『盗品蔵の交渉』


 

事ここに至って、余計な回り道は印象を悪くするだけだとスバルは判断。

近くをエルザが徘徊している危険も含めて、この商談を即行でまとめてしまいたい。その意図に反して、フェルトの警戒レベルは一段階上がってしまう。

彼女は徽章を仕舞っていると思しき胸元を手で押さえると、

 

「なんで、アタシが徽章をギッたって知ってんだ?依頼人以外にゃ漏らしてねーはずだし、盗んだのはついさっきだ。小耳にはさむにゃ耳がでかすぎんじゃねーか?」

 

「言われてみりゃその通りだ焦りすぎだよ俺マジ迂闊!」

 

「……もうちょい腹の中隠さねーと交渉とかできねーぜ?兄さん、ちょっと突かれたぐらいでボロ出しすぎだよ」

 

うっかり失言に頭を抱えるスバルに毒気の抜かれた顔のフェルト。

彼女はしゃがみ込むスバルに膝を曲げて視線を合わせ、「それで?」と前置きして、

 

「徽章を買い取る、っつーのはどーいうことだ?もともと、これを頼んできた姉さんとアンタは別口だろ?商売敵かなにか?」

 

「商売敵っていやぁ商売敵と言えなくもない、かもわからないこと山の如し?」

 

「わかんねーよ。ま、そこんとこはどーでもいいんだけど」

 

どう言いくるめるかと頭を悩ませるこちらに対し、彼女はあっけらかんと笑う。その懐から取り出されるのは竜を象った徽章だ。

フェルトの手の中で、その赤い宝玉を光らせる徽章。彼女はそれを見せびらかすようにしてスバルの前にぶら下げ、

 

「アタシとしては買い取り価格が高い方に売りつけるだけだ。依頼反故で向こうの姉さんが怒る可能性はじゅーぶんあるけどな」

 

「そのキレ方が半端じゃない可能性もあるんですがー。いや、それはこっちの話だけど」

 

わざわざ交渉が難儀になるような話はさて置き、スバルは改めて咳払いしてから真剣な顔を作り、

 

「んじゃ、交渉には乗っかってくれるってこったな?」

 

「儲かる可能性のある話ならなんだって聞くさ。たりめーだろ?」

 

「たくましいこった。……こっちにゃ聖金貨で二十枚以上の価値があるものを用意してる。その条件で、お前の徽章を買い取りたい」

 

ぴくん、とフェルトの白い耳が動き、その赤い瞳の瞳孔が猫のように細くなる。表情は動かなかったものの、尻尾をバタバタ振っているのが見え見えでむしろ微笑ましい。

彼女はその疑似ポーカーフェイスのまま腕を組み、

 

「へー、なるほど。けっこーな値段付けてくれんじゃん。アタシの苦労も報われるよ。……でも、アンタの商売敵もそんぐらいの値段できてるぜ?」

 

「嘘こけ、聖金貨十枚の取引きだろ。欲かくと死ぬぞ、いやマジに」

 

実際、一回目の死因はそんな感じと予想される。死因:強欲だ。

正確な数字まで当てられては誤魔化せないと思ったのだろう。フェルトはスバルの言葉に軽く目を見開いたあと、仕方なさげに頭を掻き、

 

「んだよ、そこまで知ってんのかよ。……そーだよ、聖金貨十枚だ。といっても、交渉相手が出たと知れたらもっと出すかもしんねーけどな?」

 

「そっちは嘘じゃねーぜ?」と唇の端をつり上げる推定十四、五歳。

すれてんなぁ、とそのふてぶてしさに一定の感心をしつつ、スバルはこのまま優位の状況で交渉を進めようと意気込む。

 

「素直にこっちで手ぇ打っておけ、って言っても聞かないんだろうな」

 

「たりめーよ。ってか、そもそもアンタのさっきの話も眉唾だ。アタシの耳は聞き間違えちゃいねー。アンタは聖金貨二十枚じゃなく、その価値があるものって言った。手札が一方的に知れてんのは不公平じゃねーかな、交渉としては」

 

「交渉までにどんだけ手札を用意できるかってとこに器量が現れるもんだと思うが……こっちの手札を切らなきゃ判断つかねぇのも事実だしな」

 

