『ふんづまり』
――聞くべきじゃなかった。
額から伝う汗が顎から滴り、スバルはもう何度目になるかわからない自分の愚かさをまたしても思い知らされていた。
頭蓋の内に響く耳鳴りがどこか遠く、鼓動を打つ心の臓が痛みを訴えかけてくる。
「聞いたことを、後悔している……そうかーぁな?」
押し黙ったスバルを見やり、ロズワールが寝台の上でそう首を傾げる。
藍色の髪を指先で弄ぶ道化の問いかけに、スバルは即座に答えを返せない。ただ、静かな呼吸で己を落ち着かせながら、
「ちょっと、驚いただけだ。なんつーんだ……思ったより、エミリアが俺よりちょっと年上だったもんだからよ」
「おや、知らなかったのかい?ハーフエルフであるエミリア様は、エルフ族ほどでないにせよ長寿族だ。エルフともなると、殺されない限りは死なないとまで言われるぐらいだーぁしね」
内心を誤魔化すスバルの言葉に乗ってくるロズワール。
彼の語るエルフ族の特性は、サブカルチャーなどで扱われるエルフの設定とさほど乖離はないらしい。ハーフ、にそれがどこまで適用されるかはわからないが、少なくともエミリアの実年齢は彼の言を信じるならば――、
「最低でも六十歳差か……お姉さんキャラ好きの俺でも、さすがにこれだけ攻略対象と年齢差があるパターンは経験値が少ねぇぜ」
「イマイチ要領を得ないけど……その口ぶりだと、エミリア様以外にも長寿族と接したことがあるのかーぁな?」
「まぁ、不死者とか吸血鬼とかはギャルゲーなら基本パターンの類型だしな。ロリババアってリューズさんカテゴリーもあるし、業が深いんだよ」
もっとも、人外系やロリババア属性はスバルにはあまりない。スバル的なストライクゾーンは憧れのお姉さんや学校の先輩、といったポジションだ。
だからさすがに、六十歳差があると聞けばいくらか思うところもあるのだが、
「でも、あれだけ可愛けりゃなんでも許せる。問題なし。エミリアたんが俺の一番星なことには変わらないさ」
それに、この手の設定でありがちではあるが、長寿族はその長命である特性を持つが故に成長が遅く、人間の成熟速度と異なる時間経過を過ごしている可能性がある。
動物と人間との年齢差のように、人間の二十歳がエルフにとっては二百歳である可能性などが――。
「そう考えれば、九十歳のエミリアたんなんてまだまだ若造、小娘……いや、エルフ族的観点からなら幼女の可能性。おいおい、あんだけ美人でエロ可愛いのに幼女って……それもはや一つのジャンルとして成立してるだろ」
「色々と妄想はかどってるところわーぁるいんだけどね。現実は君が思うよりずーぅっと厳しい。過ごした時間の分だけ人は成長する。エルフ族だって、精神の成長が遅いなんてことそうそうあるわけなーぁいでしょ」
「お前、俺が必死にこれまでエミリアたんに本気で子ども扱いされ続けてきた事実に対する反証を組み立ててるってのに……」
希望的観測に過ぎないとはいえ、あっさりと打ち落されていい気はしない。そして恨みがましい目を向けるスバルに、ロズワールは「それに」と言葉を継ぎ、
「そーぉうして本心から目を背けてなあなあで済まそーぉうってのも、私はちょっと気に入らないかーぁな。ねーぇ、スバルくん」
「――――」
「私の口から聞くべきじゃーぁなかったと、そう後悔しているかい?」
「……お前は、本当に嫌な奴だ」
誤魔化して受け流して、どうにか飲み下そうとしていた感情を掘り起こすロズワール。その彼に力のない悪態をぶつけて、スバルは再び己を呪う。
エミリアがその華奢な肩に担い、背に乗せていた十字架――それを彼女の口からではなく、他人の口から聞いてしまった不誠実さに。
