『白い星空のアステリズム』
ユリウスの腕を振り解き、一人で立てるもんしてから『試験』に向き直る。
スバルの眼前、触れていたモノリスを中心に、無数の複製モノリスが白い空間の中に広がった形だ。その数は正直、数えるのも嫌になるほどの量がある。
「これが『試験』……ってことでいいのか、シャウラ」
「いいんじゃないッスか?お師様の、いいとこ見てみたいッス!」
「飲み会のお囃子みたいなこと言ってんじゃねぇよ……」
出たことないから知らないが、たぶんそんな感じだろう。
気楽な調子で応援してくれるシャウラを背後に、スバルは部屋の中を見渡す。変わらず白に包まれる、遠近感も高低差も何から何まで狂いそうな階層だ。
目立った変化は点在するモノリスだが、それらも特段、最初の一個との違いがあるわけではない。大なり小なり、どうやら大きさの違いがある様子だが、それ以外は宙に浮いていることも、不思議材質でできていることも同じだ。
「それ以外に何かヒントになるものっていうと、やっぱりさっきのアレか」
思い出されるのは、モノリスに触れた瞬間に脳内に響いた声だ。
『――シャウラに滅ぼされし英雄、彼の者の最も輝かしきに触れよ』
とするそれは鼓膜を介した音ではなく、頭蓋の中、脳に直接囁きかけられるそれに近い。聞こえた声音は、音ではないためか『誰かの声』といった概念になかった。
言ってみれば、自分が考えた文章のように脳内に割り込んできたのだ。自分の考えに音も何もない。故に、声の主が誰なのかはわからない。しいて言えば自分だ。
「聞こえたあの声が、試験問題って判断か?そうなると……」
「スバル、考え込んでいるところ悪いが、いくつか注意事項がある。先にそれを聞いてから取り掛かっても罰は当たらないだろう」
首をひねるスバルに、先ほど悪ふざけを仕掛けたユリウスがそう言ってくる。
階下への階段付近、モノリスを遠巻きにするエミリアたちがそちらに固まっており、全員で頭を悩ませる構えだ。その手前で手招きしているユリウスに、スバルは「へえ」と感心したように肩をすくめた。
「そっか。俺が寝てる間、みんなは先に挑戦してたんだもんな。そりゃ進展あるか」
「進展、といえるほどのものではないかもしれないがね。そうだな。スバル、手近なところにある石板……いや、『モノリス』に触れてみてくれ」
「お前、そんなに気に入ったの?いや、別にいいけど……」
やけにモノリスの呼称に拘るユリウスに目を細め、スバルはすぐ右方にあったモノリスへ歩み寄る。最初のモノリスとは別の、複製された一枚だ。こうして接近してみると、少しだけ最初のモノリスより小さいのがわかる。
「触った瞬間、腕が呑まれるとかトラップないか?」
「大丈夫なのよ。もしそんなことになったら、これから一生、ベティーがスバルの右腕の代わりになってあげるかしら」
「あ、じゃあ、私もスバルの左手の代わりをしてあげる。安心してね」
「その想定だと俺の両腕が無くなってるんだけど!」
エミリアとベアトリスの心強い保証のおかげで、スバルは勇気を出してモノリスに手を伸ばした。触れる、それ自体に大きな不安はない。
仲間たちが止めないで推奨する以上、安全性を疑う必要は皆無だ。問題は単純に、モノリス複製のように驚きの事実を隠している可能性だが――。
「お?」
不安を抱えたまま指先がモノリスに触れると、黒い石板は目を焼くほど光り輝く。事実、その眩さにスバルは息を詰まらせ、とっさに顔を腕で覆った。
そして、その光が晴れたとき、スバルの目の前には――。
「あれ?モノリスどこいった?」
「ふふふ、お師様、後ろッスよ」
「後ろ……?」
瞬きのあと、眼前からあったはずのモノリスの消失をスバルは確認する。その事実に驚いていると、無意味に勝ち誇ったシャウラに後ろを見ろとせっつかれた。
振り返ると、階段の正面――つまり、最初の一枚のモノリスがあった場所だ。そこに、始まりのモノリスが一枚。残りのモノリスは全て部屋から消えていた。
「つまり……これは?」
「最初の状態に戻った。つまり、『試験』には失格という判断だろう。無論……」
憮然となるスバルの横を抜け、ユリウスが最初のモノリスに不用意に近付く。そして手を伸ばして表面に触れると、途端に脳内に響き渡るあの声――。
『――シャウラに滅ぼされし英雄、彼の者の最も輝かしきに触れよ』
改めて出題されると同時、最初のモノリスから再び次々とモノリスが複製され、それは先ほどと同じ勢いで部屋の各所に点在、『試験』が配布される。
言ってみれば、『再試』というわけだ。
「なるほど。答えに辿り着くまでは、何度でも考え直せるってことか」