ごねられて時間が経過するのも避けたい。

スバルは結論して、その懐から交渉のキーアイテムである携帯電話を取り出す。

小型の機械の出現に、フェルトはほんのわずかに眉をひそめるだけだ。相変わらず、金銭に直結していないと薄い反応しかしない子である。

 

「それが聖金貨二十枚か?アタシにゃ手鏡かなんかにしか見えねーが」

 

「これは巷で大流行の『魔法器』ってやつだ。時間を切り取り、凍結させる。さあ、受けて見るがいい――NATUKIフラッシュ8連射!!」

 

連続シャッター機能をオンにして、機械的な撮影音と光が連発。

白光が裏路地を切り裂き、まともに光を浴びるフェルトが音と輝きに「うわぉう!」と女の子らしからぬ悲鳴で反応。

前回よりまともなリアクションに気を良くしつつ、スバルは文句言いたげな顔を浮かべる少女に画面を突きつける。赤い双眸が驚きに見開かれる。

 

「これがこの『魔法器』の力だ。こうして精巧な絵を残すことができる。さらにPRさせてもらうと世界に一個だけの貴重品。さあ、どうよ」

 

ドヤァ、と鼻を長くして見下ろすスバルに、フェルトは「ふむふむ」と鼻を鳴らす。しげしげと手の中の携帯電話を眺め、一通り見回してから納得の頷きを作り、

 

「……嘘、じゃなさそーだな。でも、これがアタシか?きれいに世界を切り取るって言うんなら、アタシはもっと美人だと思うぞ」

 

「素材はよさそうな気がするけど、こんだけ飾り付けが酷いと何とも言えねぇな。……身綺麗にして、ちゃんとしたおべべとか着せたら化けそうなヨ・カ・ン」

 

「上から目線なのと語尾が腹立つ……なんかぜってー見せたくねー」

 

いらぬ反感を買ったところだが、フェルトの様子は好感触そうだ。

もっとも、そんなこちらの思惑に簡単には乗らないのが、この貧民街の住人のたくましさの所以でもある。

ドヤ顔のスバルにフェルトは意地悪く笑い、

 

「ただし、物珍しさは認めるけどどんだけの金になるかは微妙だぜ?言っとくが、交渉相手の意見を丸呑みして、これが聖金貨二十枚だなんて甘い蜜を信じてやるほど頭が空っぽってわけじゃねーんだ」

 

「……それはまぁ、当然だろな。俺としては脳みそスポンジでも全然構わねぇんだけど、第三者の意見は必要ですことよ実際」

 

ペースと勢いで持っていければ幸いだったが、そうもいかないだろうというのは予測の範囲内。問題は『善意の第三者』を誰にするか、なのだが。

 

「この貧民街の奥に、盗品蔵って場所がある。名前のまんまの場所なんだけど、そこにいる偏屈爺さんに聞くのが手っ取り早いだろーさ。物を見る目は公平だぜ?それなりに場数も踏んでっから、『魔法器』見ても判断つくだろーし」

 

「やっぱ、そうくるよなぁ……」

 

そして、フェルトがそう提案してくるだろうことも予想されたことだった。

彼女からすれば盗品蔵はエルザとの待ち合わせ場所でもあり、荒事になった場合に頼れるボディーガードジジイのいる拠点でもある。

『魔法器』というカードの鑑定眼も含めれば、その選択肢以外はあり得ない。のだが、盗品蔵に到着する前に決着しておきたいのがスバルの心からの本音であった。

 

「そのジジイに見てもらうのはまったく反対しねぇんだけど……」

 

「会ったこともない相手をいきなりジジイ扱いとか、会って後悔するかもしんねーぞ?意外とおっかねーんだよ、礼儀知らずには」

 

「そのわりには口悪い小娘にミルク出してやったりとか甲斐甲斐しいような……」

 

これは明らかに余談だが、やっぱり孫可愛がりみたいな気分があるんだろーなと予想。

ともあれ、問題は相手でなく場所である。

 

「呼び出せたりしねぇかな、外に。ほら、なんなら俺のケータイ使っていいから」

 

「って押し出されてもわけわかんねーよ」

 

「ですよねー。メモリにも家族とその他しか入ってねぇし」

 

あとは寂しいメモリ数の水増しに、警察署・消防署・救急車・時報・天気予報などのラインナップが並ぶ。思わず『ドヤァ』となってしまうボッチぶりだ。

 