「……『試練』は過去を俺に見せた。きっと、エミリアにもそれを見せてる。だとしたらあの子が見てる過去ってのは」
「自分がもっとも目を背けたい過去と向き合わせるのなら……エミリア様が見ているのは間違いなく、エリオール大森林が凍結した日のことだろーぉね」
スバルの憂慮をロズワールが肯定。
そしてその考えを後押しされたことで、スバルは自分がエミリアにどれだけ恐ろしいことを無理強いしようとしていたのかを思い知る。
なにが過去と決着をつけて、それを乗り越えて得るものがある――だ。
「じゃあ俺は、自分が何人もの人を氷漬けにした過去に向き合えんのかよ……」
エミリアとスバルとでは、過去に置き去りにしてきた咎のスケールが違う。
もちろん、スバルにとって父や母への思いが世界の壁をまたいででも決着をつけるべき大きな問題であったことは事実だ。それを軽んじるつもりも、軽んじられることも許さないだろう。
だが、一方でエミリアの抱える問題はどうだ。
父と母に愛され、背中を押されて、許されてしまったスバルのように、彼女の向き合う過去は彼女を肯定し、犯した過ちを許してくれるのだろうか。
そしてそのことを受け入れて、過去と決別できるものだろうか。
「エミリアが森を……そのエルフの集落を氷漬けにしたってのは確かなのか?確かほとんど人の手が入ってないとか聞いてるぞ。なにかの間違いじゃ……」
「確かに事実関係は不明だーぁとも。たーぁだ、私はその顛末をエミリア様の口から直接語られているんだよ。エミリア様自身が、森を氷漬けにしたのは自分であると告白している。そこに、どんな言葉を差し挟む余地が?」
「だから実際のとこがわからないってんなら、それが勘違いとかで……そもそも、エミリアはそんなことができる子じゃ……」
「違うなーぁ、わかってないなーぁ、それじゃいけないなーぁ、スバルくん」
取り縋るようなスバルの言葉を、ロズワールが三度語尾を伸ばして牽制。中断させられたスバルは鋭い目つきに剣呑さを乗せるが、ロズワールは素知らぬ顔で手を振り、
「事実がどうだったかはこの際、問題じゃーぁないんだよ。『森を凍らせたのは自分である』と、エミリア様がそう思い固めてしまっていることが問題なんだ」
「――――」
「エミリア様の中ではそれが事実なんだよ。そして、その事実を踏まえた過去が墓所でエミリア様に降りかかっている――さーぁ、どうすべきだと思う?」
「お前は……なにを考えてやがんだ?」
いっそ楽しげに問いかけてくるロズワール。その真意がわからず、スバルは思わずといった様子でそうこぼしてしまう。
なぜ、どうして、この男はこの状況でそうして笑みすら含んでいられるのかと。
「エミリアの抱えてる過去に同情しろとか、共感してみろとかそんな話じゃねぇ……背負ったもんの重さがわかってて、苦しむこと知ってて、乗り越えられるかどうかもわからない『試練』に挑ませるのに、どうしてそんな楽しそうにしてられんだ?」
「ふーぅむ」
「おかしいだろ!?お前……お前は、エミリアを王にしたいんじゃないのか?あの子が王様になるのに手を貸す立場なんだろ?お前の狙いはわかってるよ。エミリアが『試練』を乗り越えて『聖域』を解放すれば、それで『聖域』の住人からもアーラム村の人たちからも支持がもらえるかもしれない……それはわかってる」
だが、
「それをさせようとしてる一方で、お前は肝心な部分じゃエミリアを突き放してる。『聖域』の解放ができなきゃ成立しない賭けだってのに……どうしてそれが頓挫しようとしてる今、そんな風に余裕でいられるんだよ!」
「…………」
「エミリアは、王様にならなきゃって言ってる。俺だってそれを叶えてやりたい。……お前は、本当にあの子を王様にする気があるのかよ」