「と、いうのが今のところ我々の推測だ。ちなみにこのモノリスだが、闇雲に触れて回っても答えには至らない……とだけは明言しておこう」
「あ、下手な鉄砲は試したあとなわけね」
ユリウスのマイルドな言い方を、スバルが身も蓋もなく噛み砕く。すると、その説明を聞いたエミリアやメィリィが恥ずかしそうに自分の頭を撫でていた。
全部、触って確かめてみたらいい、というのは確かに彼女らがやりそうな作戦だ。もっとも、それが上手くいかなかったということは。
「『試験』ってぐらいだ。問題を解いて、答える必要があるってことだな」
「闇雲に答えだけ差し出すのは、出題者の方のお気に召さないらしい」
「あー、いるよな。テストで解答欄に答えだけじゃなく、ちゃんと途中の式も書かないと点数やらないみたいな先生さ。カンニング対策には覿面だけどな」
解法抜きに答えに辿り着くのは、カンニングか直感しかありえない。小学校までだとしばしば、直感で答えが出る問題もあったりするものだが、算数の目的は解法を学ぶことであって、その場その場の問題を何となく抜けることではないのだ。
小学校時代、途中式の曖昧さで減点されたときは憤慨したものだが――、
「今となっては先生の方が正しかったぜ……」
「ナツキくんがまぁた思い出に耽っとるとこ悪いけど、ナツキくんの出番はむしろここからやないの。ほら、正気に戻って戻って」
「え、あ、おお、悪かった。でも、俺の出番?」
遠い目をし出したスバルを呼び戻し、アナスタシアが腰に手を当てている。彼女の要請にスバルが首を傾げると、全員が顔を見合わせて言った。
内容が同じだったので、意訳して統合する。
つまり――、
『シャウラに滅ぼされた英雄、聞き出すのスバルの役目でしょう』だ。
「スバルが起きるまで、私たちも何回も『試験』には挑戦したの。だけど、肝心のこの子がシャウラかどうかも私たちには話してくれてなかったから」
「ベティーたちの中ではシャウラは『賢者』だったのよ。それは銀貨に彫り込まれてる絵の人で考えてたから、この娘がシャウラなんて繋がらないかしら」
とは、これまでシャウラに話を聞けなかったエミリアたちの答えだ。
目覚めて以来、人懐っこいどころか馴れ馴れしいレベルで接してくるシャウラを見ていると、これがだんまりを決め込んでいたというのがスバルには信じ難いのだが、唯一の塔の関係者に口を噤まれていたのでは話が進まないのも仕方ない。
かといって、スバルには懸念もあった。
それは当のシャウラが舌の封印を解除し、喋られるようになったとしても――。
「とりあえず聞いてみるか。おい、シャウラ。お前が滅ぼした英雄っていうのに、心当たりがあったら片っ端から教えてくれ」
「任せてくださいッス。殺した奴の名前をいちいち覚えてるなんざ、二流の仕事……あーしみたいな一流は、百から先は覚えちゃいねえッス」
「だろうね!」
親指を立ててウィンクするシャウラの力強い返事に、スバルは膝を叩いた。
およそ想定して恐れていた通りの、頭空っぽなシャウラの返答だ。
彼女のこれまでの話しぶりや態度からして、おそらくそうだろうとは思っていた。シャウラが滅ぼした英雄、とそのものズバリな答えを知っていそうな彼女が、頭っから何にも覚えていない可能性だ。
「とはいえ、それで終わってしまっては話が進まない。シャウラ女史、本当に君は何も覚えていないのかい?ささやかなことでも構わないのだが」
「って言われてもッスねえ。あーし、塔に近付く奴を片っ端からヘルズ・スナイプしてただけで、死体はお外の魔獣が掃除しちまうッスもん」
「んー、でもそれやとおかしない?そもそも、塔の知識を開示するかどうかってための『試験』なんやろ?その問題が塔を守るための、シャウラさんの管理が始まったあとのことを示してるやなんて時系列が変やん」
心当たりなし、と唇を尖らせるシャウラだが、その発言の違和感にアナスタシアが言及する。なるほど、とその意見にはシャウラ以外の全員が首肯した。
確かに、塔の中の問題が、塔の管理が始まった以降のことを問題にしているとは考え難い。そうなると、自ずと『シャウラが英雄を滅ぼした』時間は塔の建設前。
「つまり、無作為に乱発する前の話になるのよ。ほら、思い出すかしら。そうやってお乳や尻にばっかり栄養がいってるから記憶力が乏しくなるのよ」
「この見た目はかか様が選んだッスよ~。でもでも、思い出せって言われても正直出てこないッス。塔ができる前、ッスよね?」
「うん、そうよ。塔ができる前。その頃、シャウラが死なせ……滅ぼしたって、そういう心当たりがある人、いる?」
