『決裂の夜』


 

冷たい視線に切り裂かれ、スバルは声もなく肩を震わせる。

それが怒りによるものなのか、悲しみによるものなのか、ない交ぜになる感情の奔流に巻かれるスバルにはもうわからない。

ただ、

 

「違う……俺は、ちゃんと、みんなの……」

 

クルシュの断言など的外れだ。

魔女教憎しで動いているなど、見当違いの穿った見方に他ならない。

 

スバルの想いは、その源泉は、いつだっていつだって、誰かのためであるはずなのだ。そうでなければならないのだから。

なのに、言葉ははっきりとあとに続かず、それを聞くクルシュは首を横に振り、

 

「自身すら騙せぬ嘘で他者を偽ることなどできない。今、卿の瞳に宿る光を狂気と、殺意と呼ばずしてなんとする。気付いているか、ナツキ・スバル」

 

「――――」

 

「卿は、屋敷に戻ってきたときから、ずっとその目をし続けているぞ?」

 

渇いた指摘に込められたのは憐憫か、あるいは同情か。いずれにせよ、それを聞かされたスバルの反応は劇的で、思わず目元に触れて見えぬそれを指先で確かめようとしてしまっていた。

それをした時点で、クルシュの言葉を否定し切れない自分がいることの証明にしかならないというのに。

 

「卿が魔女教にこだわる理由はわからない。魔女教に人生をねじ曲げられたものも多い。卿もまた、そのひとりなのだろう。その怒りは、憎しみは正当なものであるのかもしれん。だが、それは交渉にはなんら関係ない」

 

「仮に――」

 

「うん?」

 

終わった交渉を蒸し返させまいと、終わることを宣告するクルシュにスバルはなおも食い下がる。片目をつむり、スバルの言葉の続きを待つ彼女に息を呑み、

 

「仮に、俺が魔女教を憎んでたとして、それでどうなる。ああ、あいつらは世界の害虫だ。一匹残らず殺し尽くした方がずっといい。そう思っちゃいるさ。いるが、あんたが言った通りでそれとこれとは関係ない」

 

消えることのない憎悪が、失われることのない絶望が、スバルの胸の中に巣食っているペテルギウスの死を望む渇望が、全身に負の活力をみなぎらせている。

それが決して、他者に良い印象を与える類のものでないことは自覚していた。しかし、そんなものでも今はスバルの正気を保つために必要な感情なのだ。

そして、その感情に振り回されることなく、やらなければならないことを主張することはできていると自負している。

だから、

 

「交渉を打ち切る理由には、それはならないだろうが……!」

 

「また話題がそれているな、ナツキ・スバル。卿の行動の原点が憎悪であるのではないか、という内容は交渉の是非とは無関係だ。もっとも、卿が交渉相手として不適格であるという点には大いに関与する。交渉と無関係とは言い難いかもしれないが」

 

「不適格……ってのは、どういう意味……」

 

文字通りに歯を食い縛り、絞り出すようにスバルは問いを発し続ける。

クルシュは腕を組み、聞き分けのない子どもに接するような寛容さでスバルの問いかけを噛み砕き、

 

「卿の行動の原点が魔女教への憎悪であると仮定するならば、そもそも卿がエミリアに近づいたことすらそのための踏み台に過ぎないのではないかということだ」

 

いいか、とクルシュは組んだ腕の上で右手の指をひとつ立て、

 

「エミリアが王選に名乗りを上げ、彼女の出自が表舞台で明らかとなれば、教義としての魔女教が動き出すことは明白だ。常ならばその活動の糸口さえ掴ませない奴らの頭を押さえる手段として、これほど有効的な囮はそうはない」

 

「俺が!エミリアをだしにして奴らに復讐しようとしてるってのか!?」

 

「今の卿の振舞いで、違うと叫ぶことに説得力があるとでも思うのか?卿の瞳には憎悪が宿り、言葉のひとつひとつに殺意がにじむ。いずれのそれも、深く塗り固められて剥げることも薄れることも、ましてや忘れることもできない類のものだ」

 

違う、違う、違う、違う、違う。

 

断じて、クルシュの発言はスバルの本質を捉えてなどいない。

スバルの気持ちの根源は、誰かを救いたいという気持ちを発端としている。ペテルギウスへの殺意はその事柄を達成するために必要な事項でしかない。

ましてや、手段と目的を履き違えて、そればかりにしか目がいっていないなど邪推もいいところだ。

 

殺さなくては丸く収まらないのだから、殺すための手段を、方策を、それを求めることになんの問題があるというのか。

死ぬべきだ。生かしておいてはならない。自分は正しい。正しい行いをしようとしているのだから、全ては自分に協力するべきなのだ。

 

「俺の憎しみと奴らの邪悪さは関係ない!あいつらは!生きてたらダメなんだよ!だから皆殺しにするべきなんだ!それでみんなが救われる!みんなが助かるんだ!誰も死なずに済むんだから、奴らは死ぬべきで……」

