『――ごめんなさい』
――覚悟を決めて切り込んだはずだったのに、その潤んだ瞳に浮かぶ感情の波を見た瞬間、スバルはひどい後悔に自分が襲われたことに気付いた。
今のたった一言が、エミリアの心の傷――その瘡蓋を剥がすような行いだったことは間違いない。塞がり切っていない傷口を、憂慮を大義名分に乱暴に掻き毟ったのだ。
彼女が感じた痛切な感覚を、スバルもまた幻痛として感じずにはいられない。
「墓所の『試練』が、過去を見せるものだってのは……その、みんなから聞いて知ってるんだ」
「――――っ」
それでも、痛みの先にあるものを求めてスバルはさらに深いところへ踏み込む。
唇を噛んだエミリアの表情を激震が走り、震える瞳がなおもスバルを捉えて離さない。
『試練』について、スバルが直接それを受けたと告げるのは保留とした。スバルにできたからエミリアにもできる、などと軽はずみな発言はできないし、何より今のスバルは資格を取り上げられた状態だ。気休めに嘘をついたと、そう思われてもおかしくない。
そうなるぐらいならば、ただ自分の真摯にエミリアを思う気持ちだけを伝えればいい。
「だから、エミリアが引き返す羽目になった理由も、それだろうって思ってる。悩んで苦しんで、きっと一人で抱え込んで……そのまま、今夜も『試練』に挑もうとしてるんだってのもわかってる」
「――――」
繰り返す四度の世界の中で、エミリアが『試練』の内容のことでスバルを頼ってきたことはない。それはスバルが彼女に『試練』を受けさせる必要はないと、半ば彼女の挑戦権を蔑ろにしていたからでもあるし、エミリア自身がスバルにそれを打ち明ける機会が訪れなかったからでもある。
前者の問題は今、『試練』に挑戦できるのがエミリアしかいないためにクリアされ、後者の問題はまさに、この瞬間に決しようとしている。
スバルの声を聞きながら、頬を強張らせるエミリアが顔を俯かせる。
その長い睫毛に縁取られた眼が、完全にそらされる前にスバルは言葉を続ける。
「それでも、だ」
「――――」
「君が抱え込んで潰れちまいそうな荷物を、少しでも俺にわけてくれないか?振り返るのが恐ろしい過去があるなら、そこに挑む君の隣に立たせてくれないか?」
俯きかけた首の傾きが止まり、恐る恐るといったようにスバルを再び見る。
そのエミリアの瞳に、不安がったり弱々しい自分を映すわけにはいかない。スバルは根拠もなく自信満々に、胸を張ってエミリアの視線を受け止める。
根拠のない自信と虚勢、それを張るのは大得意だ。
「思い返すと、俺はエミリアのことを何にも知らないまんまなんだよ。俺は君のことが好きだ。それは外見が超好みってのもあるし、一緒に過ごす間で触れた、君の内面ってやつが俺をたまらなくさせるからでもある」
「――――」
「そんな風に、今の君になった君が好きだって胸張って言える。けど、君が今の君になるまでにどんな経験をして、どんな風に思って、どんなことを考えてきたのか……それを俺は何も知らない。知る機会も、必要もないと思ってたからだ。過去のことより、大事なことは今と先だからさ。……でも」
「……でも?」
「今、君が自分の過去を振り返らなくちゃいけない場面がきてて、その場所に一人で立つのが恐くてたまらないってそう言うなら……今の君になる切っ掛けを、君が立ち向かわなきゃいけないこれまでを、並んで迎え撃つ資格を俺にくれないか?」
エミリアの代わりに、エミリアに降りかかる苦難を肩代わりしようという資格は取り上げられてしまったから。
それならばスバルは、エミリアが疲れて倒れそうになったとき、傍らで支えて、寄りかからせてやれる資格が欲しい。
気休めに過ぎないかもしれないけれど、その気休めに心を救われる瞬間が、必ず存在するはずなのだから。
「――――」
押し黙るエミリアの返事を、スバルはじっと構えて待つ。
エミリアの瞳の揺らめきが、彼女の中で起こる激しい葛藤の様子を伝えてくる。迷いと戸惑い、罪悪感と自己嫌悪。様々な感情がエミリアの細い体の中で荒れ狂い、食い破ろうと暴れ回っている。
やがて、エミリアは小さな声で、
「す、スバルの存在は……その、いてくれるだけで、私の助けになってくれてて……だから、これ以上、スバルに迷惑をかけたりなんて……」
「俺はエミリアにかけられる迷惑は迷惑だなんて思ってない。君のために何かができることは、俺にとっての幸いだ。君が困って、誰かに手を差し伸べてほしいとそう思ったときに、最初に手を差し伸べるのは俺でありたいと、そう思う」