「――あるに決まっている」
声を荒げ、肩を揺らし、黙り込むロズワールに感情をぶつけたスバル。だが、最後の問いかけへのロズワールの答えは、その激情に顔を熱くしていたスバルに冷水を浴びせるような錯覚をもたらしていた。
眼前、変わらない位置に佇むロズワール――その眼差しが真っ直ぐに、スバルを睨みつけている。そして彼は、
「彼女を王にする気があるのか?あるとも、もちろんある。――私以上に、エミリア様を王にしたいと焦がれる存在などいるはずもない。エミリア様本人はもちろん、君風情などお話にならないほど、私にはそれをする理由がある」
「ろず、わーる?」
「その私を捕まえて、やる気があるのかとは笑わせてくれる。笑わせてくれるよ、まったく。――まだそこにすら、辿り着けていないのか」
静かな怒りすら含んだ口調、それはスバルが初めて聞くロズワールの激情だ。
しかし、その激情も語りの最中の熱を潜め、最後の呟きの前には燻ぶるばかりになっていた。そして、意味深な一言で締めくくると、
「スバルくん。残念だーぁけど、今夜はここまでだ。私もまだまーぁだ病み上がりなもんだからねーぇ。少し、ゆっくりさせてもらいたいんだーぁよ」
「ま……いや、いい」
手を伸ばし、話を打ち切ろうとするロズワールを引き止めようとして、しかしスバルはそれを口にすることの無駄を悟って手を引く。
軽薄な口調で話の終わりを告げるロズワールの態度が、これ以上の深い話をすることを明確に拒絶している。そして彼が本気で全てを拒むのであれば、寝台に横たわる彼にすら遅れを取るスバルに聞き出す術はない。
首を振り、スバルは未練が尾を引くのを感じながらも寝台に背を向ける。
伝えるべきは伝えた。アーラム村の人々の処遇がどうなるかは未知数だが、おそらくはロズワールの提案をリューズは拒まないだろう。
そこを乗り越えられるのなら、停滞ではない前進が確かに得られる。スバルが果たさなくてはならない目的の、いくつもある一つに過ぎないが。
「――スバルくん」
ふいに、退室しようとしたスバルをロズワールが背後から呼び止めた。足を止めて振り返れば、すでに枕に頭を乗せたロズワールがこちらを見ないまま、
「資格を、得たのだね?」
「あ。ああ、言ってなかったか。そうだ。俺も『試練』を受けられる。一度、あの洗礼を受けるのが条件なら、お前もひょっとしたら……」
「――いーぃや、それはないだろう。墓所が私を受け入れることはおそらくないよ。こうして拒絶の傷を刻まれて、それがはっきりとわかったからね」
前回の世界でのやり取りを思い出し、『資格』に関しての話を意識的に省いていたスバルはかすかな驚きに眉を上げる。前回の世界では、ロズワールはスバルが『試練』に挑む資格を得たと知って、ひどく不機嫌になったのを覚えているのだが。
今の彼の姿には、一抹どころでない寂しさのようなものが取り巻いていた。
「……最善を選びたまえよ、スバルくん」
「なに?」
「この場において、君はもっとも自由に動ける存在だ。『聖域』に縛られてもいない。かといって王選へのしがらみに組み込まれているわけでもない」
「――――」
「君の望みは、君自身が動いて足掻いてもがいて、手にしたまえよ。悩み苦しんで惑い迷って、そうして得れば……満足はいかずとも、納得できずとも、決着は見れるだろうから」
顔を見せないロズワールの言葉。彼らしくない、道化じみた語尾のない発言にスバルは唖然とし、その場に間抜けに突っ立っているしかない。
そしてしばらく経ってから、あまりにも唐突に自分が激励されたことに気付き、
「なん……全然、らしくねぇぜ。どうしたんだよ、ロズっち」