階段周りに集まって、シャウラを中心に必死で彼女の記憶を呼び覚まそうとする。しかし、全員の期待を一身に浴びるシャウラは、「あひーん」と唸りながら成果が上がる気配がない。
「嘘かホントか、お前は四百年前からいるんだろ?その頃の有名人、次から次へと名前挙げていったら二、三人殺してるんじゃねぇか?」
「お師様、あーしのことなんだと思ってるッスか。花も齧り合う乙女ッスよ」
「それは乙女じゃなくて毛虫かなんかだよ」
「スバル、さすがに今の言い方はひどいと思うわ。本人も、思い出したくないことだったら無理して思い出させなくても……」
「エミリアたんの優しさは超美徳だし、チャームポイントだけど、こいつは甘やかせば甘やかすほどダメになるタイプだね!俺にはわかる!同類だから!」
力強く胸を張って断言するが、そもそもシャウラは思い出したくないから思い出せないわけではなく、純粋に記憶能力が弱いから思い出せていないだけだ。
記憶関連に関して、ちょっと色々と難しい問題を抱える一行だからデリケートに扱いたい話題ではあるが、シャウラに関しては別問題である。
「実際、適当に名前挙げてくのは間違いでもないんじゃねぇか?その中の何かが答えに当たって、それがモノリスとどう感応するかはわからんが」
「確かに、ナツキくんの言う通り。答えがわかったところで、それがどうしたら『最も輝かしき』に触ったことになるんかな」
触れたモノリスが消えて、『試験』失敗と思しき判定がされる以上、最終的な解答方式は『正しいモノリスに触れる』であろうとは予測がつく。
問題はその『正しいモノリス』の見つけ方であり、それがシャウラの記憶をほじくり出したところでわかる気がしない、といったところにあった。
「だけどお、いつまでも考え込んでても進歩がないんじゃなあい?裸のお姉さんがせっかく協力的なんだしい、わかりそうなことは聞いたらいいと思うのお」
と、問題の出だしで躓く大人たちに向かって、未だにシャウラの剥き出しの肩に掴まっているメィリィが口を挟んだ。彼女はシャウラのスコーピオンテールを手で弄りながら、退屈そうな顔でモノリス群を眺める。
「魔獣ちゃんはいないしい、お話は進まないしい、あんまりここって楽しくないんだものお。早く進めて、お屋敷に帰りたいわあ」
「――――」
そのメィリィの、ある種、台無しな言葉に全員が言葉を失う。それからすぐ、「どうしたのお?」と向き直ったメィリィ、その頭をスバルは撫でた。
「……何かしらあ?」
「いいや、お前の言う通りだと思っただけ。そうだよな。こんな砂だらけで、おまけに外はおっかない魔獣がうろついてる場所だ。とっとと片付けて、問題も全部解決して……レムを起こして、困ってる人たち助ける方法全部回収して、早く出よう」
試す前から不安で足踏みなど、大切な時間の浪費だ。
それこそ、この『試験』とやらを用意した意地悪い誰かの思う壺な気がする。
「お師様、お師様。実はそのチビッ子のすぐ横に、撫でやすい頭があるッス」
「言ったろ。お前は俺と同じで甘やかすと際限なく堕落するタイプだ。なので、ここから先はスパルタでいきます。早く思い出せ」
「ええーッス」
不満げに頬を膨らませ、シャウラは完全に拗ねた様子だ。もっとも、ほんの十数秒もするとすぐ忘れた顔で鼻歌など歌い出すので、扱いやすくはある。
「さて、幼い淑女からのご要望もあった。目前にある可能性を試すぐらいのこと、惜しまずにやっていくことにしようか」
「ん、そうした方がええやろね。何回失敗してもええやなんて気楽なもんやん。大抵の場合、人生は一発勝負なんやし……優しい問題やね」
メィリィに発破かけられる形だが、ユリウスとアナスタシアも合意に達する。
では、改めて、『シャウラに滅ぼされて忘れられた英雄』を思い出させるときだ。
「とりま、覚えのある名前だと……そうだな。あ、レイドは?初代『剣聖』とかあれだよ、お前が殺したんじゃないの?」
「ひぃぃぃぃぃっ!!」
「きゃあっ!」
「四番でサード!」
気安い調子で名前を出した途端、シャウラが甲高い悲鳴を上げて飛びずさる。そのあまりの勢いに、たまらず落っこちたメィリィをスバルがダイビングキャッチ。
危うげなくメィリィを地面に下ろしてやると、飛んで逃げたシャウラが部屋のかなり遠くの方までいって小さくなっていた。
「おい!悪かったよ!なんかよくわからねぇけど戻ってこい!」
「あ、あんまりおっかないこと言わないでくださいッス。お師様ホント人が悪い。最悪ッス。乙女のピンチッス。責任問題ッス」
軽口を叩きながらも、歩いて戻ってくるシャウラの声はか細く震えている。強がっているが、強がりきれていない。そうさせるのは紛れもない恐怖、畏怖だ。
当然、その対象は一人しかいないはずだが。
