遊んであげたり、そういうことでフェルトには責任を分かってもらっているんだ」

 

「へえ……」

 

なるほど、二人で見つけた捨て犬をラインハルトが拾い、その世話をフェルトが手伝っているわけだ。それで、朝の散歩中に俺らと出くわしたわけである。

それだけ聞くと、何とも微笑ましいエピソードだが――、

 

「フェルト、お前、ずぶずぶと外堀埋められてる気がするんだが……」

 

「言うなよ。ぼんやり察してんだから……」

 

目下、ラインハルトの情熱的な求めを乱暴に断り続けているフェルトだが、単純接触効果ということもあり、徐々に拒めなくなっている感があるのは傍目にも明らかだ。

このままなし崩しに陥落するのも時間の問題、俺には秒読み段階にも思えた。

 

「最近、フェルトがうちに顔を出すようになってくれたから、婆やもオヤツの作り甲斐があるって喜んでいるよ。君の感想は素直で裏表がないから」

 

「アタシだってマズいもんはマズいって言うっての。婆ちゃんにうまいって感想しか言ってねーのは、婆ちゃんの作るもんがうめーからだろ。……ホント、お前の家って、お前さえいなけりゃいくらでも入り浸るのにな」

 

「それはちょっと、反応に困ってしまうね」

 

しみじみと呟いたフェルトだが、それにはさすがにラインハルトも苦笑しかない。

俺からしたらずいぶんな言いようだが、ラインハルトは応えていないらしく、鋼の心の持ち主だ。ラインハルトぐらいになると拒絶は慣れていないだろうに。

 

「どんな反応でも、フェルトからもらえていると思うだけで存外に嬉しくてね。僕も、こんな自分がいるとは知らなかったから驚いてはいるんだ」

 

「まぁ、恋は盲目っていうし、今まで歩いてた道を目をつぶって歩いてみたら違った風に感じるのは自然なことなんじゃねぇの?」

 

「――。なるほど、面白い意見だね。それを採用させてもらうとするよ」

 

思いつきの適当な台詞だったのだが、妙に感心されてしまうと自分がいいことを言ったみたいな気分になってしまうのが不思議だった。

 

「とにかく!アタシはあくまでロミーのために、仕方なくこいつといんだ。そこを勘違いすんじゃねーぞ。あと、学校で言い触らしたりもすんな!」

 

「わかったわかった。お口にチャックしておくよ」

 

「言っとくけど、メールとかLINEでも一緒だかんな!」

 

「ちっ、抜け目がねぇ」

 

フェルトに念押しされ、俺は渋々と背中に隠していたケータイを出した。こっそりとクラスのみんなに共有するつもりだったのだが、ここは仕方ない。

 

「じゃあ、またあとで学校で」

 

「言い触らすなよ!」

 

手を振るラインハルトと、どこまでも疑り深いフェルトとそうして別れる。

あの調子だと、ラインハルトの努力が実を結ぶ日も遠くはなさそうだ。

 

「それはそれで一抹の寂しさを感じるのはなんでなんだろうな……」

 

「友達を、女の子に取られちゃうみたいな気持ち?」

 

「もしくは、フェルトさんがどのぐらいラインハルトさんのアタックから逃げ続けられるか、その賭けにスバルくんが負けてしまうからではないでしょうか」

 

「レムに五ポイント」

 

「やりました!書き留めておきます」

 

「え!なになに、ズルいズルい!」

 

メモ帳にレムがいそいそと何かを書き綴るのを見て、エミリアが何事かと慌てているが、とっさに口が滑っただけの特に意味のないポイントである。

溜めたところで何があるわけでもないし、これまで溜めさせた覚えもないし。

 

「これで、スバルくんポイントも通算で二十万ポイントを超えました。達成感があります」

 

「そんな溜まるほどポイントやってた!?」

 

「わ、すごい年季の入ったメモ帳……これ、溜まるとどうなるの?」

 

「わかりません。でも、いつかスバルくんが溜めたポイントの分だけ驚きの何かをくれるのではないかと、レムは胸をドキドキさせながら待っています」

 

