『傲慢で怠惰な憤怒』


 

足下さえ不確かになった空間で、スバルは落ちれば『死』を免れないだろう空白を目の当たりにしながら、そちらへの意識を一切割いていなかった。

今、スバルの意識を支配しているのは眼前に存在する少女――白い髪、白い肌、黒い服に黒い瞳を持つ魔女のみ。

 

その圧倒的な存在感、威圧感、超越者たる生き物としての格の違い。

それら全てがスバルという矮小な存在の目を、心を、魂を、見えない指先で絡め取って弄んでいる。

本当の逃れられない『恐怖』を前に、人はこうまで情動を封じられるものなのだ。

 

息ができない。心臓の鼓動を意識できない。冷や汗すら浮かばず、瞬きひとつすらも彼女の許可なく行えない。絶対的な隔絶がそこにある。

 

「しまったな、脅かしすぎてしまったか。昔からどうしても、ボクは興が乗ってしまうとこうして口が滑りすぎる。厄介なものだよ、魔女という性は」

 

ふと、椅子に腰掛けたままのエキドナが己の発言の熱を意識して自省する。だが、目の前の魔女から発されるプレッシャーには陰りが一切見られない。

否、つい先ほどまでは意識的に無視できていたはずの圧迫感が、一度意識したことで意識の傍らに居座って離れてくれないのだ。

 

友好的なやり取りもどこへやら。もはや、スバルは目の前の少女を少女として見れない。本当の意味で、『魔女』であるとしか。

 

「生前もたびたび、こういうことがあった。ボクの知恵を借りに各国の王族が足を運んだときなどがそうだったが……もう、ボクの姿を警戒して見ずにはいられないか」

 

やれやれ、とでも言いたげに首を横に振り、エキドナはその黒い瞳でスバルを見る。黒瞳に映る無表情な自分にスバルが動揺するのと、彼女が微笑むのは同時だ。

 

「なら、今度の趣向はお気に召すだろうか?」

 

「――――ッ!?」

 

変化は唐突に訪れた。

微笑み、そう呟くエキドナにスバルが無理解を眉間の皺で表したときだ。彼女の微笑が闇に溶け、息を呑むスバルがまばたきした直後――、

 

「なにを見てるんだー、おまえー?」

 

「……は?」

 

「じろじろ見てるんじゃーないぞー」

 

そう言って足をばたつかせ、スバルの前で一人の少女が頬を膨らませている。

濃い緑髪を肩口で揃えて、リンゴのように赤い頬をした少女だ。褐色の肌に白のワンピースのような服装が可憐に似合っていて、童女らしい愛らしさを周囲に惜しげもなく振りまいている。髪に留めた青い花を模した髪留めが特徴的だった。

 

どこをどう見ても、無害で無邪気な少女――それが今、エキドナのいた場所に座ってスバルの方をジッと見つめていた。

 

「あ、え、お?ちょ、待って。え、エキドナは……?あいつ、どこ行った?」

 

「ドナ?ドナならどっかいったけどー、おまえはなんなんだよー」

 

「お、俺?俺の名前はナツキ・スバル。呼ばれても招かれてもない迷い人で、ちょっとお茶して帰る途中……家主が突然の失踪で困ってるというか……」

 

「へー。じゃー、おまえはバルなー」

 

敵意、というには可愛らしすぎるものを向けられながら、状況についていけないながらもスバルは素直に自己紹介。と、それを受けた少女はにへらと嬉しそうに笑い、こんな状況でなのにスバルの胸をほっこりとさせてくれた。

 

状況は完全に混沌としているが、エキドナが消えた時点でプレッシャーからは解放されている。落ち着いて考えてみれば、目の前の少女もひょっとするとスバル同様、どこかしらからここへ連れ込まれた被害者なのかもしれない。

どうにか、この童女と協力してここからの脱出を――と、どれほど力を貸してもらえるのかわからないながらも顔を上げようとして、

 

「よし、とにかくまずは鬼の居ぬ間に諸々しようぜってことで脱出案を練ろう。足場これっぽっちで考える余地がかなり狭いが、まずはお嬢ちゃんの名前を……」

 