「――っ」
弱々しい声で、スバルの提案を退けようとしたエミリアに再度、告げる。
エミリアが本気で拒絶の姿勢を取らない限り、スバルはここを引くつもりはない。もともと、彼女が口にしたくない内容に踏み込んでいる自覚はあるのだ。今さら、それを消極的な態度で表明されたところで、スバルの覚悟は揺らぎはしない。
そんな程度の覚悟で、スバルはロズワールに契約を叩きつけたわけじゃない。
なおも葛藤するエミリアは、ぎゅっと強く目をつぶって下を向き、
「スバルは……」
「――――」
「スバルは、私のことを信じてくれて……」
その後に続くはずだった言葉は、エミリアの口からは紡がれなかった。言い切る直前で、その卑怯な言葉を彼女の高潔さが否定させた。
真摯に訴えかけてくれている相手の信頼を疑うほどに、人として恥ずべき行いはない。
かつてスバルが堪えられず、エミリアに叩きつけた独りよがりがまさにそれだ。
言い留まったエミリアの精神性は、追い詰められてなおも気高かった。
故にスバルは今の言葉を聞き返すことも掘り返すこともしなかったし、エミリアは自分の発言を悔やむように肩を落として、
「……聞きたいことを、言って、スバル」
「…………」
「私の口からじゃきっと、支離滅裂なお話にしかならないの。……だから、スバルの方から聞き出して」
「……いいのか?」
「――うん。それがきっと、私にとってのもう一つの『試練』だと思うから」
諦めたような声で、儚げに微笑むエミリアの姿にスバルは一瞬、言葉を見失う。
それから気を取り直すように首を振り、スバルは場を改めるようにベッドを指差した。
「とりあえず、長い話になるかもしれないから、座ろうか」
「……そう、ね」
居住まいを正し、ベッドに腰掛けるエミリア。スバルは椅子を引きずり、彼女の前に座って正面から向き合う。
いくらか寝乱れた衣服の皺を伸ばしながら、エミリアはスバルの言葉を待っている。
そうして言葉を待たれながら、スバルはいざ肝心の場面に到達して、最初に何から問い質すべきかに数秒だけ躊躇し、それから言葉を作った。
「墓所の『試練』で、エミリアはどんな過去を見た?経験者から聞いた話だと、その……自分にとっての、後悔の記憶みたいなものだって話だけど」
実体験だと気付かれないよう、言葉を選びながらスバルは質問を投げかける。
第一の『試練』は己の過去と向き合うこと。だが、スバルが見た過去は『実際にあった過去』というわけではなかった。スバルにとっての後悔の証である元の世界の家族、過去の罪悪感そのものを舞台とし、演目は新しく形作られたといっていい。
ならば、エミリアにとっての『試練』はどういう形だったのだろうか。
スバルの問いかけに、エミリアは一度、乾いた自身の唇を湿らせるように舐めて、
「私が……私が見た過去は、たぶん……眠る前の記憶、だと思う」
「――?眠る前……?」
「そう、眠る前。ぼんやりとしてて、あまりはっきりしてない記憶なんだけど……そこで見た私はまだ小さかったから、きっとそう」
記憶を探るように目をつむり、告解するような姿勢のエミリアの言葉にスバルは困惑する。
小さい自分、という表現の意味はわかる。『試練』が過去を映すものであるなら、遡った時間によっては自身の幼い頃と向き合うこともあるだろう。
だが、眠る前――という表現がスバルにはわからない。
「待ってくれ。その、眠る前ってどういう意味なんだ?夜の、普通の眠りとは違う意味なのか?」
「うん、違うの。眠る前っていうのは……私が森の大樹の中で、ずっと氷の中で眠る前のこと。だからずっと、ずーっと、前のお話」
「氷の中……って。エミリア、どういうことだ?」
わざと理解し難くさせているのか、と疑いたくなるほどに前後の文脈が繋がらない。それなのに、想像力だけがスバルの背筋に冷たい爪を立てて掻き毟っていく。
焦燥感が胸を打つのを感じながら、スバルは努めて平静を維持しながら、
「答えてくれ、エミリア。大樹の中で、氷の中でってどういうことだ?」
「……そのままの、意味」
「――――」
一拍を置いて、エミリアはスバルを見上げて告げた。
「私、森の大樹と一緒に、ずっと氷漬けにされていたの。パックが私を見つけて、そこから出してくれるまでずっと、すごーく……長い間」
※※※※※※※※※※※※※
『――やっと、見つけた』
――だぁれ?