「プレッシャーがすごい。もっと百ポイントとか取り返しのつくときに言ってほしかったわ」

 

二十万ポイントって、戯れに五ポイントずつやってたとしても四万回もポイントやってないと届かないんだけど、どれだけ前から計測されてるんだ。

そして、俺は何をしたら二十万ポイントに報いることができるんだ。

 

「十ポイント消費で、頭を撫でるとかどうだ?」

 

「では、二万回頭を撫でてもらえるんですね」

 

「首がもげる!」

 

迂闊なことが言えないからと、レムには今度、ポイント対応表を作成することを約束して勘弁してもらった。しかし、俺基準となると、いったい俺に何をしてもらったら点数が高くなるとか、ちょっと判断がつかない。

 

「例えばなんだけど、エミリアたんなら俺に何してもらったら嬉しい?」

 

「私?えーと、そうね……あ、今日みたいに一緒にお散歩できたら嬉しいかも。それはすごーく楽しいと思うの。朝の早起きも大変じゃなくなりそう」

 

「E・M・T……」

 

「え?今、急にどうしたの?」

 

「わかんない。急に温かいものが唇から溢れ落ちていった」

 

たぶん、エミリアたんマジ天使的なことを言いたかったんだと思われる。

だが、あんまり参考にはならなかったが、そう言ってもらえるのは年頃の男子として非常に嬉しい限りだ。

 

「ちなみに、レムは朝の散歩はどうだ?」

 

「とても嬉しいです。でも、朝の眠っているスバルくんの寝顔を眺めているのも、レムに与えられた幼馴染み特権ですので、天秤は非常に傾けづらいです」

 

「その幼馴染み特権、誰がくれたの?神?」

 

「神です」

 

「そうなのか……」

 

神に与えられたんじゃしょうがねぇ、と引き下がるしかない迫力だった。

そんな感じで歩いていると、遠目にちょっとずつ見えてくるのが、土手に面した桜並木の豪華な眺め――ちょうど桜が花開き始め、満開桃色の景色が目を楽しませてくれる。

 

「わあ……」

 

「どう?ちょっとしたもんでしょ。このあたりだとわりと桜の名所って感じで知られてて、花見と言えばって人が大勢集まるんだぜ」

 

「桜のお祭りも週末にありますから、良ければご一緒しましょう」

 

「いいの?」

 

ちらほらと、祭りに備えた出店の骨組みなどがされているのを眺めていると、レムに誘われたエミリアが驚いた風な顔をする。

そんなエミリアの反応に、俺とレムは顔を見合わせ、同時に頷いた。

 

「もちろんです」

「何か悪いことあった?あ、誰かと約束してたとか……」

 

「う、ううん、そうじゃないの。ただ、私は転校してきたばっかりだし、二人が……二人だけじゃないけど、みんながよくしてくれるのが不思議で」

 

たどたどしく、微妙に戸惑った風なエミリアの言葉。

それを聞いても、俺はイマイチピンとこない。よくしているってほどのことをできているとは思わないし、クラスメイトならこれぐらい普通のことじゃなかろーか。

そこに美少女、と付けばなおさらである。

 

「このぐらい普通のことじゃねぇかな。なぁ、レム」

 

「その、普通のことを平然とこなせるスバルくんも素敵です。レムは感服しました」

 

「普通のことなのに!?」

 

「ぷっ」

 

レムの持ちネタみたいな反応を聞いて、不意にエミリアが噴き出した。そのまま、彼女は笑いの衝動に体を震わせて、「死んじゃう、死んじゃう……」と言いながら、

 

「……ん、わかりました。二人の優しさに甘えさせてもらいます。お祭り、一緒にいかせてもらうわね」

 

「そうこなくっちゃ!」

 

と、エミリアの答えに俺は指を鳴らし、快哉を叫ぶ。

たまの早起き、三文の徳。――このぐらいの役得があるなら、早起きした甲斐があったというものである。

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

早起きしたおかげでエミリアと祭りへ行く約束が交わせた。

そんなわけで、たまには早起きも悪くないというのが今朝の総括である。

とはいえ――、

 