「ところでバルさー、おまえってアクニンなのかー?」

 

「聞かせてもらうところからって……なに?」

 

手を差し出し、歯を光らせようとしたところでスバルの眉が寄る。

目の前で童女は地面に届かない足を揺らし、椅子を前後にがたがたさせながら「だーかーらー」と子どもらしい短気さで唇を尖らせて、

 

「アクニンなのか、そうじゃないのかーって聞いてるんだよー。どーなのー?」

 

「人は生まれながらに皆、なにかを犠牲にして生きていかなくてはならない罪深い生き物である。故に、僕らはこの世界に生を受けた瞬間から咎人なのかもしれない。でも、それでも人は生きる。なにかを犠牲にしてでも、その犠牲の上にしか価値あるものを築けないのだと知っているから……とか哲学的なやり取りを幼女としてもしょうがねぇと思うけど、そういう意味?」

 

「んんー、聞いてもわかんないなー。まー、いいかー、たしかめればー」

 

首を傾げるスバルに、さらに深い角度で首を傾げる童女。

彼女はそう言って、差し出されたスバルの掌をきゅっと握る。小さな掌はスバルの手の中にすっぽりと収まり、少女特有の柔らかみが感触として伝わってきた。これはなんとしても、この場から無事に助け出してやらにゃならんと決意を新たにする。

 

「ペトラとかと接してて思ったけど、俺って意外と子ども好きだったんだな。昔はうるさいだけで大嫌いだと思ってたのに……」

 

「――ツミハタダイタミニヨッテノミアガナワレル」

 

「んあ?」

 

ふと、少女が早口に小さな声でなにか呟いた。

聞き取れず、スバルは片眉を上げて少女を見ようとして、軽い衝撃。腕が軽く引かれるような感覚とともに、重荷を下ろしたような妙な解放感。

何事か、とあたりを見回そうとして、スバルは首を巡らせる。

 

相変わらず、世界にはなんの変化もない。スバルと童女に許されているのは、互いに向かい合って座るだけのスペースのみであり、音も風も感じられないままだ。

そして椅子に座るでもなく立ち尽くすスバルの前に、椅子に座って足を揺らす童女がいる。彼女はその片手に、肩から千切れた男性の腕を握っていて――、

 

「――っ!?」

 

「いたくないってことはー、アクニンじゃないってことだー、よかったなー」

 

異常事態に気付いてスバルは自分の右腕――存在したはずの右半身を見て、肩から歪な断面をさらして腕がもがれている事実に気付いた。

痛みも、出血も、それ以前に感覚がなかった。断面からは骨と血管を内包した桃色の肉が覗いており、精肉店に並ぶ食用肉を思わせる。

それが、自分の右肩に生じているという受け入れられない現実感を除けば。

 

「お、ああああああ!!う、腕……俺の腕があああ!?」

 

「いたくないだろー、大声だすなよー。あんまりあばれるとおっこちてもどれなくなっちゃうぞー」

 

「おま、お前、お前ぇ!?人の腕を千切っておいて、なに、なに言ってやがんだよぉ!か、返せ!返せえ!」

 

右腕の断面に触れて絶叫し、それからスバルは鼻を鳴らす童女に鬼気迫る顔で跳びかかる。彼女の手に握る右腕を奪い返し、今すぐにくっつけなくては。

千切れた腕と肩を合わせたところで繋ぎ合わさるわけではないが、そんなことすら今のスバルの頭には入ってこなかった。

だが、

 

「――トガハクサビトナッテケッシテノガサズ」

 

またしても童女が何事か口走った直後、スバルの体勢が大きく崩れた。否、正確には地面に踏み込もうとした足が、膝から下がガラス細工のように砕け散ったのだ。

右肩、そして両足を膝から失い、スバルの体が勢いに任せて前に倒れ込む。そんなスバルを受け止めるのは、いまだ椅子に座ったままだった童女の膝だった。

 

童女は倒れてくるスバルを優しく受け止めると、戦慄するスバルをまるで愛し子をあやす母親のような手つきでゆっくりと撫で、

 

