『歌姫の価値』
「でわでわ、改めまして自己紹介をば。私、今はあんまり流離っていませんが、大陸を右へ左へ風の向くまま気の向くまま、自由に渡りリュリーレと歌声だけで身を立てる吟遊詩人をやってます、リリアナと申します。以後、お見知りおきょっ」
「噛んだのよ」
楽器片手に優雅に一礼し、リリアナは笑顔で口の端から大量の血を流す。結構な勢いで舌をやったらしい。
ベアトリスが軽く引いた様子に、リリアナは手拭いを口に当てて、
「失礼。盛大に噛みました」
「見りゃわかる。あー、巷で有名な『歌姫』ってのはあんたのことで間違いないのかな?たまたま歌姫と名前被りした歌手が他にいるとは考え難いけど、一応」
「えとえっと、その呼ばれ方はちょっと恥ずいのでご勘弁していただければと思いますです、はい。当方、まだまだ精進の足りない身だと自負してますので、歌姫だなんて歌の最高峰扱いされちゃ鼻っ柱が長くなりすぎて笑われてしまいますよぅ」
もじもじと、拭き方が適当すぎて顔の下半分を赤く染めたリリアナの恥じらい。スバルは指摘するか少し迷ってから、指摘しないことに決めて話の方に集中する。
とはいえ、その言い分は職人としてなかなか意識の高い発言に思えた。
「本意じゃないとはいえ、そう評価されてるってのは素直に称賛されていいことだと思うけど。それでもまぁ、そうやって考えてるってことには感心したよ」
「いぃえぇ、とんでもありません。日々、精進あるのみですのでっ。では、はい」
「――?」
感嘆するスバルに、リリアナが笑顔で手を差し出してくる。
特に何が手に握られているわけでもなく、彼女の行動の真意がわからずにスバルは首を傾げた。そのスバルにリリアナは笑顔を向けたまま、
「歌姫の歌を聞いたんですから、出すもの出してくださいよぅ。まさか、タダ聞きしようってんじゃぁないでしょうね、お客さん。そいつぁ、困りますよぅ」
「さっきの俺の感心を返せ!歌姫の看板使い込んでんじゃねぇか!」
「何をおっしゃっていらっしゃるやら!むしろ、歌で生計を立てる吟遊詩人としての志をなくしていないと言ってください!それとも、霞でも食べて感動を無料で提供しろと言うんですか!?あんまりだっ!」
頭を抱え込んで地団太を踏むリリアナ。
確かに彼女の言い分は正論といえば正論なのだが、先ほどからスバルの中で『歌姫』という呼び名に対する印象が駄々下がりしている。隣のベアトリスにとっても同じらしく、大きな瞳の温度がスバル以上に低下しているのが目に見えてわかった。
「わかったよ。チップ払った方が話がスムーズならそれで。いくら欲しいんだ」
「いぃえぇ、それこそお客さんの心の赴くままにですよぅ。ありったけくださぶべっ」
「いい加減にしろ」
赤く斑に染まった歯を見せて笑った瞬間、スバルはリリアナの頭を鷲掴み。
小顔だからやたらと掴みやすく、そのままぐわんぐわん上体を振って解放。目を回すリリアナは「冗談だったですのにぃ」と唇を尖らせて呟いた。
「そもそも、ミューズ商会へ御用向きということはキリタカさんのお客さんなんですよね?でしたら、私がおひねり掠め取るような無作法をするはずないじゃあーりませんか。てへりこ」
「そう思えるほど俺らはお前を知らねぇし、知れば知るほど信頼度がガタ落ちしてるのが現状だ。そろそろ、出発してくれるとありがたい」
出発前のぐだつきが、そろそろ許容限界を超えそうだ。
すでに道に迷った時点でだいぶ出遅れているのに、これ以上到着が遅れると交渉がまとまるまでに間に合わない可能性すらある。決裂で再チャレンジならまだしも、まとまっている場合はスバルとしても立場がない。
頭を振り、くくった髪の毛をひょこひょこ揺らすリリアナは敬礼し、「了解しましたよぅ」と威勢よく応じて前を歩き出す。
「時にお客さんは、キリタカさんにどういった御用件だったんです?」
「詮索好きは嫌われるかしら。まだ立場がわかっていないようだけど、お前は黙ってベティーたちを目的地まで案内すればそれでいいのよ」