「なに、初代『剣聖』ってそんな怖い人なの?」
「馬鹿な。ラインハルトやヴィルヘルム様、アストレア家の祖に当たる御仁だ。剣の腕もさることながら、人格者であったことは疑いようがない。確かに伝聞として残る逸話には豪放磊落な気が強く、ラインハルトたちとは重ならない部分も散見するが……そうでなければ、今代までのアストレア家の歴史が歪められてしまうじゃないか」
「いやぁ、でも、歴史を紐解くと優れた為政者も見方変えると結構ひどいなんて日本史とかでもあることだしな。それに比べたら全然マシな疑いというか……」
「やれやれ、話にならないな。いいだろう。ここは生き証人である彼女に語ってもらえばはっきりする話だ。さあ、聞かせてやってくれ」
シャウラの反応から人となりを想像するスバルに、ユリウスがものすごい勢いでまくし立ててくる。その上、予防線を張ろうとするスバルを一笑に付す扱い。
その姿には久しぶりに、王選当初の嫌味な騎士の姿が垣間見えた。あのときの態度は悪役を演じていた、と今ではわかっているスバルだが、こうして見るとやっぱりいくらか素ではあったんだな、という感想だ。
ともあれ、
「初代『剣聖』、レイド・アストレアに対する所感。シャウラ女史、忌憚なく貴女の意見を聞かせてもらいたい」
「人間のクズだったッス」
「忌憚なく貴女の意見を聞かせてもらいたい」
「なかったことにすんなよ!!」
都合の悪いことを聞き流そうとしたユリウス、その肩を張り飛ばして現実を見させる。悪い顔をしているシャウラを指差し、スバルは続けた。
「ほら、聞けよ。お前の知りたかった歴史の真実がそこにあるぞ。生き証人だ。剣の腕に優れた人格者、レイド・アストレアの逸話を好きなだけ語ってもらえ」
「……大なり小なり、秀でた才を持った人間は自信を持つものだよ。そのことは責められるべきではないし、むしろ誇るべきことだ。歴史に名を残す最高峰の剣士ともなれば、そうした振る舞いをするのも、そう、時代背景を鑑みれば適当で――」
「お前がそんな必死なの初めて見た」
自分でもどれだけ説得力があると思っているのか、ユリウスもしどろもどろだ。
憧れの歴史に若干、裏切られた節のあるユリウスはさて置き、シャウラの『レイド・アストレアの真実』は止まることなく垂れ流される。
「まー、とにかく嫌な奴だったッス。悪ガキがそのまま大きくなったみたいな性格で、弱い者イジメとか大好きだったッス。っていうか、あのクズから見たら大抵の相手は弱かったんで、もう誰と戦っても弱い者イジメッス。あーしも超やられたッス」
「でも、シャウラってあんなに強いのに、それでもやられっ放しだったの?あ、だけど四百年も前だと、シャウラもまだ小さかった?」
「あーしは生まれたときからこの調子ッス。だから今も昔もあーしは変わってないッスけど……アレは別格だっただけッス。マジクソッス」
クズだのクソだの、過去の英雄がひどい言われようである。
それだけ憎々しい思い出が溢れ返るのか、シャウラの態度から黒いものが消えない。それはまさに、イジメられた人間がイジメた人間の所業を思い出すが如きだ。
「あのクズは覚えておくべきッス。やった方は忘れても、やられた方は絶対に忘れないという当たり前の事実を……ッス」
「ラインハルトって実例があるからそこまで驚かないけど、お前をやり込めるって相当の化け物だな、レイド・アストレアも」
「マジで最悪だったッス。でも、十回やれば一回ぐらいは両手使わせるぐらいできたッス。あーしもやられっ放しじゃないッスよ」
「……そうか」
としか答えようがない。十回やって一回勝つとかではなく、十回やって一回両手を使わせる、という目標は高いのか低いのか。
スバルなら百回やって一回もラインハルトに両手を使わせられる気がしないので、十分に抗ったと言えると納得しておいた。
「まぁ、そのレイドのことは後回しでいいや。お前が滅ぼしたわけじゃないなら聞いても無駄っぽいし」
「――。――――。その通りだ。今は優先すべきことが他にある」
「今、優先させるのに時間かからなかったか?」
学術的興味か単なる趣味的好奇心かは判別不可能だが、たぶん、しばらくユリウスは使い物にならないとスバルは判断した。
幻想が砕かれたユリウスには悪いが、現状、スバルがラインハルトの祖先のことを気にする理由は残念ながらない。血筋がどれだけすごかろうと、そもそもラインハルト本人が十分すぎるほどすごいので今さらだ。それに少なくとも、『父親』の人間性に関してなら、自分の方が恵まれている自信もあった。
「そうなると、英雄を当てずっぽうで挙げてもらうのは詳しい奴に任せるとして」
