『三度死にの功績』


 

「それでけっきょく、スバルはなんであんなことしたの?」

 

「俺はありのまま全部喋ったぜ。他に理由があるとしたら……はっ。まさかそこの悪ロリ、お前が俺の意識に介入して……?悪い幼女、略して悪幼女!」

 

「あれだけやらかした上に責任転嫁かしら!最悪!こいつ最悪なのよ!」

 

「黙れ!昼間っからだばだば飲酒してるようなロリの発言に正当性があるか!酔っ払って色々と見間違えたり聞き間違えたりしてんじゃねぇの?そもそも、ここって何歳から飲酒オーケーの国だよ!」

 

喚き立てるベアトリスに対抗して唾を飛ばしながら、反射的にすぐ傍らに立っていたレムに問いかける。

そんな唐突な話題の転換にも動揺することなく、レムは腰を折り丁寧に、

 

「おーけーとはなんでしょうか、お客様」

 

腰を折ったまま器用に小首を傾けられて、スバルは頭を掻きながら、

 

「そっからか!よろしいですかの意!」

 

なるほど、とレムは頷き。それからラムと顔を見合わせると、

 

「十四歳からです」

「十四歳からだわ」

 

「マジで?」

 

「まじとは?」

「まじって?」

 

「本当ですかとか絶対ですかとか超ぱなくない?とかの意」

 

「「へー」」

 

二人が感心したようにシンクロして頷く。つまり応用すると、

 

「マジで十四歳から飲酒オーケー!?」

 

「「本当に十四歳から飲酒されてよろしいですかの意」」

 

互いの意思疎通が叶い、完璧な翻訳がここに成し遂げられた。

その歓喜に思わず三人は顔を見合わせ、互いに手を上げると、

 

「「「イエーイ!」」」

 

三人で続々とハイタッチ。最後にはそうして天に伸ばした手を合わせたまま、三人でくるくるとその場で円を描くように回る。

 

「……小芝居は済んだのかしら」

 

「んだよ、ノリ悪ぃドリルロリだな」

 

「りーりーうるさいのよ!ホントになんなのかしら!」

 

怒り心頭といった様子で、ベアトリスは腕を組んで椅子にふんぞり返る。そのまま黙ってしまったのを見るに、もうスバルと口論するのは嫌だと思ったのだろう。食卓の上のパックがその栗毛をフォローに入ったのが見えて、スバルはそちらの対応は小猫に任せようと判断。

それから改めて、何ひとつ解決していない銀髪の少女と向き合う。

彼女は気のせいか、さっきよりも温度の低い白い目でスバルを見ていて、

 

「そんな眼差しも可愛いとか、もはや罪だなこれは……」

 

「……はぁ。なんとなく、スバルとの付き合い方がわかってきたわ。その誰にでも言ってそうな軽口は聞き流して、本題に入ればいいのね」

 

「誰にでもとか心外だな。俺はエミリアたんにしかこんなこと言ってねぇぜ、マジで!でジマ!マジでジマ!」

 

「はいはい、忘れたげるから本題に入りましょ」

 

パンパンと手を叩いて話をリセットして、エミリアは大人しく席に戻る。仕方なくスバルもそれに続き、腰を落ち着かせたところでロズワールが、

 

「さぁて、んじゃまぁだいぃぶ脇道それちゃったけど、本題に入るとしようかねぇ。スバルくん、いいかな?」

 

「まぁ、今の流れで首飛ばされてないって点を加味して、悪い話じゃないってことを祈らせてもらうよ」

 

スバルの言葉にロズワールは口笛を吹く。エミリアもいくらか意外そうな目をしたのは、スバルが彼女らの意図を探るためにあんな不敬を働いたのだ、と買いかぶったからだろう。

もちろん、単なる口から出任せの口八丁手八丁なのだが。

それが悟られてボロが出る前に、スバルは自ら前に出て畳みかける。話題の主導権を握っておけば、悪い方向に誘導されることも減らせるだろう。

 

「ってなわけで、本題ついでに俺の予想だ。わざわざエミリアたんの女王様候補トークまで持ち込んだんだ。なにかしら、関係あんだろ?」

 

「本当に、スバルって変態なの?そうじゃないの?」

 

「その二択ってだいぶ極限じゃねぇ!?」

 

目を見張るエミリアは「ごめんごめん」と軽い謝罪。わりと本気で心外だったスバルだが、ロズワールがその謝罪のあとを引き継ぎ、

 