「らしくないことをしたくなった、それだけの話じゃーぁないの。――どうやら、私は間に合わないようだからねーぇ」
諦念の強い言葉の意味が呑み込めない。だが、それを問い質すより先に、寝台から持ち上がるロズワールの手が振られ、スバルに退室を促していた。
それを見とり、転がってこちらから意思を外したロズワールにスバルは鼻から長い息を吐き、
「おやすみ」
と、それだけを言って部屋を出た。
※※※※※※※※※※※※※
「……ロズワール様にご負担をかけなかったでしょうね」
開口一番、寝室から出てきたスバルを出迎えたラムは鋭い眼差しでそう問い質してきた。
桃髪の少女の上背はスバルより頭半個分低いはずだが、ロズワール関連で迫るときの威圧感は彼女の体躯を実際より倍ほども大きく思わせる。つまるところ、大きすぎるプレッシャーを浴びせられて縮こまったわけだが。
「いたって冷静にお話し合いしただけだよ。胸倉掴んで取っ組み合うわけじゃねぇんだから、そんな心配するなよ」
「楽観的なものだわ。墓所に足を踏み入れて、拒絶を受けたロズワール様がどれほど酷い状態だったか……それを知らないから、そんな口が利けるのよ」
スバルの返答に舌打ちして、不愉快を隠さないラムの態度。その優先順位をはっきりつけているラムの姿勢に苦笑しつつ、
「寝るっつーから追い出されてきたとこだよ。……しなきゃいけない話はちゃんとできたから、それは問題ないと思うけどな」
「そう。……少なくとも、ロズワール様の口から要求するなら、リューズ様は受け入れてくれると思うわ。ガーフは……まだどう出るかわからないけど」
「あいつがそれでもごねるようなら、お前の色仕掛けで一つ頼む。しなの一つでも作って可愛らしくおねだりすれば……お前、そんなことできんの?」
「ラムが可愛くないとでも?」
「いや、見た目だけならめちゃめちゃ可愛いと思うけどさ……」
なにせ、髪の色が違う点を除けばレムと瓜二つなのだ。愛らしくないわけがない。問題はラムのその清々しい性格が、その愛らしさを相殺して余りあるところにある。
「お前と接してるくせに、ガーフィールもずいぶん悪食だよな。いや、見た目でそうとわからないんだから……フグみたいな女だな、お前って痛い痛い痛い!」
「褒められてるわけじゃないのはわかるから、そう反応しておくわ、バルス」
踵で思い切り足の甲を踏みつけられて、涙目になるスバルにラムは鼻を鳴らす。それから彼女はロズワールの眠る寝室の前に立つと、
「ラムはロズワール様の包帯を取り替えて、それから休むわ。バルスは昨日と同じ大聖堂で眠ること。いくらバルスでも、場所ぐらい覚えているでしょう?」
「案外方向感覚はまともなんだぜ。それにここで一番でかい建物だしな。見落としようがねぇよ。灯りがないのは厄介だけどな」
『聖域』は星明かりだけが頼りのアナログ世帯だ。それでも、晴れた夜には満天の空から光が降り注ぐため暗さは思ったほど感じない。が、今日は生憎の曇り空。
建物の中からそっと外を見れば、ぽつぽつとかすかな民家の灯りが覗く以外、ほとんど真っ暗闇といってもいいぐらいだった。
若干、帰路に不安を感じないではないが、
「迷った挙句に森に入り込んで、たまたまケダモノとエンカウントしてBADEND――なんてこともねぇだろう。大丈夫大丈夫」
「あるはずのない可能性が今の発言で発生率を上げた気がするけど、いいわ。バルス、大聖堂はここを出て右へ真っ直ぐよ」
「わぁーってる。お箸持つ方だろ。その文化、この世界にないけど」
こちらの食事はもっぱらナイフとフォークとスプーンの銀食器文化なので、スバルの今の発言はラムには理解できなかったようだ。いずれ、機会があれば木を削り出して箸の量産でも試みるかと考えつつ、