「わかった。謹んで受けよう」
「まだお前って言ってないけど、いいよ。やれよ。ベア子、フォローして」
「わかったのよ」
やる気のある人間に仕事を任せる、名采配が光った。フォロー役として、知識だけなら四百年分あるベアトリスを付けるアシストも万全だ。
「それじゃ、私たちはどうする?」
「俺たちは、もうちょっと詳しく周りを見て回るかね」
シャウラにユリウスとベアトリスが付きっきりになるなら、英雄関連はあちらに任せて配置の疑問などを当たっておきたい。
複製されたモノリスの配置――不均等なこれに意味があるとしたら、その法則性を探っておくのは無駄にはなるまい。
「とりあえず、階段の正面にあるのが……最初の一枚」
「問題を出してくれるモノリス、よね」
触れないように注意、というほど狭い間隔で並んでいるわけではないが、スバルはエミリアとアナスタシアの二人を連れて、部屋の中のモノリスを見て回る。
点在するモノリスは、改めて確認すると意外と大きさは疎らに存在した。ただ、大きさは最大でも最初のモノリスシリーズ以上のものはなく、あとは一回りから二回り小さいモノリスが無数に散らばっている形だ。
「パッと見やと……最初のモノリスと同じ大きさなんは七、八個かな?」
「かな?うん、私もそうだと思う。すごーく遠くの方にあるのは、みんな小さいのだと思うわ。あれも触ったらやり直しになっちゃうけど」
「前科ありそうな言い方……あ、ごめん。なんでもないです」
エミリアが悲しげな目で見てくるので、スバルは余計な一言を中断した。そうして最初のモノリスの前に戻り、スバルは彼女らと顔を突き合わせて考え込む。
「シャウラに滅ぼされし英雄、その最も輝かしきに触れよ……なんか、格好いいこと言おうとしてる感はあるが」
「抽象的な物言いには違いないかなぁ。生憎、シャウラさんの記憶頼りやなんて話やとしたら、問題として手落ちなんてお話やないけど」
「それはまぁ、そうだよな」
『試験』と銘打っておきながら、実質、その解答のための方法が他者頼り――それも本来、塔の管理者として置かれている存在頼りとはいかにもアンフェアだ。
スバルたちは友好的に接触――望んだわけではないが、結果的にシャウラと敵対することなく塔の中に入れたものの、そうでない場合は泥沼の殺し合い。首尾よく塔に入ったとしても、シャウラは倒さざるを得ない可能性もあり得た。
「そうなったら、『試験』の合格なんて永遠に無理になっちゃうもんね」
「『試験』を解かせるつもりがないっていうんなら、それは正解だよな。防衛機構として、強いガーディアン置いて、おまけにそのガーディアンを殺したら通れないなんて意地悪な関門を置いて……」
「でも、スバルはそう思ってない。……違う?」
「ま、ね」
セキュリティの問題に触れるスバルに、エミリアが期待のこもった目を向ける。その目を向けられて、スバルは含み笑いしながらそれを肯定した。
スバルの弱い目だ。エミリアやベアトリスにこの目をされるとスバルは弱い。レムもそうだし、ガーフィールやオットーもたまにする。ペトラもそうだし、と考え出すと切りがない。パトラッシュとラムぐらいだ、この目をしないのは。
「あー、なんとなく傾向が見えたな」
「――?」
「いや、こっちの話」
スバルの底を見透かしている相手には、通用しないスバルの虚勢だ。無論、そうした見方をしてくれる仲間がいるから救われる。
それはそれとして、問題を『試験』の形式に戻すと――、
「例外を除いて、基本的に問題ってのは解かれることを想定して作るもんだ。本気で隠しておきたいものを隠すなら、見つかる可能性なんて残さない方が賢いし」
「せやけど、ここはそういうんと違う……ナツキくんはそう睨むん?」
「ここの番人やってたシャウラが言ってたろ?ここは欲しい知識が得られる大図書館だって。あんな賢そうな言い回しをシャウラ本人が思いつくと思えねぇし、誰かに教わった言葉をそのまま垂れ流してる。ってことは、この図書館を作ってシャウラにそれを任せた『フリューゲル』は、図書館させるつもりがあったってことさ」
そうして可能性を解いていけばいくほど、今の状況の不自然さが目につく。
この大図書館プレイアデスの創造主は、建物の目的を機能させようとしていたはずだ。そのための篩にかける条件として、『試験』とシャウラをここに残した。
「最初から、シャウラと仲良くできる人間以外は利用できないってことか?」
「でも、シャウラは塔に近付く人は全部やっつけろって言われてたのよね?」
そう、そうなのだ。
シャウラに下された命令は『塔に近付く者を例外なく排除』することであり、スバルたちがシャウラと友好接触できたのは偶然に過ぎない。その偶然に恵まれなければ塔に挑む資格すらないと乱暴に結論するなら、