「でもまぁ、君の予想は大当たりだよぉ。さっきの女王様候補のお話と、君の処遇に関する話は関連性がある。――エミリア様」

 

「うん、わかってるわ」

 

呼びかけにエミリアが小さく応じて、その懐に手を入れる。

ふと、スバルは食堂の中の雰囲気から柔らかさが消えているのに気付いた。食卓を囲む顔ぶれは変わらないのに、まとう気配は厳かに一新されている。

自然、スバルといえど思わず背筋が伸びた。そんな彼の前で、エミリアが懐から取り出したものをテーブルに置く。それは、

 

「あ、あの徽章じゃねぇか」

 

フェルトによって盗難の憂き目に遭い、スバルがそれこそ三度も死んだ末にようやく持ち主の手元に戻った竜を象った徽章だ。

赤い宝玉は持ち主の手の中で光り輝いていて、その眩さは不思議とスバルにすら畏敬の念を思わせるほどに深く澄み切っている。

 

「竜はルグニカの紋章を示しているんだ。『親竜王国ルグニカ』なぁんて大仰に呼ばれていてねぇ。城壁や武具なんかも含めて、あちこちに使われているシンボルなんだよ。とりわけ、その徽章はとびきり大事だ。なぁにせ」

 

一息置いたロズワール。その先を促すスバルの視線に彼は頷き、それから目線でエミリアに続きを催促する。彼女は瞑目し、それから、

 

「王選参加者の資格。――ルグニカ王国の玉座に座るのにふさわしい人物かどうか、それを確かめる試金石なの」

 

力なく言い切られた事実にスバルは目を剥き、それから再びテーブルの上の赤い輝きに目を走らせる。両翼を広げた竜の徽章――中央の宝玉のきらめきがその話を裏付けていて、今の情報を統合すると、

 

「ま、まさか……王選参加資格の徽章をなくしてたのか!?」

 

「なくしたなんて人聞き悪い!手癖の悪い子に盗られたの!」

 

「一緒だ――っ!!」

 

大声で叫び、食卓を叩きながらスバルは立ち上がる。

危うく食器がテーブルから落ちかけるが、そこは控えていたレムが見事にフォロー。が、そんなフォローに目もくれず、スバルは顔を赤くして屈辱を瞳にたたえるエミリアを見下ろし、

 

「そんな俺のS心を刺激するような顔してもダメですぅ!っていうかマジでどうなってんの!?なくした場合って役所で再発行とかできんの!?」

 

「ヤクショ、ってのがなぁにかわからないけど、同じものをノコノコ貰いにいくっていうのは難しいだろねぇ」

 

慌てふためくスバルを眺めながら、ロズワールが落ち着いた態度で自分の服のでかい襟を弄りながら、

 

「王とは即ち王国を背負うもの。そんな大任を負おうって人が、小さな徽章ひとつ守り切れないとなったら言語道断。どうして国を任せようなんて思えるもんだろうねぇ」

 

「そりゃそーだ。そんなうっかり八部衛に何度も仕事任せるなんて、おんなじくらいうっかりな黄門様しかいねぇ」

 

「うっかり?」

「八部衛?」

 

双子が謎人物の名前を分担して言う間に、スバルは事情を飲み込み始める。

盗られた徽章、路地裏の出会い、盗品蔵の攻防に、この歓待――導き出される答えはひとつにまとまった。

 

「徽章をなくしたなんて衛兵にばれたらマジヤバい。だからエミリアたんは徽章探しをひとりで孤独のロンリーウルフしながらやるっきゃなかった」

 

「……ええ、そう」

 

「盗んだのはフェルトだったけど、盗ませたのはエルザだ。あいつは誰かに依頼されたって言ってた。それはつまり、エミリアたんが王様になるのを邪魔しようって奴がいるってことか?」

 

「たぶんそうだろうねぇ。王選から脱落させるのに、徽章を奪うなんてのは簡単に思いつく話だからさぁ」

 

言葉にしてそれを肯定されると、あの昨日のやり取りの様々な出来事の辻褄が合い始めた。

頑ななエミリア、フェルトとエルザの依頼主。そしてスバルがたびたび殺害される羽目に遭った直接の原因である徽章の価値。

 

「改めて考えまとまると、俺超GJ!なにそれマジやばくね!?危うくエミリアたん、王選からドロップアウトするとこだったよ!?徽章なくしちゃいましたテヘペロじゃ済まねぇんだろ!?」

 

「スゴイ今の発言の六割くらいわかんなかった」

 