「なにを問題にしてんのかわかんねーけど、急ぐならとっとと盗品蔵に行こーぜ。ホントはちょいちょいやりたいこともあったんだけど」

 

「やりたいことって?」

 

「いや、意外と持ち主が根性入ってて、逃げ切るの大変だから妨害工作。ちょっと金渡せば喜んで周りの連中がやってくれっからさー」

 

「よし行こうすぐ行こうパッと行こうちゃちゃっと行こう」

 

歩き出すフェルトの肩を後ろから押して、強引に盗品蔵への道を急ぐ。

「なんだよー」と頬を膨らませる彼女を急がせながら、スバルは無駄な被害が減らせたことに自分で自分にGJ。

徽章を追いかける偽サテラの邪魔など、小銭目当てで貧乏くじ引くにも程がある。氷塊ぶつけられて悶えるくらいなら、空腹抱えて家で寝てる方がマシだろう。

 

「ただし、ちゃっと見てもらってスパッと終わらせてバシッと出るかんな」

 

「兄さん、なんでそんな焦ってんだよ。汗ダラダラだぜ、強く生きろよ」

 

「貧民街だとみんなそれ言うんだけどなんか合言葉なの!?」

 

強く生きろ、じゃなくて強かに生きろ、に言い直した方がいいと思う。

そんな思惑も置き去りに、四度目の世界で三度目の盗品蔵へ。

 

――すぐに出る。もうダッシュで出る。置き去りにしてでも出る。

 

胸中をそんな決意で燃え上がらせて、スバルは強く目の前の背を押した。

 

「いてーっつの」

 

「痛い!」

 

蹴られた。

 

※ ※※※※※※※※※※※※

 

「大ネズミに」

 

「ホウ酸団子ってどこで売ってんの?毒」

 

「スケルトンに」

 

「意外と掘るのって労力いるよな。落とし穴」

 

「我らが貴きドラゴン様に」

 

「ファンタジー世界だから実際いるんだろうけど、マジ直接対面したらなんにもできないこと請け合い。でもロマンだから会いたいのも事実。そんな曖昧な自分の心に嘘をつくこともできなくて、ところがそんな自分がやっぱり嫌いじゃない。クソったれな気分」

 

「余計な枕詞つけんと合言葉も言えんのか!余計に腹立たしいわ!」

 

扉が内側から蹴破られるように開かれるが、それを予期していたスバルは素早く後方に飛びのいてノーダメージ。

悔しげに喉をうならせるのは、入口の高さに身長が噛み合っていない巨人――こちらも見慣れたハゲ頭のロム爺だ。顔を真っ赤にして、血圧が高そうな有様。

 

「あんま頭に血ぃ上らせてると血管切れるぜ。現代医学でもかなり危険」

 

「体に悪いとわかっとるなら怒らせるんじゃないわ!なんじゃお前!今日は人払いしなきゃならんから入れんぞ!入れんぞ!ざまー見さらせ!」

 

大人げなく地面を踏み鳴らすロム爺。だが、そんな彼のしてやったり顔を覆したのは、

 

「あー、悪い。コイツもアタシの客なんだ。入れてやってよ、ロム爺」

 

スバルの背後に隠れていたフェルトだった。

彼女はがっくりと肩を落とすロム爺を同情的な目で見て、それからしらっとした顔で口笛など吹いているスバルを横目に、

 

「アンタ、かなり性格悪いな。控えめに言って最悪だ」

 

「なんかからかいたくなる性格なんだよな。いじられてこそ光るタイプというか……Mだと発覚したはずなのに、俺はやっぱりSっ気もあったのか……攻守万能だな!?」

 

「知らねーし知らなくてよさそーだから深く聞かねー。上がるぞ、ロム爺」

 

うなだれるロム爺の横を抜けて、フェルトが当たり前のように盗品蔵へ。

説明を求める視線を無視され、ロム爺は困惑顔をスバルに向けた。そんな皺だらけの顔にスバルはうんうんと頷きかけて、

 

「マイペースな奴はこれだから困る。俺らみたいな一般人は置き去りだぜ、なあ?」

 

「言葉の定義付けからやり直したいとこじゃの……とっとと入れ」

 