「アクニンじゃーないのに、自分をトガビトだと思ってる。おまえはやさしー子なんだなー。かわいそーになー、苦しいだろーになー」

 

「お、お前は……いったい……な、なんなん……」

 

右腕からも、砕け散った両足からも痛みはない。出血もない。

理解ができない。存在が許容できない。目の前に存在する童女が、つい先ほどまでただただ庇護すべき対象だと思えていた存在が、今は触れるほど近くにいて絶望的に遠い。

童女はスバルの問いかけに首を傾けて、

 

「テュフォンは『傲慢の魔女』だぞー」

 

「ご……!?」

 

衝撃的な発言にスバルの思考が再び止まる。

怒りであるとか恐怖であるとか、それらの意識が完全に吹き飛んだ。

 

ついさっき、スバルは『強欲の魔女』であるエキドナと接していたばかりだったのだ。それがなぜ、今度は急に『傲慢の魔女』と接触することになるのか。

滅んだはずの、すでに死んだはずの魔女たちにこうもころころと――、

 

「――ふぅ。次はあたしの番かね。はぁ、やってられないさね」

 

気だるげな声が上から降ってきて、スバルは驚愕に喉を呻かせるのが精いっぱいだった。

またしてもスバルはまばたきしただけだ。その間に世界の色は変わっていない。腕と足を失った、スバルの状態もそのままだ。それなのに、

 

「はぁ、重たいさね。手足ない分だけちょっとは軽くなってるってのにこれか。ふぅ、これだから男は……男も女も存在自体が無駄の塊だからマシな方かい」

 

スバルが全身を預ける相手が、テュフォンを名乗った童女から別の女性に変わっていた。

 

今度の女性は赤紫の髪を尋常でなく伸ばした、気だるげな印象の美女だ。病的に青白い肌と唇。伏せた目は眠たげというより生きる気力に欠けているかのように細められていて、呼吸ひとつすら億劫そうな仕草が周囲に鬱々とした雰囲気を振りまく。

ゆったりとした黒の法衣を着用しているが、あちこちに汚れやほつれなどが見つかるそれは着たきり雀を地でいっている感がすごい。

 

声もないスバルを見下ろし、彼女はなおもアンニュイに吐息をこぼして、

 

「はぁ、あんたもずいぶんと運がないもんさね。エキドナの奴に振り回されて、テュフォンにあたしと……ふぅ、魔女三人と立て続けに顔合わせるなんて、はぁ、フリューゲルの馬鹿か棒振りレイドぐらいのもんだろうにさ」

 

「お前も、魔女……か?さっきの子とか、エキドナは……」

 

「はぁ、あたしはセクメト。ふぅ、面倒だけど『怠惰の魔女』とか呼ばれてるとか呼ばれてないとか。はぁ、呼んでなんて頼んでないってのに迷惑なもんさね。ふぅ、喋るのだるいから黙ってていいかい?」

 

「勘弁してくれ。頭がおかしくなりそうなんだよ。誰かと話してないと自分の現実が見えそうでヤバい。頼む、なにがどうなってるのか教えてくれ」

 

ゆいいつ、無事に動く左手で落ちないように法衣を掴み、スバルは首をもたげてセクメトを見上げる。その視線にセクメトは面倒そうなのを隠さず吐息をこぼし、それから変わらず伏せた目で、

 

「右手が肩から、はぁ、両足が膝からないさね。ふぅ、このやられ方はテュフォンの奴だろう?あの子は他人の痛みがわからない子だからね。はぁ、無邪気で無慈悲で子どものまんまなのさ。ふぅ、不憫なことにね。はぁ」

 

「俺の、腕とか足は……も、元に戻るのか?」

 

「ふぅ、それはあたしにはなんとも……ああ、ちょうどいいさね、はぁ。あたしも面倒だったところだし、ふぅ、あとのことはあの子に任せて眠るとするさ。はぁ、呼吸するのも面倒臭い。一生分の空気をいっぺんに肺に送り込んだら、それでもう一生呼吸しなくて済むとかそんな風に思わないかい、はぁ」

 

「そんなことしたら肺が爆発して死ぬだけだろ、それより俺の状況を……」

 