『ごめん、ごめんよ。君を一人にして、本当にごめん。ずっと探してた。ずっとずっと、君を探して探して、探し続けてた』
――ここは、どこ?すごく、さむいの。
『すぐに出してあげるからね。こんな寂しいところで、一人きりで……どうしてこの子がこんな目に……なんで、ボクはこんなに長いことこの子を……』
――ね、だぁれ?どうして、ないてるの?
『――君が、何より愛おしいからだよ。だから、また会えたことがこんなにも嬉しいんだ』
――あえて、うれしいの?
『そうだよ。ボクは君と……君に会うために、生まれ直してきたんだ』
――あなたは、だぁれ?
『ボクは……ボクは、君にとって一番の味方だ。君の一番、一番、強い味方だ』
――じゃぁ、あなたは、わたしの。
『――うん、そう。そうだよ。だから、今日のこの日から、ボクは君の家族だ。今この瞬間から二度と、君が一人になるようなことはない。――それを、誓うよ』
――そうなの?なら、それは……。
※※※※※※※※※※※※※
「――すごーく、嬉しい」
胸に手を当てて、その幸せのときを回想するエミリア。
彼女の言葉を聞きながら、スバルは自分の口の中が急速に乾いていくのを感じていた。
氷の中で眠っていたというエミリア。
彼女の故郷にあったという、祈りの大樹。その幹と共に氷漬けにされて、エミリアはパックの手で救い出されるまでの時間をそこで過ごした。
いったい、どれだけの時間を――?
「エミリア。君が暮らしてたその場所ってのは、エリオール大森林って場所でいいのか?大昔から氷漬けになってる森で、徐々にその範囲が広がってるとかいう……」
「ん、そう。私が目覚めてからは、あの森は氷の森って呼ばれるようになってた。――私が眠る前、みんなと暮らしていた頃は雪なんて降ってなくて、明るい日差しと緑に囲まれた場所だったんだけどね」
「緑……いや、それよりみんなっていうのは?」
聞きかじっただけの土地だ。エリオール大森林のビフォーアフターはスバルにはわからない。だから、気にした別の部分を問い質す。
「みんなはみんな。森の集落で一緒に暮らしてた……エルフのみんなよ」
「エルフの……ってことは、そこにエミリアの家族も一緒にいたんだよな?お父さんとお母さんと……ひょっとしたら、兄弟も」
「――――」
スバルの言葉に哀切の感情で瞳を満たすエミリアを見て、スバルはまたしても自分が勢いで失言したことに思い至った。
いつだったかエミリアは言っていたはずだ。傍らにいるパックだけが、彼女にとっては親代わりであり、唯一の家族であるのだと。
それを思えば、彼女の家族が何らかの形で失われていることはわかり切っていたのに。
「ごめ……そんなつもりじゃ……」
「いいの。スバルは、心配してくれてるんだもの。……でも、森には私の家族はいなかった。集落のみんなは優しくしてくれたし、笑いかけてくれていたけど……血の通った家族と呼べる関係は、あの森にはいなかったの」
「……いなかった、ってのは。両親は……?」
質問に、エミリアは静かに首を横に振る。
それから何か指先に触れることで気を紛らわせるように、自身の三つ編みにされた髪の先端を弄りながら、
「私が物心ついたときには、どっちもいなかったの。そのことをおかしいなって思ったことは、そのときはあまりなくて……お母さんみたいな人は、いたの。すごーく優しくて、強くて、かっこよくて……そんな人が、いたの」
「――――」
「でもその人も、みんなも……私が眠ったそのときに、同じように眠ってしまった。今もエリオール大森林の森の中には、眠りについたまま目覚めない人たちが大勢いる」
「――な!?」
淡々と、事実を口にするだけと自分に任じているようなエミリアの声。その内容にスバルは喉を詰まらせるが、その反応を意に介さずエミリアは続ける。
「私、目が覚めてからはずっと、そうして眠ってるみんなをパックと二人で見守ってたの。いつか、私と同じように眠りから目覚める人がいたとき、何もわからないままでいなくて済むように……そう思って、ずっとそこにいたの」
「……ちょっと待ってくれ」
話される内容の情報量の濃さに、スバルの脳の整理がなかなか追いつかない。