「ぴぃっ!」
恫喝するようなベアトリスの物言いに、リリアナが小鳥のような悲鳴。スバルはたしなめるようにベアトリスのドリルの片方を引っ張り、
「そう苛めるなって。とはいえ、こっちも事情をぺらぺらと喋れるほど口が軽いわけでもねぇ。さすがに簡単には明かせねぇよ」
「私、キリタカさんの関係者ですし、早いか遅いかだけの違いだと思いますよ?」
「それならそれこそ、早いか遅いかの違いだから俺が安全策を取っても問題ねぇな」
「ああ言えばこう言う……あんまり性格がよろしくないですねっ」
「お前は率直な奴だな。歌の才能がなかったら酷いことになってそうだ」
一つの才能が傑出した天才は変人が多いと聞くが、リリアナもその手合いだろう。才覚故に許される奔放さ。かなりギリギリだが。
「でも実際、ちょっと真面目に気にしてはいるんですよね。私、数時間は外に出ているようにって言われているものでして」
「真面目な商談するとき、お前がいたら邪魔そうだもんな。わかります」
「わかるのよ」
「あれ!?なんか期待したのと違う納得されてませんか?心外ですよぅ」
ベアトリスバルの納得に、リリアナは不満げに頬を膨らませる。それから彼女は腕の中のリュリーレを軽く指で叩き、
「閃きました。聞いてください。――荒波、高波、世間の波」
「いや、結構です」
リサイタルが始まりそうになるのを出鼻でキャンセルし、スバルはリュリーレを取り上げる。リリアナが「あー」と手を伸ばすが、子どものような彼女とは身長差があるのでスバルが持ち上げた腕には届かない。
「人質ならぬ楽器質だ。このまま脱線せず、商会まで辿り着けたら返してやるさ」
「何たる極悪!何たる邪悪!何たる劣悪!何たる醜悪!」
「はっはっは、言いすぎだよ!」
この世の悪を煮詰めたような言い方をされて、スバルは楽器の絃を指で弾く。奏でられる音の感覚は、アコースティックギターのそれに似ている。
ちなみにこれでスバルは広く浅く多趣味で多芸だったりするので、実家で練習していた七十年代フォークなら一通り弾き語りすることが可能だ。
往年の名曲をこちらの世界で復活させ、音楽界に革新をもたらすことが可能かもしれない。
「まぁ、思うだけならマヨネーズのときも思いはしたんだけどな」
取っ掛かりが思いつかず、何をすればいいのかわからないまま頓挫した計画だ。
元の世界にいた頃は、異世界ものといえば現代知識を持ち込んで経済無双などが当たり前だったが、実際にやろうとすると何から手をつけていいものかわからない。
マヨネーズで販路拡大とか生産体制の確立とか、何をどうすればいいやら。
「だからギターも趣味の範囲だし、おとぎ話も村のガキんちょに聞かせる程度」
「ちょちょっ、やめてくださいよ!素人さんが適当に触って、壊されでもしたら私の商売道具……うまっ!?リュリーレ弾くのうまっ!そして聞いたこともない曲を弾かれてる!え、ちょ、なに、なんですか!?」
歩きながらコードを掴み、フォークソングを奏でるスバルにリリアナが仰天。目を白黒させる彼女を連れたまま、スバルたちは一路、ミューズ商会を目指していった。
「やれやれかしら……」
その二人を後ろから、疲れた顔でベアトリスがついていく。
ただその足取りはどこか、スバルの奏でるメロディに弾むようなのだった。
※※※※※※※※※※※※※
ミューズ商会の門構えは、それほど左右にある建物と違いがあるわけではない。
一番街と二番街、主にプリステラを利用する内外の人間が分かれる区分けであるが、商会の建物はちょうどその二つの区画の中間地点に位置している。
出入りの利便性を考えれば正門から直通の一番街に立地するのが当然だが、都市内での位置関係はそのままその建物の所有者の力関係をも意味する。
最奥かつ最前、ある種の矛盾が叶うミューズ商会の立地は、都市の中核に携わることを表明しつつも、限界まで勿体ぶっているのが伝わってくる形だ。
「そんなわけで、こちらがお待ちかねのミューズ商会になりますっ」