アンニュイな姿勢を崩さないまま、セクメトは突拍子もない発言でスバルを煙に巻こうとする。頼むからもっと真剣に取り合ってほしい、とスバルは訴えかけようとして、

 

「――今あんた、私の前で死ぬとか言った?」

 

殺伐とした声を聞いた。

 

目の前、スバルはもはや何度目になるかわからない驚きを前に、硬直する以外の反応が返せない。

またしても、目の前の人物の姿が変わったのだ。先ほどまでの膨大な髪の量を誇る魔女の存在が消失し、代わりにスバルの目に入るのは、

 

「……胸?」

 

「――ッ!ど、どこを見てんのよ、どこを!」

 

柔らかい膝の上から相手の顔を見ようとして、スバルの視界はしかし突き出す大きな胸に遮られて顔まで届かない。

体を受け止める膝の感触も、テュフォンやセクメトと違ってかなり肉感的であり、ありていに言えば女性らしい起伏に富んだ体つきだ。

 

文字通り全身でそれを味わったスバル。その体がふいに、伸ばされる声の主の腕によって持ち上げられる。――片手で、腕と両足を失ったとはいえ成人女性程度の重さは残っているスバルを軽々と。

 

「話すときは相手の目を見て話しなさいよ、目を!まったく、男の人っていっつもこうなんだから、信じらんない!」

 

言いながらぷんすかと怒りを露わにするのは、ウェーブがかった金色の髪を揺らす碧眼の美少女だ。短いスカートを始めとして動きやすそうな格好で全身を固めており、身長は座っていることを鑑みてもかなり低い。それなのに、胸が大きいのと全体的に女性らしい肉感が溢れていて、なんとも扇情的な雰囲気を醸し出している。

当人の態度がさばさばしているので、なんとも健康的な色気というべきだろうか。

 

彼女はそれから、持ち上げたスバルの様子を怒気まじりの瞳で一瞥。状況に置いてけぼりで目を白黒させているスバルの前で前髪をかき上げ、

 

「右腕の欠損。両足膝下から欠損。出血及び痛みなし……テュフォンの罰ね!あの子……また勝手にこんなことして、ひどすぎる!」

 

痛みのないスバルの傷跡、それを見る彼女の碧眼が強烈な感情で曇る。

言動に怒りが、態度で憤激が、仕草に激情が込められているが、そうして振舞う彼女の双眸にうっすらと溜まるのは涙であり、

 

「な、泣いてる……?」

 

「泣いてなんかない!怒ってるだけ!そうよ、私は怒ってる!こんな傷を作って放置してくテュフォンも!あの子にそんなひどいことをさせる世界にも!人が争って傷付け合って苦しめ合う、不条理にも!!」

 

怒声を張り上げ、頭を振り乱すように力強く少女は言い切る。

それから彼女は腕を振り上げ、持ち上げていたスバルの体をふいに宙へ投じた。

 

「へ?」

 

「だから私は許さない!痛みを!争いを!傷を!そのまんまになんか、してられるかぁ――ッ!!」

 

次の瞬間、風をぶち破るような勢いで繰り出された少女の拳がスバルを直撃。その頬にすさまじい速度と威力が叩き込まれて、スバルの体は文字通りに木の葉のようにあっさりと吹き飛ばされた。だが、

 

「ぶっ――!?」

 

どこまでも吹き飛ぶ勢いのはずが、世界の終端はすぐさま訪れた。

エキドナの手で世界を限定された空間において、スバルが拳の威力で吹き飛べたのは許されたほんのわずかな飛距離のみ。見えない壁に激突する衝撃が全身を貫き、張りつくように宙に浮かんで目を回すスバル。そこへ、

 

「――無事に!帰れないと思うなぁ!!」

 

追いかけるように跳躍してきた少女が、落下のシークエンスに入る途中だったスバルの体にさらに拳の雨を畳みかけてくる。

乱舞する拳が次々と全身に打ち込まれて、スバルの肉体は見えない壁と拳の間でサンドイッチにされる。衝撃と音は立て続けにスバルの全身を穿ち、威力を壁へと伝達して世界の根幹を揺るがし始める。