なにもかもを諦めたように投げやりに、ロム爺は巨体を小さくして中へ戻る。その背中に続いて、埃っぽい盗品蔵の空気に歓迎されながらスバルも中へ。

ちらりと警戒しながら視線を中に送るが、幸いにもエルザや偽サテラが先に待ち構えているというような事態は起きていないようだ。

呑気にカウンターの上に腰掛けて、フェルトは他人の住居で自分の家よろしくミルクを勝手に傾けている。視線に気付き、

 

「なんだよ。冷えてんのはこれ一本だ。やんねーぞ」

 

「ふてぶてしすぎて神経ぶれねぇな、お前。俺は酒でいいよ、爺さん」

 

「お前さんも相当図々しいな!分けん!分けんからな!」

 

のしのしと床を軋ませて巨体が走り、カウンターの向こうの酒蔵らしき木箱を視線から守ろうとする。憐れみさえ誘う動揺に、スバルは「冗談だよ」と小さく笑い、

 

「なるほど、酒はそこか。場所さえわかればこっちのもんだぜ……」

 

「本音が漏れとるぞ!盗品蔵の主から酒を盗もうなぞ、極悪の下をいくな!?」

 

「そんな……照れる。それに盗むときは自力じゃやらねぇよ。フェルトに依頼する」

 

「ゴメンな、ロム爺。依頼されたら断れねーわ」

 

「味方おらんのか、ここって儂の家じゃなかったかの!?」

 

そろそろ本気で血管が気にかかるので、ロム爺いじりはここまでとする。

興が乗り始めていたらしきフェルトは不満げだったが、スバルは愛想笑いだけで彼女に応じてカウンターへ。

固定椅子に座ると、時間も惜しいとばかりにさっそく本題へと入る。

 

「さて、爺さん。横道それたけど、本題に入りたい」

 

「だいーぶ脇道走ったのは自爆な気がしてならんが……なんじゃい」

 

「頼みたいのは鑑定、って感じになるかな。俺の持ってきた『魔法器』に値段をつけて、それをフェルトに対して保障してもらいたい」

 

話が商談ともなれば、ロム爺の灰色がかった瞳が真剣味を帯びる。

彼は確認するようにフェルトを見やり、彼女の肯定の頷きを見ると視線を戻した。

その瞳が鑑定品を求めているのが伝わり、スバルも懐から携帯電話を取り出す。メタリックな見た目がまずその興味を惹き、大きすぎる手の中にあってはまさしく玩具のような機器を繊細な指触りが確かめるように撫でた。

 

「これが魔法器。さしもの儂も見るのは初めてじゃが……」

 

「たぶん世界に一個しかない。あと、わりとデリケートな機械だから扱いには注意。ぶっ壊されるとマジで死ななきゃいけないレベル」

 

やり直し的な意味で。

しげしげと外装を確かめるロム爺が、折り畳み式のケータイをゆるやかに開く。起動音がして最初の驚きを誘い、さらに待ち受け画面が二発目の驚きを誘発。

 

「この絵は……」

 

「タイミング的にちょうどいいかと思ってな。効果のほどを見せつける意味で、フェルトちゃんの一日――を待ち受けにしてみた」

 

待ち受け画像は先ほど撮影したフェルトの画像の中の一枚だ。

一番可愛く撮れたと思えるものをチョイスしたので、画質の良さもあってそれなりに見れる絵になっていると思う。

ロム爺はその画像とすぐ脇でミルクをすするフェルトを見比べ、

 

「これは驚いた。こんだけ精巧な絵を描けるもんはおらんじゃろうな」

 

「時間を切り取って、そこに封じ込める魔法器さ。人の手によるもんじゃ、到底できない綺麗さだろ?なんなら爺さんも撮影するけど」

 

「興味はあるが、おっかない感じもするのぅ。命とか取られんか?」

 

「やっぱどの時代のどの世界でも、写真見て思うのはそういう迷信なんだな……」

 

大正以前みたいなリアクションのロム爺。その傍らで寿命関連の話題に耳を尖らせるフェルト。彼女らを安心させるように「撮影されても八十まで普通に生きる」と答えて、そのカメラ機能でロム爺を撮影。

出来上がった画像を見て、「ううむ」とうなるロム爺。

目の前でこれを見せられれば、ケータイの性能実験としては十分だろう。もともと、このケータイに対するロム爺の好感触は、実体験から保障されたものなのだし。

 