踊るように身を翻し、リリアナが正面の石造りの建物を手で示す。
四階建ての建物は商会の事務所としてはかなり大きなものだ。少なくとも隣何軒まで同じ高さの建物は見当たらず、存在感を誇示しているのは伝わってくる。
ただ、スバル的に残念に感じたのは、
「正門から見てて目につかなかったんだから当たり前だけど……さすがに『水の羽衣亭』みたいな和風の建物なんてドッキリはなかったな」
「水の羽衣亭って、あの一番街にある風変わりな宿ですか?確かにあそこを基準にされると、キリタカさんも形無しかもしれませんね。でもでも、それよりっ」
上半身と下半身を左右に振りながら、オーバーアクションで擦り寄るリリアナ。彼女は両手を伸ばし、掌を開閉させながらスバルの至近で、
「さささっ、約束は果たしたんですから私の可愛いリュリーレちゃんをお返しになってくんなましっ。その子がいなきゃ、明日のおまんまも食い上げですよっ」
「ああ、はいはい、了解。そら、受け取れ」
弾き語るのに道中で飽きて、孫の手のように背中を掻いたり肩を叩くのに使っていた楽器を返す。慌てて受け取るリリアナは、その無事を確かめる――より前に頬に擦り寄せて、鼻息も荒く戻ってきた楽器にキスをする。
「うへへ、無事に戻ってなによりでした。もう離さない。むちゅー、むちゅーっ」
「すげぇな、お前。通常の態度で俺をここまでどん引きさせたのは、ひょっとするとペテルギウス以来かもしれねぇ」
「ほほう、誰かは存じませんがなかなか見所がありますね、ペテルギウスさん。もしもどこかで会うことがあれば終生の好敵手となったかもしれませんっ!どんな素性の方なのか、ぜひともお教え願いたしっ!」
「魔女教大罪司教だよ」
「まったまたぁ、ご冗談がうまい!よっ、アンタが大将っ!」
踊り子のような肌の露出が多い格好をしたリリアナは、どこから取り出したのか紙吹雪のようなものを投げてスバルのジョークを最大級に褒める。
が、スバルからのリアクションが薄いことに首を傾げ、それから少しずつ表情を真顔へと引き締めていくと、
「ひょっとして、本当だったりします?」
「イグザクトリィ(その通りでございます)。まぁ、もういない奴と比べられることは今後はないだろうから、お前はお前でそのまま生きろよ」
「ちょちょちょちょちょ、待ってくださいっ!」
スバルの投げやりな物言いに、すごい勢いでリリアナが物申す。その態度からスバルはてっきり、さしもの彼女も大罪司教と一緒にされるのは御免だと思ったに違いないと考えたのだが、その次の言葉はスバルの予想したものと違った。
それは、
「今の言葉だと、まるで大罪司教の最期に立ち会ったみたいに聞こえましたが?」
「……だったら?」
質問の意図が読めず、しかし決して穏当なものとは思えず、スバルは怪訝さを込めてリリアナへと問い返す。
まさか、とは思うが。ペテルギウスが大罪司教と知ってこの反応だ。
奴らの得体の知れなさは、どこにいてもおかしくないという毒虫のような部分にも表れているのだ。
ひそやかなスバルの警戒に、傍らのベアトリスも目を細めて見守る。何かあればベアトリスが動く。切り札を切るのは、勿体ぶっては遅い。
微かな緊迫感。
次なる歌姫の動向次第では、彼女の拠点を前に状況が変化する。
そして、リリアナは言った。
「あなたひょっとして……『幼女使い』のナツキ・スバル様ですか?」
「うげ」
「うわ、かしら」
目を輝かせたリリアナの感嘆に、スバルとベアトリスが同時に呻いた。
それは騎士叙勲を受け、名実ともにエミリアの騎士として名乗ることを許されたナツキ・スバルが、この一年間で得たものの中で、もっとも不名誉な呼び名だ。
――曰く、ハーフエルフの一の騎士は、常に傍らに幼女を連れた謎の人物、と。
「クルシュ・カルステン公爵が主導した三大魔獣『白鯨』の討伐において、並々ならぬ助力をして、剣鬼ヴィルヘルムをして恩人と言わせた歴史の介添え人!直後、世界を震撼させ続けた魔女教大罪司教の一角、『怠惰』これをクルシュ公爵とホーシン商会のアナスタシア嬢の力を借りながら撃破。さらには噂の裏付けが取れていませんが、三大魔獣『大兎』をも討伐し、四百年の膠着した時間を動かす最も新しい英雄!」