エリオール大森林で、エミリアが初めて見た雪の日に、いったい何が起きたのか。
「俺が知ってる限り、エリオール大森林が凍りつき始めたのは確か……そう、百年ちょっと前だったはずだ。前にどっかで、王選の場か何かでそう聞いた」
「うん。私も、屋敷で勉強するようになってから聞いて、すごーく驚いた」
「つまりエミリアは、そのエリオール大森林が凍りつき始めたとき、その場に居合わせてたってことだよな?その原因を、知ってるってことなのか?」
「――ううん、わからない」
首を横に振り、エミリアはスバルの言葉を否定する。
眉を寄せるスバルに、彼女は痛ましげな表情で目を伏せた。
「ホントにわからないの。あのとき、何が起きたのか……記憶がはっきりしてなくて。小さかったことと、ものすごく恐かったことだけは覚えてる。でも、私はそのままずっと眠り続けていたから、その記憶もおぼろげで……」
「小さかった、とかさっきから何度も聞いてるけど、それは何歳ぐらいのときだったんだ?」
「……たぶん、七歳ぐらいのときだったと思うの」
「七歳……エルフの歳の数え方って、人間と一緒でいいんだよな?」
スバルの質問にエミリアが頷く。
普通に、年数を経るごとに歳を一つ重ねる数え方。エルフは長命な種族として有名で、ハーフエルフであるエミリアも同様だ。とはいえ、長命のエルフにも生まれたばかりの頃というのは存在するわけで、当時七歳の幼いエミリアを責めることもできない。
単純計算でエミリアは現在、七歳と百余年の年齢ということになるが。
「そのぐらいの歳の差、今さら気にするもんでもねぇよ。相手が異世界人の時点で、そんな心配する意味もねぇんだ」
「……スバル、どうかした?何か私、変なこと……」
「言ってない、言ってない。ただ少し、俺とエミリアに歳の差があるんだなって思って見たりしただけだ」
考えの整理と空気の入れ替えがてら、スバルは軽口を交える感覚で雰囲気を調整する。そのスバルの意図を察したわけではないだろうが、エミリアも厳しく強張っていた頬をいくらか緩めて、スバルの言葉に「そうね」と小さく息をついた。
「でも私、眠っていて意識のなかった時間が長かったから、実際の歳ほど成長してる自信ってあんまりなくて……」
「そう、なのか?エルフの成長速度がイマイチわからないから何ともだけど、人間の枠にあてはめるなら十分だと思うぜ」
ベッドに腰掛けるエミリアをさりげなく眺めて、心配げなエミリアの不安を鼻で笑う。
手足は伸び切り、体の起伏も女性らしさを帯びている。憂いを帯びた紫紺の瞳と儚げな容貌は、少女と女性との狭間を行き交う神秘的な美貌を際立たせていた。
十分に、エミリアは女性らしく成長している。
が、そんなスバルの感想は、エミリアの懸念とは少しばかり要点が違ったらしい。
エミリアは「違うの」と首を横に振った。
「私を眠らせていた氷は、時間は止めずに意識だけを眠らせるものだったの。だから氷の中でもちゃんと、私の体は成長し続けていたわ。目覚めてしばらくの間、眠る前とあんまり体の動かし方の勝手が違って、たくさん失敗したぐらい」
「そんな氷……そうか、そういう弊害があるのか」
眠る前が幼い七歳の体だったものが、目覚めたときに成長し切った肉体へと変わっていればそれは混乱を招いたことだろう。
漫画やアニメなどで、子どもが肉体だけ大人に成長するような展開はよくあるが、あんな風に簡単に適応できるはずもない。脳の認識が噛み合わず、エミリアのように四苦八苦するのが当然の流れだ。
「ロズワールに連れられて森を出て、外で勉強して……自分が百年近くも眠っていたんだって知って、すごーく驚いた。そんなに長い間、眠っていたんだって」
「中で普通に歳をとるんなら、エルフとか長命な種族以外が同じ氷の中で閉じ込められっぱなしになったら一巻の終わ……」
り、と言おうとして、スバルは自分が今、何かとんでもない事実を聞いた気がしていた。
目をつむって、スバルは静かに頭の中で数字を組み合わせる。計算し、加算と減算、それから幾度か確かめるように再計算し、疑問を確たる疑惑へ変える。
「エミリア、今さ……百年近く寝てたって言ったよな?」
「ええ、そうだけど……?」
「それで、眠る前は七歳ぐらいだったんだよな?」