「このクラスで、週末の祭りにいかない奴とかほぼいねぇだろうけどさぁ」

 

「祭り好きの面々が集まっておるからな。顔を合わせぬものなどいまいよ。当然、妾も出店は制覇するつもりじゃ」

 

「と、姫さんは仰せだが、付き合わされるオレとしちゃたまったもんじゃねぇぜ。言っとくが、いい歳こいたオッサンの胃腸は若人たちと並べられたくねぇの」

 

そう言いながら、左手の高性能義手をカシャカシャ鳴らしているのがアルさんだ。

ルグニカ学園の理事長の孫娘でもあるプリシラは、こうして学校にお付きのアルさんを連れ歩いてくることが多い。なお、アルさんは片腕が義手な上に、首から上を毎日、色んな被り物で隠している謎の多い人でもある。

まぁ、話してみると普通に人生に疲れた中年のオッチャンなので、そのあたりのギャップも面白みの要因の一つではある。

 

「それにしても、朝から青春真っ盛りで羨ましい限りじゃねぇの。可愛い幼馴染みと、美人の転校生……オレも学生の時分にこんな綺麗どこだらけのクラスにいたら、ワンチャン狙ってもっと青春してたかもわかんねぇな」

 

「まぁ、気持ちはわかる。俺も、このクラスの美形率に慣れるまで、毎日ちょっとしたことで粉になりそうな気分だったもん」

 

「何を戯けたことを抜かしておるのか。妾一人の眩さで、十分に貴様らなど灰にもなろう。いっそ今、そうして灰と化しても構わぬぞ。ええ?」

 

「構わぬも何も俺が構うわい」

 

妙に高そうな扇子を振りかざし、そんな御大層なことを仰るプリシラに舌を出す。

なお、うちのクラスの美少女率の底上げに多大な貢献をしている一人がプリシラであるので、どうにもその言い分に反論しづらい。

美少女に美少女じゃない、と負け惜しみをぶつけるほど俺も弱卒ではないのだ。

 

――朝の散歩も終わり、普通に家に戻って制服に着替え、学校に登校した。

それだけ述べれば、ちょっとした朝の一幕といったところだが、気持ちいつもより早めに登校してみると、朝の散歩と同じで発見が多い。

例えば、こうしてプリシラとアルさんと話しているのもその一つで。

 

「しかし、まさかプリシラがこんな時間から登校してるとは思わなかった」

 

「これで姫さん、案外朝が早ぇんだよ。むしろ、それに付き合わされるオレまで朝方人間に改造されちまったくらい。深夜アニメが見づれぇ見づれぇ」

 

「でも、今は配信がだいぶ豊富だからな。俺も見てるよ、『異世界ウォンテッド』」

 

『異世界ウォンテッド』は、なんか色んな異世界モノのアニメがクロスオーバーしたアニメ作品だ。作者同一ではない作品のクロスオーバーなので、担当している監督は命懸けで死にそうだと思う。その頑張りをこの場を借りて称えたい。

ともあれ――、

 

「週末の桜祭り……これはもしかしてもしかすると、エミリアたんとの本格的なデートのお約束ってことになるんじゃないか?」

 

「ほう、デートとな」

 

「男と女が示し合わせて、何かしらのイベント事へ赴く……これが、デートでなければなんだというのか!それがグループ交際の賜物だとしても、朝の一件を踏まえてみれば間違いなくデート!これは、燃えてきた……!」

 

「何とも、さもしい有様よな。第一、貴様はあの双子の姉妹の妹とどうとでも遊びに出かけていよう。その経験があって、今さら身構えることか?」

 

なんか、普通にプリシラにデートの相談してるみたいな状況なのが笑えるが、しかし、プリシラの上げた条件はまったくもって参考にならない。

 

「言っとくが、俺にとってレムは幼稚園の頃から一緒の幼馴染みなんだぜ?正直、単純なお出掛けだけなら数え切れないぐらいしてて、むしろ参考にならねぇ」

 