「んなこたぁ、どーでもいい。ここで重要なのはそう、振り返ってみると俺ってばエミリアたんにとってかなりいい仕事したんでないってとこだ!」

 

思いがけず、自分のしたことの功績が大きかったと知ってスバルは有頂天。またもや席から立ち上がり、座ったままのエミリアに鼻息を荒くして顔を近づける。

 

「ふふーん、どーよ、ドゥーよ、エミリアたん。俺ってばかなりナイスでハピネスな活躍したんじゃね?これはもう、ご褒美に期待とかしちゃっても仕方ないじゃないかな!かなかなかな!」

 

ひぐらしみたいな語尾を鳴らしながら、スバルはそっと俯くエミリアの顎に手をかけて顔を上に向かせる。

目を細めて好色に振舞う姿勢は、もはや堂の入った悪代官のそれだ。気分もかなりいい感じに上り詰めているので、そろそろ突っ込みがくる頃かな、と腹筋に力を入れながら待ちかまえる。が、

 

「……そうよ。スバルは私にとって、もうすごい恩人。命を救ってもらっただけじゃ済まないくらい。だから、なんでも言って」

 

「へ……?」

 

「私にできることなら、なんでもする。ううん、なんでもさせて。あなたが私に繋いでくれたのは、それぐらい意味のあることなんだから」

 

胸に手を当てて、真剣な顔つきで見つめ返されてスバルは言葉を失う。

顎に触れていた手も放し、思った以上にシリアスな展開に話が流れていってしまったことへのテンションの目盛りが合っていなかった。

 

――やべぇ、マジ空気読めてねぇ、俺。

 

空気が読めずにぼっちになっただけあって、スバルの『空気が読めなかったときの空気』に対する嗅覚は鋭い。もっとも、普通の人間が備えている『空気が読めなかったときの空気になる前の空気』が読めないので、結果的に空気が読めない発言をするのは変わらないのだが。

そして今回もそれに違わず、スバルは自分の空気が読めないテンションとエミリアの真剣な眼差しが噛み合わずに困り果てていた。

 

「な、なんでもするとか女の子が簡単に言っちゃいけねぇよ?それこそ、悪ーい俺みたいな奴にゲヘヘでムフフな目に遭わされるかも」

 

「……それでもいいわ。スバルがそうしたいなら従う。ゲヘヘでもムフフでも、アヒンアヒンでもチョメチョメでも私は……っ」

 

「女の子がそんな卑猥なこと言わないの!しかも後半泣きそうじゃねぇか!」

 

自分の肩を抱いてちょっと泣きそうなエミリアにスバルは安堵。

もしもそこまで悲愴な覚悟を固められていたら、スバルとしても対処に困る。もちろん、そんなことやりそうと思われている時点でちょっと評価的には残念なことには目をつぶって、だ。

 

スバルはエミリアの銀髪のてっぺんに手を置き、軽く撫でる。

一瞬、その掌の感触に驚いた様子のエミリアだったが、スバルが無言でそうするのを見ると、ただ黙ってその仕草にされるがままになった。

そんな小動物的な彼女の反応を微笑ましく思いながら、スバルはロズワールに振り返る。

 

二人のやり取りをそれこそ心底楽しげに見ていた彼は、スバルの視線に気付くと「おや」とでもいうように眉を上げて、

 

「どったの?邪魔なぁら、そだね。私たちは退散するけど?」

 

「初めてが食卓とかアブノーマルすぎてビックリするわ。この銀食器をナニに使わせるつもりだよ、この変態悪徳貴族……!」

 

「そぉこまで私は言ってないつもりなんだけどねぇ」

 

嘆息する長身の苦笑にスバルは口の端をつり上げ、それからエミリアを撫でるのとは反対の手で自分の顎に触れる。少年探偵が推理するときにやりそうな、親指と人差し指で顎を挟む感じのアレだ。

 

「ま、ま、ま、聞けよ、ロズっち。確かに俺にはもったいないぐらいの好条件が目の前にぶら下げられてるわけだ。マジ馬の顔の前にニンジン状態。だがつられて走り続けるほど俺は脳みそ空っぽじゃねぇよ。色々と乗っかる前に、聞きたいことはまだまだあんぜ?」

 

「あはぁ、聞こうか」

 

「んじゃま、問いかけだ。心して誠実に答えてくれよ?エミリアたんが女王様候補ってんなら、お前はいったいなんなんだよ?」

 

顎に当てていた指を突きつけて、スバルはロズワールにそう問いを投げる。魔術師はその問いに口の端を歪め、いっそう愉しげな笑みを象った。