「必要なのは腕っ節と、運と、シャウラさんと仲良くできる魅力?なかなか、課題として不適当なんが並んでるようにうちは思うんやけど」
「……だよなぁ」
シャウラに負けた場合、シャウラを死なせた場合、シャウラに協力してもらえない場合、いずれも大図書館プレイアデスに挑む資格をなくす――。
暴論だが、現状までで出揃っている条件を並べるとそう結論するしかない。
ただ、それで納得するのはどうにもスバルは気持ち悪かった。
と、
「んー。んんー」
「エミリア?」
「なんだか、すごーくモヤモヤしてて。胸のこのへん、気持ち悪いの」
悩ましく唸り、エミリアが自分の胸元に触れてそんなことをこぼす。なんとなくそちらに目をやりそうになって、スバルは白い肌を注視する前に自重した。
おほん、と咳払いし、エミリアに「気持ち悪いって?」と眉を寄せ、
「なんか、気になることがある?」
「実は、あるの。だけど、これって関係ないことかもしれないし、言ってもスバルにしかわからないかもって思ってたから……」
「この際、今は何でも言ってほしいと思うから言ってくれていいよ。別に俺の考えが正しいってわけじゃないし、多角的に考えるのは基本的にいいことだ」
「そう?」
何に遠慮していたのか、考え込んでいたエミリアがその言葉に少しだけ表情を明るくする。それから彼女は「それじゃ」と言葉を継ぎ、
「モノリスに触ったときに、頭の中に声が聞こえるでしょ?」
「そやね。不気味な仕組みやけど、なんやろね」
「あの声だけど……墓所の『試練』のときに似てない?」
「――――」
エミリアの思いつきに、スバルとアナスタシアが同時に黙り込む。ただし、スバルとアナスタシアとでは沈黙の結果は一緒でも過程が違う。
アナスタシアはその言葉に心当たりがないことの沈黙だが、スバルの方の沈黙は意表を突かれたことと、納得がもたらしたものだ。
『試練』――それは、『聖域』に存在した魔女エキドナの墓所でのものだ。
過去・異なる現在と向き合わされる不可思議な現象、スバルは途中でリタイアしたために詳細は知れていないが、墓所にいたエキドナの話では三つ目の『試練』もあったとされ、エミリアはそれを乗り越えている。
否、この場合はその『試練』の内容や苦難の四方山話が重要なのではない。
重要なのはその『試練』に挑戦する際、やはり同じように『自分の声』で試練の内容を告げられた、そんなリフレインの方だ。
「言われたら、そうだ。なんで頭から抜けてたんだ……嫌な思い出だからか?」
「スバル、エキドナのことすごーく嫌がってるもんね」
「――っ」
「救世主が実は黒幕だったって経験を経ると、俺みたいになるよ」
『聖域』以来、エミリアとスバルで『魔女』たちの話をしたのは一度か二度だけ。試練の内容に触れても、エミリアは言葉を濁すため追及していない。
そんな二人の間で共有されているのが、『エキドナは性格ブス』という点だ。エミリアの方はもっとオブラートな言い方だが、スバルの方はそんなものである。
「なんや、エキドナの名前が出たからびっくりしたわぁ」
「あ、そっか。アナスタシアの精霊もエキドナって名前なんだっけ。……喋り方とかすごーく似てるのよね。変なの」
「変なの、で済ませていいかは後々に回すとして、そうか。試練に似てるのか」
『試験』の話を聞いた時点で、『試練』と似ているなとは思っていたのだ。
始まり方まで『試練』と近似の部分があるということになると、これはひょっとするとシステムの一部、あるいは大部分、墓所と似通っているのかもしれない。
「そう考えると、『試練』も一応、挑戦は無制限だったんだよな」
「それに、ここも『試験』があるのは三層と二層と一層で、三つなのよね」
「――――」
つくづく、そういうことなのだろうか、とスバルとエミリアは顔を見合わせる。
『賢者』の名前、そして四百年の時間。そこを振り返ると、当然、あの『魔女』たちの時代とも重なり、歴史がすれ違うことは避けられないのだろうか。
「うん、でもごめんね。それがわかったところで、この答えにはならないよね」
と、そこまで考えたところで、エミリアが慌てた顔で話を中断する。
エミリアの結論通り、ここが墓所と無縁ではない可能性があったとしても、それとこの『タイゲタ』の『試験』とは何の関係もない。
相変わらず、『シャウラに滅ぼされし英雄』の名前はシャウラ頼りのまま――。
「……違う、ってことなのか?」
「スバル?」
「ここが解かれることを想定してる場所だとしたら、シャウラをどうにかできないと攻略できない。それがそもそも、間違いなのか?」