「それもずいぶんとアイタタタな発言に聞こえっけど、そしたら、本意気でデートについて腰据えて考えるのはこれが初めてってわけだ。初々しいじゃねぇの」

 

「へへ、だろ?なんか今から緊張で酸っぱいものが胃から持ち上がってきた」

 

「貴様、妾の前で間違ってもそれを溢れさせるなよ?」

 

音を立てて扇子を閉じると、プリシラはその先端で俺の顎をちょいと持ち上げる。話題の顎クイをされた状態だが、こいつがやるとそれも様になってやがる。

 

「せいぜい励むがいい。いつの世も、女は自分を楽しませようとする男の悪戦苦闘を愛でるものじゃ。よほどのことがなければ、相手の娘も悪い気はすまいよ」

 

「悪戦苦闘を愛でるって、悪女っぽい価値観だが……ひょっとして、今のって応援?」

 

だとしたら、とんでもなくレアな状況に出くわした気がしてびっくりだ。

しかし、俺のその一言を聞いた途端、プリシラの紅の瞳の温度がすっと下がった。マズい、と俺は自分の失言をとっさに謝ろうとして――、

 

「なになに?今、祭りの話してへんかった?」

 

「……女狐か」

 

話に颯爽と割り込んできたのは、今日も今日とて威勢のいい関西弁が気持ちのいい美少女、アナスタシアだった。

そのアナスタシアの乱入を受け、プリシラが不機嫌に眉を顰める。

この二人の犬猿っぷりは学内では大層有名なので、できる限り混ぜるな危険と扱われているのだ。が、それでも頻繁に衝突が起こるのは、そもそもこの二人を同じクラスにしてしまった教師陣の人材配置の誤りが原因ではあるまいか。

 

「なんて、現実逃避してる場合でもねぇか。どうしたよ、アナスタシア。いつもだったらプリシラと話してるとこなんか割って入ってこねぇのに」

 

「いやぁ、ウチかていつもやったらそうするんやけどね?でも、祭りの話ってなったら聞き逃せんやん?ウチの商工会もばんばか出店するんやし、お客さんからの事前のリサーチもマーケティングには有用なんやから」

 

ウィンクしながら答えるアナスタシア――彼女の語った商工会とは、このあたり一帯の個人経営の店などがまとまった組合のことだ。

商売好きの銭勘定大好きのアナスタシアはその商工会に出入りし、大人たちに混ざりながら地域復興のために日夜あれこれと奔走している。その嗅覚は並大抵のものではないらしく、近年、着々と成果を挙げつつある商工会の活躍の裏側には、アナスタシアの手練手管によって作られたビクトリーロードが隠れているらしい。

もっとも――、

 

「それがどこまで本当なのかは疑わしいところだが……」

 

「――。なんだろうか、その目は。私に何か言いたいことでもあるのかい?」

 

俺の視線を受け、そう片目をつむったのは優麗な佇まいでアナスタシアと一緒にいるユリウスだった。なお、直前のアナスタシア情報はユリウスから聞いたものであり、この可愛い守銭奴を高評価している奴がどんな賛美を加えたかは謎である。

 

「最近は若い子ぉが祭りに足を運んでくれる機会も減って、色々とやってる側としては大変なんよ。せやから、アイディアやったら何でも大歓迎。それが、変わりもんの姫さんのでもなんかの足しになるかもしれんし?」

 

「相変わらず、躾のなっておらん女狐よな。それが人にものを頼む態度か?妾の話が聞きたくば、大人しくそれを乞うところから始めよ。それをして初めて、妾が貴様の望みを聞いてやるかどうか決めてやる」

 

「あ、ええよ、言いたくないなら別に。ウチの本命はナツキくんの方やし?お姫さんの意見は下々にはわかりづらくて使いづらいだけやから」

 

「己の理解力の低さを棚に上げ、殊更に尊きものを貶めようとは恐れ入る。その卑小さには目を見張るものがある。なにせ小さすぎて、目を凝らさねば見えぬ故な」

 

互いに強烈な嫌味を交換し合い、結局は最終戦争が始まってしまった。

今回は出だしは悪くなかった気がしたのだが、何故こうなってしまうのか。

 