「とりあえず大聖堂戻って……村に戻れるかどうか確定じゃないし、ぬか喜びさせるのもなんだから解放の件は話にしない方がいいよな?」
「それが無難だと思うわ。明日に話を通して……早くても明後日になるでしょうから。その間に、エキドナの墓所とどう向き合うか考えておくといいわ」
「――――」
建物を出る前の最後のやり取り、そのつもりで言葉を交わし、スバルはふいに動きを止めた。その静止にラムが怪訝な顔をしたが、彼女のその表情は振り返るスバルを見てさらに困惑の色を深める。そして、
「……今、なんて言った?」
掠れた声の問いかけ。スバルの口にしたそれを聞き、ラムは訝しげな色を消さないままに記憶をさかのぼり、
「墓所と、どう向き合うか考えておきなさいと」
「違う。そのちょっと前だ」
「ラムが可愛くないとでも?」
「だいぶ戻ったな!……エキドナの墓所って、言ったよな?」
正解に辿り着くまでの間にあと二度ほど小ボケが入りそうな気がしたので、埒が明かないと自分から正解に切り込むスバル。不承不承といった様子でラムが頷くのを見ながら、スバルは己の額に手を当てて――すさまじい速度でよみがえる記憶の奔流に意識を掻き回されていた。
『エキドナ』
強欲の魔女の名前であり、白髪に喪服のような格好をした少女であり、知識欲の権化を自称する人物であり、異世界で貴重なボクっ子枠だ。そして、
「なんのつもりだか……人の記憶に小細工かましやがって……」
自分のことを他言されないようにする保険にか、スバルの記憶に細工をした存在でもある。
茶会の終わりに、そして『試練』の別れ際に彼女はスバルに誓約を押しつけていった。その対価が『試練』に挑む資格であるのならば、甘んじて受け入れる所存だが。
「不完全だったんだか適当だったんだか……どっちにしろ、禁止は解けた!」
エキドナがスバルに課したはずの制約がほどけ、記憶が解禁される。
脳裏には茶会で魔女たちに出会ったこと、そして元の世界の校舎内で制服を着たエキドナと向かい合ったこと、それらをいっしょくたに思い出す。思い出して、スバルはこの場を打開する一つの可能性に思い至る。それはもはや禁じ手に等しいが、
「大聖堂がお箸を持つ方なら、墓所はお椀を持つ方――!」
「バルス――?」
「ちょっくら夜更かししてくらぁ!お前はお前であんまり病み上がりの人間に疲れるようなことさせるなよ!」
背後から届くラムの呼びかけに手を上げて応じて、スバルは建物を飛び出して夜の中を走り出す。向かう先、それは寝床である大聖堂ではなく、ほんの二時間前に後にしたばかりの墓所の方角だ。
時間的に、今行ってもスバルの思いつきが確かめられる可能性は低い。低いが、ジッとしていられない。せめて、夜がダメならダメだという結果が欲しい。
「第一の『試練』を受けたあとなら、気になることがわんさと出てきやがった。また俺を茶会に招いてもらうぞ、魔女……いや、エキドナ!」
通りを駆け抜け、乏しい自然の光だけを頼りに『聖域』を行くスバル。
冷たい風、湿った土、額の汗、荒い息――全てを感じながら、疲労感の残る肉体を押して前へ前へ。そうして目的の場所へ辿り着き、
「よォ……くるんじゃねェかと、そう思ってたぜ」
スバルの道を塞ぐように、金の短髪の青年――ガーフィールが墓所を守っていた。
※※※※※※※※※※※※
「こんな夜更けに走り込みたァ感心したぜ。男に生まれたからにゃァ、強くなる努力をする義務がある。『ウィンブルックは戦士の資格』ってェもんだ」