「痒い痒い痒い痒い痒い!」
「ぞわぞわする評価なのよ」
夢見る乙女の表情で、両手を合わせるリリアナが羅列するのはスバルの功績。いくらか過剰に装飾された言葉ではあるものの、正鵠を射ているから性質が悪い。
内容自体には欠片も否定の要素がないのだ。
それでも、予想外の位置からの攻撃にスバルは羞恥に全身が痒くなり、傍らのベアトリスは小鼻を膨らませながら嬉しそうな顔をしている。
「その後も仕える主のために東西を奔走し、そのあらゆる場面で強力な魔法を使う幼女を従えながら活躍したと噂の、あの!ナツキ・スバル様ですか!?」
「ふふん。なかなか、物事の道理を弁えている奴なのよ。そう、ベティーのパートナーであるスバルこそ、今後あらゆる歴史の傑物共を押しのけて、燦然と輝く一番星になる男かしら。もっと敬い、奉るのよ!」
「へへーっ!」
調子に乗ったベアトリスと、その場でひれ伏してしまうリリアナ。
散々、気恥ずかしい騒がれ方をした上にこの仕打ち。見れば、商会の入口でコントを繰り広げるスバルたちに気付き、通りがかりの人々や商会の従業員がじろじろとこっちを見ている。その全員が、ひれ伏すのがリリアナと気付いて平常に戻る。
「お前、いつもこんな感じで過ごしてんの?周りの『なんだ、リリアナか』って反応がすごいんだけど」
「あ、やめてください。迂闊に触られると熱が出ます。はわわわわ、め、目の前に伝説が、伝説がいるでごじゃりまする。うひひ」
揺すって正気に戻そうとするスバルの前で、リリアナはさらに発狂する。涎を垂らしそうな顔で笑う少女は、ハッと表情を変えて、
「ま、まさかひょっとしてひょっとすると、商会の中で待ち合わせている方というのは私の思った通りのお方なのでわっ!?」
「……違うよ?」
「いえ、そういえば道中でエミリアたんに捧ぐラブソングたらなんとか言いながらリュリーレを弾いてた覚えがありましたっ。エミリアたんが人名なら、それはまさしく私が思い描く人物そのものっ!うひょひょーい、豊作じゃー!」
スバルの苦し紛れの嘘には耳を貸さず、リリアナが飛ぶように商会の中へ駆け込んでいく。反応が遅れたスバルは目を丸くし、それから慌ててリリアナの後を追って建物の中へ。
「スバル!あの娘、楽器落としていったのよ!」
「あいつ商売道具とかそういうのに掛ける気持ちとか本当に適当な!?」
ベアトリスが投げ渡すリュリーレを受け取り、そのままベアトリスと一緒に商会へ飛び込む。受付が驚いた顔で階段の方を見ているのを見るに、どうやらリリアナはそこから上階へ向かったようだ。
「お、お客様方は……」
「俺たちは今、中で応対を受けてるはずのエミリア様の従者だ。遅れてくるって話は聞いてないか?」
「き、聞いてございます。ただいま、お部屋の方へご案内を……ああ、でも今はリリアナ様が……」
「方向はわかってる。階段の方でいいか?」
受付嬢がカクカクと頷くのを見て、スバルはリリアナを追って階段へ。
何故か、エミリアと彼女と合わせることへの不安――不安というより、なんかそれをするとすごいややこしくて面倒なことになりそうな雰囲気がある。
さらに恐ろしいのは、かなり奇人変人であるリリアナとエミリアの相性がたぶん悪くないだろうという客観的事実。良くも悪くもエミリアは、対人経験値と警戒度が圧倒的に足りていない。スバルで少しは学んでほしい。
「変な発言してる奴は、やっぱりそのまま変な奴なんだってことを!」
「なんかやたらと実感がこもった嘆きなのよ」
ベアトリスの突っ込みを聞き流しつつ、スバルは足音を追って三階まで上る。ちょうど、踊り場の向こうにリリアナの着衣の腰巻き部分が遅れるのが見えて、それを追いかけて全力で飛ぶ。パルクール、ここに発揮する。
「どっせい!」