「うーん、謎だ。謎っていえば、ケンカになるってわかってるのに止めないお前も謎」

 

「ふむ、そうだね。これは私見だが、アナはあくまでプリシラさんを嫌っているわけではない。ただ、馬が合わないだけだ。その能力は認めているのだと思う。私が、君をある意味では認めているようにね」

 

「ある意味ってなんだ。どんな意味でもなんだ、この野郎」

 

いいように受け取る方法が皆無だったので、自然と俺もファイティングポーズ。所詮、俺とユリウスとは交わらない二つの線なのだ。

真面目に話を聞こうとしただけ馬鹿だった。

 

「やれやれ、これでは私もアナのことを笑えないな」

 

「なーにを勝手に納得してやがるのやら……お、生徒会のツートップ。二人は、週末のお祭りはどうするんだ?」

 

肩をすくめてニヒルな笑みを浮かべた優男をシカトし、俺はその後ろ――前後の席で談笑するクルシュとフェリスに水を向けた。

俺の呼びかけに、「私たちか?」とクルシュは顎に指をやり、

 

「当然、祭りには参加するが……一応、生徒会長として学園の生徒が羽目を外しすぎないか、それを監督する役目がある。なので、あまりお遊び気分のつもりはないな」

 

「ええ~、そんなの寂しいですよ。せっかくのお祭りにゃんですし、さすがに浴衣は気が早いにしても、ちゃんとおめかししていきましょうよ~」

 

「ふむ、そうだな。確かに、満開の桜並木の下を、普段と同じ格好で歩くというのも新鮮味がないか。それに、私も桜の下で着飾るフェリスが見たい。同感だ」

 

「えへ。それじゃ、クルシュ様のお召し物も準備しておきますネ」

 

メロメロのフェリスを甘やかすクルシュだが、まぁ、あそこはそういうわけわからん関係なので、いつも通りのイチャイチャに違和感はない。

結局のところ、クラスの過半数はほぼほぼ参加で間違いないわけだ。

 

「うちの場合、ベア子は……まぁ、ペトラちゃんとかメィリィちゃんが面倒見てくれるか。そうでなくても、ベア子を取られる父ちゃんの方が心配だな」

 

「――?妹さんじゃなくて、お父さんの方が心配なの?」

 

内心の思いを吐露しているところに、職員室の用事を済ませたエミリアがやってくる。その質問に「そうなんだよ」と俺は頷いて、

 

「うちは親が……特に父親が全く子離れできてなくてな。何かにつけてベア子を束縛しようとするもんだから、俺が独り占めできなくて大変なんだ」

 

「そうなんだ……あれ?今、スバルも独り占めする気って言わなかった?」

 

「――?そりゃ、ベア子は俺のベア子だから……」

 

できれば片時も離れず、鞄の中に入れて持ち歩きたいくらいなのだが、最近のベアトリスは鞄に入りきらなくなったのと、自分の関係性を築いているのでそこまでの束縛はできない。でも、たまには俺に独占させてほしい。

 

「そんな、寂しい兄心なんだ」

 

「そうなんだ。……でも、ちょっとだけ気持ちわかるかも」

 

「え!エミリアたんもベア子を食べたいと思ってるのか!?」

 

「食べたいと思ってたの!?」

 

正面から突っ込まれると、俺も自分がベア子をどうしたいのかがよくわからない。

猫を飼ってる飼い主は、猫を愛しすぎるあまりに愛情表現がわけわからなくなっていくと聞いたことがあるが、たぶん、それに近い気がする。

 

「それで、気持ちがわかるって言ったのは?」

 

「その、子離れできないって話の方。実は私の両親も、すごーく私を大事にしてくれてて……その、大変なの」

 

「へえ、大変なんだ」

 

「今朝だって、スバルたちと別れて家に戻ってから、散歩中にあったことを話して大変だったんだから。『今度、そのスバルくんを連れてくるのデス!』って」

 

「デス!って?」

 