「ん、そうよ。スバル、何を……」
「エミリア。パックに起こされてから、何年経ったんだ?」
少なくとも、彼女がロズワールに連れられて森を出たというのが、話に聞く限りではここ半年ほどの出来事。それまでのエミリアはパックと二人、エリオール大森林で暮らしていたことになる。問題は彼女が眠り、目覚め、ロズワールと出会うまでの時間。
スバルの問いかけにエミリアは難しい顔をしたまま、指で自分の唇に触れて、
「……たぶん、七年か六年ぐらい……かも」
「――――」
そのエミリアの答えを聞いて、スバルの中で芽生えた疑問が確信に変わった。
そしてその事実は、激震となってスバルの全身を駆け巡る。
生まれて七歳で、そこから百年ほど眠り、七年前に目覚めた。
それはつまり、こういうことを意味する。
――エミリアは、実年齢約百七歳。外見年齢十八歳。そして、精神年齢十四歳だ。
「実年齢、外見年齢、精神年齢……全部、ずれてる……」
エルフであったから実現した、本来ならあり得ない年齢の三重違い。
スバルの中で、これまでのエミリアの振舞いの多くの疑問点が合点がいった。
百年以上を生きたエルフにしては世辞に疎く、見た目のわりには対人における経験不足感が否めず、時おり子どもじみた仕草や態度の愛らしさが目立つとは思っていた。
それが全て、彼女が人生の大半を氷の中で過ごしたことの弊害だったのだ。
「十四なんて……フェルトと変わらないじゃねぇか……」
どうしてそんな少女に、これほど大きな責任が負わされなければならないのか。ますます王選という仕組みと、ロズワールへの苛立ちが募っていく。
そして、スバルは雰囲気を誤魔化すためだった話題で思わぬ脱線をしたことを反省しながら、しかし決して無関係でない話題に切り込む。
「森が氷漬けにされた理由を、君はわからないって言ったな。じゃあ、君は『試練』の中で何を見るんだ?そのおぼろげな……氷漬けになる前の記憶を、見るんじゃないのか?」
「……そう、だと思う。私が見てるあの景色はきっと、私が眠る前の……本当にあった時間の記憶なんだって、そう思う」
「その記憶にあれだけ恐がってたってことは、やっぱりそこで君や他のエルフたちを凍らせたとんでもない何かと出くわして、それを無意識に拒否してるんじゃ……」
「――違う」
「だって、それぐらいしか恐がるものなんてないだろ?『試練』が見せるのは当人にとって最大の後悔のはずだ。それなら、エミリアが見るのだって……」
「違うって、言ってるでしょう――!?」
推論が組み上がり、思わず言葉に熱が入ったスバルを、そのエミリアの叫びが吹き散らしていた。
エミリアはすぐ、自分が叫んだことを後悔するように目を瞬かせたが、その迷いを振り切るように目をつむり、スバルに泣きそうな顔を向ける。
「私が……『試練』で私が見たのは、そんなものじゃない。そんなもの、私は見ていなかった。……私が、私が見たのは……」
「え、えみり……」
「――悪魔の子」
ゾッと、背中に氷柱を差し込まれたような寒気と鋭さが、スバルの背を貫いた。
両手で顔を覆い、表情を隠すエミリア。その見えない顔の向こうから、静かな声が無感情に言葉を続ける。
「災厄の種。銀色の忌み子。生まれるべきじゃなかった命。憎悪の源。許されざる魂。悪魔。――魔女の娘」
「――――」
「優しくしてくれたみんなに、笑いかけてくれていたみんなに、冷たい雪の中で私はそんな風に言われて、それで……」
カタカタと、エミリアの手足が、全身が小刻みに震えている。
『試練』で向き合わされた、眠りの向こうに置いてきたはずの過去。その剥き出しの悪意を思い出したことで、彼女の体を止めようのない悲しみが襲っている。
「それからのことは、氷の中でもう覚えてない。でも、みんなは今も、氷の中で私を呪っていたことを忘れてないはずだから。ずっとそのまま、呪いを引き継いだままだから」
「――――」
「だから私は、みんなを氷から外に出してあげて……それで、謝りたかったの」
泣きそうな顔で、エミリアはここにいない、その人たちを見るように顔を上げて、静かに頭を下げた。そして、
「迷惑をかけて、ごめんなさい。――私はみんなのこと、大好きです」