ここが『賢者』の塔であり、あそこが『魔女』の墓所であった。
出題者はいずれも意地の悪さは共通しているが、共通点がそれだけでないなら、考え得る可能性はある。
『魔女』は『試練』で人を試したが、結果を出せない苦難は与えなかった。
『賢者』が『試験』で人を試すなら、結果を出せない苦難は与えないはず。
「シャウラの存在抜きで、塔を攻略できる可能性……」
「ナツキくん、なんや思いついたんなら……」
「し」
考え込むスバルが顎に手を当て、片目をつむって思索に沈む。すると、その様子に光明を見たアナスタシアが声をかけるのを、エミリアが手で制して黙らせた。
唇に指を当てて静かに、とジェスチャーを入れると、エミリアは頭を回転させるスバルを見つめて、その紫紺の瞳を期待で輝かせた。
そのエミリアの期待に気付かず、スバルの頭は回転する。
この『試験』において、『シャウラ』の存在の有無は重要ではない。あるいは塔への挑戦者は、襲ってくるシャウラを撃破する可能性すらあるのだ。シャウラの名前も知らないままに、だとしたら――。
「シャウラをシャウラと知らなくても、シャウラがあるとしたら」
「――――」
「俺たちはフリューゲルの功績をシャウラのものと間違って信じてた。『賢者』の功績は初代『剣聖』や『神龍』と一緒に魔女を封印したこと。だけど、『嫉妬の魔女』は間違っても英雄なんて呼ばれる器じゃねぇし、滅ぼされたわけでもない」
前提が間違っている、という可能性はここで切れる。
あるいはスバルが知らないだけで、『賢者』フリューゲルがシャウラに押し付けた英雄譚が他にあるのかもしれないが、そこにユリウスやベアトリスが思い当たっていないのはあまりにも不自然――必然、浮かぶ可能性。
「シャウラをシャウラと知らなくても、シャウラがあるとしたら、だ」
一度、口にしたものと同じ内容を口にした。
それは考えが堂々巡りした、というわけではない。逆だ。一つの可能性を切り捨てて、もう一つの可能性の方に至った証拠。そしてその内容は――、
「ベア子!ちょっとこい!」
閃いた可能性に従い、顔を上げたスバルがベアトリスを呼び寄せる。
シャウラに色々と話しかけ、記憶の扉をこじ開けようと苦心するユリウス。その隣にいたベアトリスは、何かを得たと伝わるスバルの声にぴょんと飛び上がった。そして駆け寄ってくると、
「その顔、ベティーの好きなスバルの顔かしら」
「お前、いつでも俺のこと好きだろ?」
「特に、なのよ」
恥じらいなくベアトリスに言われて、スバルは正面に立った少女に手を伸ばす。伸ばされた手をベアトリスが握り返し、つぶらな青い瞳がスバルを見た。
その瞳が「何をしてほしいの?」と聞いている。だからスバルは頷き、
「単純だ。――ムラクで、ちょっと高くジャンプしたい」
「……まさか、諦めて天井を壊して上にいこうって話じゃないかしら」
「露骨に呆れるなよ。もちろん、違うぜ。上からこのモノリス、見下ろしたいんだ」
「モノリスを見下ろす……」
スバルの発言に、背後のエミリアがモノリスを振り返って呟いた。
その結果はわからないまでも、ベアトリスはそれ以上のことを聞こうとはしない。彼女は小さく吐息をこぼすと、握った手をより強く引き寄せ、
「ムラク、なのよ」
淡く、薄紫の波動がベアトリスの詠唱に従い、スバルの肉体を薄く包む。
重力の影響を遠ざけ、身軽さを先鋭化させる魔法だ。軽く跳ねるだけでも一メートルほど浮かび、力一杯に床を蹴れば――、
「よ、っと!」
ベアトリスの手を掴んだまま、スバルの体が高々と部屋の上へ飛び上がる。その高さは六、七メートルほどに及ぶが、本来は激突するはずの天井に体が当たらない。
どこまでも白い空間の中、まるで天井が存在しないかのように階層は拡張されている。故にスバルの体は上空から、部屋の全景を見下ろすことができた。
「――思った通りだ」
「目的、果たせたかしら?」
「おおよ。この場所、最高に意地悪いぜ」
腕の中、呟きを聞きつけたベアトリスの視線に、スバルは頬を歪めて頷いた。
そのまま、二人の体は垂直に地面に向かって落下するが、飛び上がるのに貢献した身の軽さは着地にも恩恵を与える。何の問題もなく着地し、お姫様だっこしていたベアトリスを床に下ろすと、
「英雄の名前、わかったよ」
「ホントに!?」
思索と跳躍を見届けたエミリアに、スバルは得た確信のままにそう言った。その言葉にエミリアが驚き、アナスタシアも目を丸くする。
その声を聞きつけ、話に夢中になっていたユリウスたちも、スバルたちの方へと集まってきた。
「お兄さん、わかったのお?」