「これは確かに恐れ入ったわい。もしも儂が取り扱うなら、聖金貨で十五……いや、二十枚は下らずにさばいてみせる。それだけの価値はある」

 

売人としての職人魂が刺激されたのか、やたらと瞳を輝かせるロム爺。

盗品を売りさばく職人、という甚だ誇りに思うべきか微妙な職業ではあるものの、その太鼓判は素直に心強い。

スバルはフェルトに顔を向け、思わずわき上がるドヤ顔で鼻を鳴らし、

 

「とまぁ、俺の手札はこんな感じだ。宣言通り、聖金貨で二十枚以上の品物。これでお前の徽章との物々交換を申し込みたい」

 

「その顔、ちょいちょい挟むけどムカつくなぁ」

 

こちらの思惑通りに事が進むのが面白くないのか、フェルトは不満げな顔つきだ。が、それでも自分の懐が温かくなる事情には代えられないのだろう。

彼女の視線はロム爺の掌の携帯電話に向き、

 

「ま、それが金になるって保障がついたのは素直に嬉しいさ。聖金貨二十枚ってのも疑わないで済みそーだし。アンタの手札は了解した」

 

「だろ!?んじゃ、交渉成立ってことで。うまく売るのはそっちのやりようだ。ガンバ!それじゃ俺は急ぐんで、ここらで失礼させてもらおうかと……」

 

そそくさとフェルトに歩み寄り、「ん」と手を出して徽章を求める。

しかし、その掌は上からやんわりと取り下げられた。

眉を寄せるスバルに、至近まで顔を近づけてフェルトは、

 

「ちょっと待て。なんでそんなに急いでんだ?」

 

「急いでるとか、そんなこと別にねぇですよ?あ、あとあんま顔、近付けんな」

 

「なんだよ。女の子の顔が近いと照れちゃうタチか?」

 

「いやお前、何日か風呂とか入ってねぇだろ。目に沁みる刺激臭がする」

 

顎を真下からブン殴られる。

のけ反って、舌を噛んだ激痛にスバルは涙目。

 

「女相手に容赦ねーな!?」

 

「お前もちょっとした軽口に容赦ねぇな!?早くも流血沙汰だよ!」

 

わりと盛大に口の中を切って、鉄の味に嫌な感覚が呼び起こされるスバル。

フェルトは顔を赤くして、自分の肩にかかる金髪を顔の前に持ってきながら、

 

「そんな臭うかな……」

 

「照れ隠しの口先、って言ってやりたいけど。俺って自分に嘘はつけないっ」

 

涙目のまま顔を背けて、その場に膝から崩れ落ちて女々しい泣き姿のアクション。その芸の細かさにフェルトは怒りを通り越し、軽く指で額を支えながら深呼吸。

 

「わかった、ちょっと待て。話を戻そう。落ち着いて、冷静にな」

 

「話を戻す、か。そうだな。とりあえず、寝床の環境を整えるところから始めるのがいいと思うぜ。あそことかちょっと生ゴミ多いから、寝てるだけで臭いが染みつく……」

 

「アタシの臭いの話から離れて、もうひとつ戻ってみよーぜ!?」

 

「……お前、も……足が、出るの、早いよ……」

 

照れ隠しに出た前蹴りが、位置的にしゃがんでいたスバルの顎をクリーンヒット。舌こそ噛まなかったものの、二度目の衝撃に止まってすらいなかった血が再出血。

 

「血ってあんま飲み込んでると、すっげぇ気持ち悪くなんだぞ……」

 

「それに懲りたらもっと真剣にアタシとの対話に応じろよ。んで、話を戻しに戻した上でもう一回聞くけど、なんでそんなに急ぐんだよ」

 

表情から怒りの感情を消して、努めて冷静な顔つきで問いかけてくるフェルト。

空気を読んで無言のロム爺に助けを求めるも叶わず、スバルは仕方なく肩をすくめて、

 

「人生ってのは有限なんだ。一秒一秒を大切に、無駄を極力省くことで……」

 

「あー、はいはい。そーゆーのはいいんで。つかさ……」

 

語尾を濁らせて誤魔化そうとするスバルをフェルトが流す。

彼女はその赤い瞳を細めると、淡々とした態度でついに核心を突いた。

 

「そもそも、なんで兄さんはこの徽章を欲しがんだよ?」