なんか、ずいぶんと言葉のアクセントに勢いのある親御さんなんだな。しかし、そんな風に言ったエミリアの表情は柔らかかったので、家族仲はいいみたいだ。

うちもそうだが、家族仲がいいことはいいことだ。時にはうざったく感じるし、ちゃんとノックしてから部屋に入ってこいと思うこともあるが、いいことだ。

 

「基本、俺の我が家への不満って、全部父ちゃん発信なんだよなぁ……」

 

「あ、そうそう。そういえば、さっき職員室にいったときなんだけど、なんだかフレデリカ先生が慌ただしくしてて何かあったみたいよ」

 

「へえ、なんだろ。デリカ先生、いつもバタバタ忙しいからね」

 

主に、問題児だらけの学級を担当していることが原因なのだが、頑張り屋で仕事熱心なフレデリカ先生は、往年の学校ドラマみたいな奮闘で問題解決に奔走する。

時々、クリンド先生にやり込められるのもお約束で、だ。

 

「しかし、昨日のエミリアたんの転入といい、イベント事が絶えねぇな」

 

「でも、それってすごーく贅沢なことよね。毎日、いっぱい楽しいことがあって」

 

「エミリアたんは幸せ探しの名人だね」

 

「そう?ふふ、ありがと」

 

と、そんな調子で話していると、HRの時間を知らせる鐘が鳴った。

バタバタと、教室にいた面々が自分の席へと戻り始め、余所のクラスや遅れて登校してきた連中も同じように席へ着く。

今日も今日とて全員集合、出席率万全と我らがクラス――。

 

「うん?なんか、窓際に席が一個多いような……」

 

「――はいはい、皆さん、揃っていますわね」

 

俺の疑問が言い切られるより前に、扉を開けてフレデリカ先生が姿を見せる。

今日も気丈に背中を伸ばした美しい立ち姿のフレデリカ先生だが、気持ち、ほんのり、声の調子に疲れたモノが混ざっていた気がする。

 

「デリカ先生、何かあったん?ちょっと元気がないように見えるぜ」

 

「……ナツキくんはよく気付きますわね。これでもわたくし、ちゃんと隠そうと思って色々頑張っていましたのよ?」

 

「教卓の目の前だし、フレデリカ先生は美人だからよく顔見てるし、それでじゃない?」

 

「――――」

 

真面目にそう答えると、フレデリカ先生が翠の瞳を細めて黙り込んだ。その反応の意図が読み取れず、俺は右隣のレムにこそこそと声をかける。

 

「レム、レム、俺なんか変なこと言った?」

 

「いえ、特には思い当たりません。いつも通り、素敵なスバルくんでした」

 

「あれがいつも通りなのが問題なんじゃないかって思いますけどねえ」

 

意見を求めていないのに、俺の左隣にいる奴からの突っ込みがうるさい。

ともあれ――、

 

「ごほん。とにかく、話を進めますわね。昨日、エミリアさんがこのクラスに編入されてきましたが、実は今日も、皆さんにお話がありますの」

 

「おいおい、なんだその前振り。まさか、新キャラの投入――」

 

それはいくら何でも場当たり的というか、無節操すぎるテコ入れの仕方だと思うが、とりあえず勢いに乗ってそんなことを言ってみる。

だが、俺のその言葉を聞いて、フレデリカ先生は深々とため息をついた。

そして――、

 

「――まさかのまさか、その通りだよ、ナツキくん」

 

「え、その声は……」

 

聞こえた声に俺が驚いていると、教室の前方の扉を開けて現れる人影。ゆっくりと進み出るその姿を見て、俺は呆気に取られた。

上から下まで黒ずくめの喪服めいた衣装と、それを着こなす妙に退廃的な色香を纏った美貌。長い髪は色素が抜け落ちた純白で、蝶を模した髪飾りがひどく目を引く。

これもまた、とんでもなく綺麗な女性の登場で――、

 

「エキドナさん?俺の隣の家に暮らしてる六人姉妹の三女!エキドナさんじゃないか!」

 

「説明的な台詞をどうもありがとう。ナツキくんからご紹介があった通り、ボクの名前はエキドナ。――今日から、この学園で教育実習をさせてもらう」

 