「解けたぜ。意地悪な試験官の考え諸共、ひとまずな」
「さすがお師様ッス!痺れるッス!憧れるッス!」
親指を立てて答えると、メィリィを背中に乗せたシャウラが大仰に頭を揺する。それを横目に、ユリウスがモノリス群に目をやり、
「今さら君を疑うつもりもない。どういった風に答えを出したか教えてくれ」
「そんな大層なもんでもねぇよ。これが解けないのはお前らが悪いわけじゃない。解ける可能性のある奴が、そもそもずっと少ない」
そういう意味で、この問題は最高に意地が悪いのだ。
シャウラという障害を乗り越え、問題の内容を理解し、そしてそもそも『問題の答えを知る可能性』の時点で挑戦者が絞られている。
「シャウラに滅ぼされた英雄、その名前はオリオンだ」
「オリオン……?」
スバルの口にした単語に、全員が怪訝なものを浮かべてシャウラを見る。が、当のシャウラはその視線に、「知らないッス!」と懸命に首を横に振った。
「いやいやいや、あーしの知らない人ッスよ。仮に殺してたとしても、そもそもここまで辿り着けない人が英雄なんてちゃんちゃらって話ッス。だからあーしは悪くないと思うんスよ。どうッスか、この理論武装!あーし賢いッス!」
「と、見たまま賢くないこいつが忘れた可能性を最初は疑ったけど、そうじゃない。そもそも、この問題の『シャウラ』ってのはこいつのことじゃないんだ」
「シャウラはあーしだけッスよ!お師様に貰った名前ッス!」
「そのお師様がお前に付けた名前にも、そもそも元ネタがあったって話」
反発するシャウラの鼻面に指を突き付け、詰め寄った彼女を背後へ押しやる。それからスバルは歩み出て、最初のモノリスの前に立った。
「シャウラの名前の由来って……もしかして、またスバルだけが知ってること?」
「俺だけってわけじゃないけど、みんなが知ってるわけではないね。――俺の地元の星の名前に、『シャウラ』ってのがある。意味は『針』なんだけど、それが何の針かっていうと『サソリ』の針なんだ」
スコーピオンテール、とシャウラが自分の髪型を強硬に主張していたが、あれはある意味でヒントだったのか、それともシャウラの天然なのか。いずれにせよ、『シャウラ』=『サソリ』=『針』を想起させる条件はいくつかあって。
「言い伝えによると、英雄オリオンは調子づいたことが理由で、嫌がらせに派遣されたサソリに刺されて死んで星になった。で、オリオンを殺したサソリもその功績で星になって、今でも空じゃオリオンはサソリにビビってるって話なんだが……」
「スバルが噛み砕くと、英雄譚もなんかしょんぼりな感じなのよ」
「とにかく、星を人とか動物とかの形に例えた星座って考え方がある。アステリズムって考え方でもいいけどな。――で、上からモノリスを見下ろしたら、だ」
ベアトリスの魔法で身軽になり、跳躍してモノリス群を見下ろした。
白い世界に、黒く点在するモノリス――本来の色味としては真逆だが、それは白い世界に浮かび上がる黒い星々の連なりであり、知った形だ。
最初のモノリスと同じだけの大きさ、そのモノリスが全部で八つ。
オリオン座を形成する、主要な星々のそれと数も配置も一致する。
そして、『最も輝かしきに触れよ』と最後に結ばれたのであれば――、
「最初のモノリスがど真ん中。まぁ、アルニラムあたりと睨んで、そのまま星座の形を……オリオンをなぞってやると」
「そうすると?」
「最も輝かしき、ってのが意外と曲者な言い回しだ。実は星は光り方も色々あって、ずっと明るいのもあれば、たまに強く光るのもある。そういう意味だと、オリオン座には最も輝くってのに該当する星が二つあって……」
真上から見下ろしたとき、左上に位置するオリオンの右肩『ベテルギウス』と、右下に位置するオリオンの左膝『リゲル』の二つが存在する。
恒常的に明るいのは『リゲル』だが、『ベテルギウス』は時折強く光る変光星だ。
どちらともとれる、という問題への解答は美しくないが――、
「俺だったら、『リゲル』の方を取るかな」
ベテルギウスって名前には、似た名前で嫌な思い出もあるし。
「――――」
そうして自分の中で答えを結んで、スバルはオリオンの左膝『リゲル』のモノリスに触れる。
これが答えとは限らない。だが、おそらく正解のはずだ。
そして同時に理解する。
この『試験』を考えた人間の底意地の悪さと、二層と一層に待ち受ける障害の、その高さと険しさへの覚悟を。
「――――」
眩く、白い部屋は光に包まれる。
音も景色も置き去りにして、何もかもが吹き荒び、やがて――。
「……おお」
光が晴れたとき、スバルたちは石造りの空間――塔の延長上の建物の中、無数の書架に囲まれた部屋の中心に立ち尽くしていた。