階段を飛ばして上り、スバルは頭から通路に飛び込んで、軽く床に手をついて美しく横に回転。そのまま勢いに乗ってリリアナの影を追い、彼女がとある部屋の前で立ち止まったところで追いつく。
「リリアナ、ステイ!」
「わんっ!?」
涎を垂らさんばかりだったリリアナが、スバルの鋭い呼びかけに悲鳴を上げる。そのまま直立する彼女を捕まえて、スバルは軽く息を切らした。
「お、追いつかれましたが、私の野望はこんなところでは挫けません。勝負は投げませんよぅ、勝つまでわっ!」
「お前がどうしてもエミリアたんに会いたいってんなら、後で俺から頼んで時間は作ってもらってやる。けど、今は大事な話の真っ最中だ。下がれ」
「う……はひ。ちょっと先走り過ぎました」
真剣な声で事の重大さを伝えると、リリアナはしゅんとうなだれる。
肩を落とす彼女にスバルは吐息をこぼし、それから頭を掻いて、握ったままだったリリアナの楽器を彼女へと差し出した。
「あ、どもです」
「商売道具で大事なもんなんだろうが。あんなところにほっぽり出していくなよ。歌姫の愛用楽器なんて、誰かに拾われたら高値で売り飛ばされてもおかしくねぇぞ」
「その場合、買ってしまうモノ好きはキリタカさんですよぅ、きっと」
「お前のパトロン、ずいぶん半端ねぇな!」
スバルの言葉に苦笑し、リリアナは楽器を大事そうに胸に抱え込む。その表情は真剣だから騙されそうになるが、彼女は目先の目的のためにその道具を投げ出したばかりである。この少女の場合、一秒前の笑顔すら信じ切ってはいけない。
「ということで、エミリア様へのお話は後回しでいいんですけど……そしたら、ナツキ・スバル様がお話を聞かせてくださったりするんですか?」
「むず痒いからその呼び方やめろ!あと、話ってなんだよ?」
「そりゃもう色々ですよ色々!伝え聞いてる噂がどのぐらい事実なのか知りたい聞きたい歌いたいですし、そこから得た着想で色んな歌が……そう、後世に語り継ぐような英雄譚が歌えるかもしれません!これは燃える!」
拳を突き上げて、瞳を燃やしながらやる気も燃やすリリアナ。
スバルがその剣幕に戸惑っていると、遅れて階段を上ってきたベアトリスがやっと合流する。彼女はスバルに詰め寄るリリアナを見ると、
「あ、こら、変な娘。スバルに近づくんじゃないのよ。離れるかしら」
「いいじゃないですか、減るもんじゃありませんし。それに『幼女使い』さんと一緒にいる幼女さんにもお話が聞きたいところだったんですよぅ」
「幼女幼女って、ベティーは幼女じゃなく立派な淑女かしら。失礼すぎるのよ」
「お前らピーチクパーチクうるさいっての!いい加減にしろ!中じゃ今、エミリアたんたちが交渉してて……」
不機嫌なベアトリスと、火のついた導火線に気付かないリリアナ。二人の口論に挟まされて、スバルはとにかくこの場を収めようと声を荒げる。
だが、そんなときだ。
「――スバル?」
ふいに目の前の扉が開かれて、中からスバルの名前を銀鈴の声音が呼んだ。
見れば、開かれた扉の中――応接間か何かのような部屋で、長椅子に座って驚いた顔でこちらを見る顔ぶれがある。
エミリアに、オットーとガーフィールを加えたエミリア陣営。対面に座るのは仕立てのいい服を着た細身の青年だ。
ドアを開けたのは、その彼の側だろう中年の男性だった。
「や、やあ、エミリアたん。奇遇だね」
「奇遇も何も、あんなにうるさくして……あれ、キリタカさん?」
気まずい顔で手を上げるスバルに、エミリアが困った顔をする。が、その直後に彼女が呼ぶのは正面に座っていた人物だ。
青年が立ち上がり、幽鬼めいた動きでテーブルの上の何かを取り上げる。
そして彼はスバルの方を向いて、
「ぼ、ぼぼぼぼ、僕のリリアナに触るなぁ!!」
裏返った声と、青年の手から投じられる青い輝きの魔鉱石。
純粋なエネルギーが棒立ちのスバルの前で炸裂し、スバルは眼前が真っ青に染まるのを見ながら、「あ、綺麗」と衝撃に呑まれていった。
――ここに、初日の交渉は決裂した。