両手を広げて夜の道に立つガーフィールは、そう言って獰猛に牙を剥きながらスバルを牽制している。その仕草に肌が粟立つのを感じながらスバルは、
「あー、悪いんだけど走り込みなんて熱心な真似してねぇよ。今、お前とここで駄弁っててやるつもりもねぇしな。別に時間制限があるわけじゃねぇが、善は急げってやつだから……」
「わかってねェなァ、オイ」
鋭い音――ガーフィールが一度、目にも止まらぬ速度で地を踏み抜いた破裂音だ。
弾けた土が飛び散り、靴裏の形に固い地面が抉れたのを見ながら、目を見開くスバルにガーフィールは牙を噛み鳴らし、
「今ここで引き返すってんなら、ちっとばかし遅い時間の走り込みだったってことにしてやるっつってんだろがよォ」
「この短時間で二人の相手にわかってない奴扱いされるとか……俺、どんだけ話題に取り残されてるの?」
「さってなァ。けどよ、少なくとも自分と周りが見えてねェのは間違いねェと思うぜ」
発言でどうにかこの場の雰囲気をほぐそうとするスバルだが、敵意にその瞳を爛々と輝かせるガーフィールにはその気遣いが届きそうにない。
ガーフィールは己の額の白い傷跡に触れると、
「この先にゃァ墓所しかねェ。まさか、そこまで立ち小便しに行きたいってェわけじゃねェんだろ?」
「なんなら一緒に連れションしてく?魔女のお墓に小便引っ掛けるなんて、考えただけでもどんな復讐されるかわかったもんじゃねぇな」
スバルの知るエキドナなら、怒るどころか面白がりそうな気がするが。ともあれ、ガーフィールはあくまでスバルに対しての警戒を解かないまま話が続けたいらしく、
「まさか『試練』を越えた同じ夜に、また別の『試練』に挑もうってんじゃァねェだろうな。そりゃ業突く張りってェもんだろっがよ」
「そこまで突飛なこと考えちゃいねぇよ。ただ、別のアプローチは画策してるけどな」
「悪だくみかよ」
「悪だくみだよ?」
裏技、禁じ手、不思議なデータディスクでもなんとでも言えばいい。
この真っ暗で、手探りで進むしかない暗闇を、どうにか照らせる可能性があるのなら縋りついて、骨までしゃぶって、ダシをとって飲み下してやる。
「だからそこをどけよ、ガーフィール。俺を墓所に入れろ。ひょっとしたら、全部をどうにかする名案が浮かぶかも……」
「悪ィが、絶対に断る。てめェを墓所には、絶対に、入れねェ」
だが、スバルの決意を前にガーフィールの意思もまた折れない。
頑なにスバルを拒絶するガーフィールに、困惑を通り越して怒りを覚える。
どうして、なぜ、他でもないこの男がスバルの前に立ちはだかるというのか。
「お前だって、そう思ってたはずだろうが。だからああして俺に。それだってのに」
「わっけのわっかんねェこと言ってんじゃァねェよ。俺様ァ決めたことは絶対に曲げねェ。てめェは通さねェ。『聖域』のことに、関わらせねェ」
「そこまで言いやがるか……いったい、俺のなにが気に食わねぇってんだ!!」
初日と、そして前回のループと明らかに違うガーフィールの態度。その理不尽すぎる対応の違いの真意を求めてスバルが声を荒げる。
その言葉にガーフィールは鼻面に皺を寄せ、まさしく獣のような面貌を作り、言った。
「――臭いだよ」
「――あ?」
思わず、呻くような声で問い返してしまうスバル。
そのスバルに対し、ガーフィールは己の鼻に手を当ててはっきりと、
「墓所から出てきて以来、てめェの体から魔女の瘴気がぷんぷんと臭いやがる。――魔女臭ェてめェと半魔を信用しろだ?でっきるわけが、ねェだろうが!」
両手を突き上げ、牙を剥き、ガーフィールは怒りを剥き出して、
「ここは『聖域』!強欲の魔女の実験場!混じりもんと半端もんが集められて、行き場を失った先のねェふんづまりだ!!」