 

衝撃に揉まれ、上下左右がわからなくなるほどに振り回されてスバルの意識が真っ白になる。視界に映るのは叩き込まれる拳と、もはや隠す気もないのか滂沱と頬を涙で濡らす少女の顔のみ。きらきらと涙が宙に散るのを見ながら、泣きたいのはこっちの方だと文句を口にしようとして、その顔にさらに拳をお見舞いされる。

いつ終わるとも知れない無間地獄――その終わりはふいに訪れた。

 

「私の拳が世界を再生させる!私の怒りが世界を浄化する!私の憤怒が、この拳の癒しが、私の答えだぁ――!!」

 

次の瞬間、世界がふいに砕け散る。

スバルを繋ぎ止めるように存在していた壁が、少女の拳の雨の衝撃――スバル越しに伝わるそれに耐えかねて、粉々に粉砕されたのだ。

途端、スバルは体を振り回される感覚から解放される。

 

拳の雨が止み、次いで柔らかな感触。気付けばスバルの体は地面へと横たえられており、そこはつい先ほど、空間が隔絶される前に茶会があった草原だった。

体を起こし、あたりを見回してスバルは呆然。そんなスバルの傍らに颯爽と着地し、金髪を撫でつける少女がじろりとスバルを睨み、

 

「右手!」

 

「へ!?あ、はい!」

 

呼びかけに思わず手を上げ、そうしてスバルは気付いた。

肩からもがれていたはずの右腕がしっかり、指先まできっちり再生している事実に。

 

「両足!」

 

「も、ついてる。立てる、歩ける、ムーンウォークできる!」

 

次の確認に跳ぶように立ち上がり、スバルはその場でステップを踏んでみせてムーンウォーク。草原の緑を滑るように下がるスバルを見て、少女は腕を組むと満足げに頷く。その際、巨乳が強調されるように揺れたのを目に焼き付けて、

 

「た、助かった、ありがとう。けど、流れ的にあんたも……?」

 

「私は『憤怒の魔女』ミネルヴァ!名乗るほどのものじゃないわ!」

 

「名乗ってんじゃねぇか!」

 

「やめて、大したことはしてないわ!私は私の目の前に傷付く人が、傷付いた人がいるのが許せないだけだから!後世に語り継がれるほどのことじゃないわ!」

 

「しかも自分の行動を勝手に偉業認定か!こいつ人の話聞かないタイプの人だ、俺の苦手なパターンです!」

 

治ったばかりの腕を振って混乱を表明すると、ミネルヴァはそんなスバルの前でくるりと背を向け、

 

「とにかく、傷が治ったなら私のやることはもうないわ!もう虫に刺されるほどの傷も負うんじゃないわよ!魔女との約束なんだから!」

 

「無菌室で暮らしててもできねぇよ!勝手に約束すんな!魔女との約束って、破ったら確実に重たいペナルティあるじゃねぇか!」

 

「そんなことないわよ。ただそのときは……皆癒しにしてやる」

 

「皆殺しみたいに言うなよ、恐いよ!」

 

それでも、事実としてスバルの体の欠損が治療されたのは間違いない。

荒療治――この場合、まさにその単語通りの扱いの果ての回復であった。あれだけ殴られて治るのだから、不思議現象にもほどがある。

叩いて治すとなると、まるで古いテレビかなにかのような扱いだった。

 

「――さて」

 

そうして、颯爽とどこかへ歩き去ってしまいそうだった少女の体が振り返る。

白い髪がその動きでなびき、黒い服の上に可憐に広がるのをスバルは見た。彼女は首を傾げて、ひどく楽しげにこちらを見やると、

 

「ボクの無害さを証明するために他の魔女と対面してもらったが、どうだろうか。少しはボクへの態度が和らいでくれると、彼女らを眠りから覚ました甲斐がある」

 

今の間の散々な経験のネタばらしをする魔女エキドナ。

そんな彼女の前でスバルは深々と息を吐き、それからゆっくりと顔を上げ、

 

「お前、間違いなく魔女だよ。……人間の考え方じゃねぇ」

 

と、そう吐き出すのが精いっぱいだった。