「き、教育実習生だと――っ!?」

 

薄く微笑み、教壇の上で一礼したエキドナさんに俺たちは色めき立つ。

教育実習生――それは、同級生や担任の教師とはまた微妙に違った距離感と立場を持ち、学園生活に彩りを与えるレアな立ち位置だ。

教員資格を取るために行われる実習、つまり実習生は教師ではなく学生なわけで、普段は接していない年代の女性との邂逅に、高校生男子は戸惑いを隠せない。

 

「く、まさかこんな隠し玉を用意してやがったとは……こないだ、二人でお茶したときは全然そんな話してなかったじゃねぇか」

 

「ナツキくんを驚かせようと思ってね。それに、君に打ち明けてしまったら、他の生徒たちにも知られてしまわないとも限らない。もちろん、君の驚く顔が見たかったというのが一番の目的でもあったんだが……驚いたろう?」

 

「まぁ、そりゃ大いに驚いたけども……」

 

悪戯っぽく笑ったエキドナさんの茶目っ気に、俺は照れ臭く頬を掻いた。

エキドナさんたち六人姉妹が我が家の隣へ引っ越してきてから一年も経っていないが、この年上の女性はどうも趣向を凝らして若者をからかうのが好きらしく、目下、彼女の可愛い悪意の犠牲者とされているのが俺である。

まさか、こんな形で仕掛けてくるとは思わず、その周到さに目を見張るが。

 

「しかし、昨日はエミリアたん、今日はエキドナさんと……驚き面白イベントを立て続けにぶち込んでくるじゃねぇか。さすがデリカ先生、エンターテイナー!」

 

「わたくしが首謀者みたいに言うのはやめてくださいまし。それに、実は話はこれで終わったわけじゃありませんのよ」

 

「へ?」

 

頭に手をやったフレデリカ先生、その発言に意味がわからないと俺は目を丸くする。

だが、その無理解の答えは、フレデリカ先生ではなく、真正面からやってきた。

 

「――――」

 

バン、と勢いよく音を立てて、エキドナさんが入ってきたのと同じ扉が開く。そこからぬっと姿を見せたのは、エキドナさんより背丈の高いシルエット。

それは褐色の髪を長く伸ばし、一つにまとめた背の高い女性だった。見知らぬ制服に身を包んだ彼女は、教壇を素通りし、悠然と仁王立ちする。

――何故か、俺の目の前に。

 

「――――」

 

「ええと、あの?どちら様でしょうか?」

 

緑の瞳に、赤い模様が珍しい瞳をした目力のある美人だ。

制服の前のボタンを一つだけ留めて、凶悪な視線誘導力を持つスタイルを惜しげもなく露出している。改造制服ぶりではプリシラといい勝負で、スタイルもプリシラに負けないものがある、というととんでもなさがわかるだろう。

ただし、そのとんでもないわがままバディよりも、この唐突なガンつけの方が俺には問題だった。

 

まさか、いきなりケンカを吹っ掛けられるとも限らないが、一対一の決闘を覚悟して放課後付き合ってくれる美少女転校生の実例を見たばかりなので、どんな素っ頓狂な展開が訪れるかはわからない。

今さらながら、ラムから喰らったローキックの影響が膝に残っている不安もある。

と、そんな不安に身を硬くする俺の前で、その美女の唇が動いた。

 

「――見つけた」

 

「へ?」

 

「――おーしーさーまー!!」

 

「うわぷっ!?」

 

真剣な表情が一転、にへらと笑った美人が、正面から俺を抱きしめた。そして、その豊満な胸に俺の顔面を押し付け、ぐいぐいとハグハグしてくる。

 

「もうもうもう、再会のときを待ち望んでたッスよ!こんなになっちゃって、でも一目でわかったッス!お師様、お師様~!」

 

「もがもがっ!」

 

「ええ?何言ってるか聞こえないッス。でも安心安全大丈夫ッス。お師様がどんな感じにしょぼくれてても、あーしは変わらず愛し続けるッスから!」

 

巨乳の暴力にさらされて、必死でもがく俺を美人が手放さない。というか、腕の力が尋常じゃなく、本気でロックが外せない。このままだと死ぬ。死因巨乳だ。

 

「――待ってください!いったい、誰なんですか!スバルくんから手を放してください!スバルくんが死んでしまいます!」

 

「む……」

 

そんな天国地獄から俺を助け出してくれたのは、強引に俺の腕を掴んで美人を引き剥がしてくれたレムだった。レムは俺の右腕をぎゅっと抱いたまま、不満げな顔をする美人を睨みつけている。

 

「なんなんッスか、あんた。あーしとお師様の再会を邪魔するんじゃないッス」

 

「あなたの方こそいきなりすぎます!スバルくんが可哀そうじゃありませんか。あなたはいったい……」

 

「あーしはシャウラッス。お師様とは、小さい頃に出会って別れた、再会の約束を交わした遠距離幼馴染みポジションッスよ!」

 

「――っ!スバルくんの幼馴染みポジションはレムのものです!」

 

唐突に自分の地位を揺るがされ、怒ったレムが俺の右腕を引っ張る。が、それに対抗するように美人――シャウラと名乗った相手が俺の左腕を引っ張った。

 

「ぐああああ!!」

 

二人の美少女が俺を取り合い、一瞬で俺の両肩が悲鳴を上げる。

この瞬間、俺の脳裏を過ったのは大岡裁きという言葉――赤子を愛する生みの親と育ての親、取り合ったとき、赤子のことを思って手を離すのはどちらの親か、みたいな。

つまり、俺の体を慮る方こそ、真に俺を思ってくれているものと――、

 

「ふ、二人とも落ち着いて!スバルが裂けちゃうから、引っ張り合わないの!」

 

「ぎゃあああああ!!」

 

その俺の奪い合いを見ていられず、心優しいエミリアが止めようと参戦した。結果、俺の右足がエミリアに掴まれ、三方向からの引力に俺が千切れかける。

そして、こうなった場合のお約束として。

 

「そうなると、ここはボクが左足を持つのが正解だろうね」

 

「せ、正解とかないから、エキドナさん、助け……」

 

「生憎と、非力なボクでは彼女たちと対抗することは難しい。でも、君に対する想いの深さではそうそう見劣りはしない……なんて、少し照れ臭いな」

 

「言ってる場合かぁぁぁ……っ!」

 

ほんのりと頬を赤らめるエキドナさんだが、生憎と、そんなささやかな心の変化に色々と反応してやる余裕がない。このままだと、俺が四方向に裂ける。

 

「頑張って、スバル!今、助けてあげるから!」

 

「スバルくんの幼馴染みポジションは、レムのものです……!」

 

「お師様!あーしとの、別れ際の約束を果たしてもらうッス……!」

 

「ここはせめて、最後まで手を離さないことで君への想いを証明しようと思うんだが、どうだろうか」

 

右手右足左手左足、四肢がねじ切られるような痛みを味わいながら、俺は美少女たちが俺を取り合っているという幸せなはずの地獄絵図を見る。

それはまるで、ここから先の学園生活の慌ただしさの予兆のようでもあり――、

 

「えー、教育実習生のエキドナさんと、二日連続の転校生のシャウラさんですわ。皆さん、二人が早くクラスに馴染めるよう、仲良くしてあげてくださいましね」

 

「――はーい!」

 

何もかもを諦めた風なフレデリカ先生の言葉に、そんな気持ちのいいクラスメイトたちの返事が重なる。

それを、なんだか遠い世界の出来事みたいに感じながら、俺の意識は徐々に徐々に、那由他の彼方へ遠のいていくようだった。

 

「お、俺、これからもう、どうなっちゃうの……?」

 

「……よくわかりませんが、碌なことにはならなさそうですよねえ」

 

と、薄れる意識に最後に滑り込んだのは、ギャルゲーの親友ポジションにまんまと収まっているオットーの、ぼやくような一声だけだった。

 

――俺の学生生活、これからどうなっちゃうのー!?

 

≪学園リゼロ!4時間目へ続く!≫