 

「言ったはずだぞ、ナツキ・スバル。自分すら騙せない嘘では他者は偽れない」

 

荒い息を吐き、目を血走らせて反論するスバルにその声は冷たい。

クルシュは目を細めて、肩で息をするスバルを座ったままで見上げると、

 

「憎悪で、殺意で、魔女教憎しで動いていないと発言するのは説得力がない」

 

「どう、して……」

 

「わからないのか?」

 

掠れた声で聞き返すスバルに、クルシュははっきりそれとわかる哀れみを双眸に宿していた。

だが、彼女の言いたいことがわからないスバルは眉を寄せるばかりで、それを受けた彼女は落胆と失望を隠し切れない様子で目を伏せ、

 

「――卿は一度も、エミリアを助けたいと口にしていない」

 

「――あ?」

 

「卿の言葉は誰かを救いたいと、他者を守りたいと、そう上辺だけを繕った内側に黒い感情が煮えたぎっている。少なくとも、王座の間で見た姿とは重ならない」

 

言われた言葉の意味が呑み込めず、スバルは視線をさまよわせる。

 

――自分が、エミリアのことを助けたいと考えていない?

 

そんなはずがない。スバルはいつだって、この世界に落ちてきて、初めて彼女にその命を救われたときからずっと、エミリアのために生き抜いてきた。

王座の間でのことだって、練兵場での一件だって、今だってそうだ。この状況を放置してしまえば、彼女や村は失われる。そのために行動しているはずだ。

断じて、断じて、断じて、憎悪に心を奪われてなど――、

 

「それ以上は、前に進むこと許されませんな」

 

唐突に、その声は沈黙を破ってスバルに投げつけられていた。

 

意識が現実に揺り戻された瞬間、スバルの前に立つのは姿勢を正した老人――ヴィルヘルムだ。彼はテーブルを挟んでクルシュの隣に立ち、年齢を感じさせる皺の中にかすかな憐憫をにじませてこちらを見ていた。

その見下した視線が、態度が、哀れみを浮かべた表情が、妙に癇に障る。

 

「――スバルくん」

 

ささくれ立った感情が苛立ちを覚える中、袖を引かれる感触に視線を向けると、いまだ座ったままのレムが指先で服の端を摘まんでいた。

彼女はその整った面に焦燥感と、幾許かの悲しみをたたえて、

 

「落ち着いてください。ここで暴れたって、なんの解決にもなりません。仮に暴れたとしても、レムではヴィルヘルム様には敵いません」

 

「……暴れる?なに、言ってんだ?暴れるとか、そんなこと……」

 

「ちょっとちょっとぉ、それはいくらにゃんでもにゃいんじゃにゃい?」

 

するはずが、と続けようとして、そんなスバルにフェリスが肩をすくめて大きくため息。彼は目線を上げるスバル、その彼のレムに摘ままれていない方の腕を指し、

 

「しっかり固めた拳にティースプーンなんて握って、どうする気にゃの?親の躾が悪かったのかもだけど、その持ち方はいただけにゃいにゃぁ」

 

フェリスの指摘で初めて気付く。スバルの右手が、出されていた紅茶のカップについていたスプーンを握りしめていた。それも、柄を逆さに握ってまるでなにかに叩きつけようとするかのような乱暴な持ち方で。

 

――いったい、いつの間にこんなことを。

 

「図星突かれたからって、暴れるのにゃんてよしなよ。ここで大暴れしても、レムちゃんが牽制してる間にヴィル爺に真っ二つだよ?」

 

「そして私はそんな命令はしたくないものだな。数日を過ごした仲で、政治的な問題も発生する。なにより、部屋も汚れる」

 

無礼を働かれかけた立場でありながら、こちらを見上げるクルシュの態度には余裕がある。それは器の大きさを示しているようでもあり、こんなちっぽけな金属に怒りを託すしかないスバルの貧弱さを嘲笑うようでもあった。

それら全てがひどく、癇に障る。

 

「どうあっても、力は貸してくれないってんだな?」

 

だから、謝罪するよりも突っ張った言葉が先をついた。

それを受けてフェリスが不快げに、ヴィルヘルムが片目をつむって主を見る。が、当のクルシュは問いかけに「ああ」と応じて、

 

「卿の発言には信憑性が低く、協力したところでこちらが得られるものは魅力的ではない。――故に、静観させてもらう」

 

「魔女教は、くるぜ。そうなったとき、あの村の人たちを殺すのはあんただ。知っててなにもしなかったあんたの『怠惰』があの村を殺す」

 

「ずいぶんと傲慢な物言いだ。ならば、ひとつだけ」

 

唾棄すべき男の代名詞を口にして、スバルはクルシュを睨みつけた。その濁った視線を受け、立ち上がるクルシュはスバルの目を真っ直ぐに見つめる。

透徹した眼差しが、まるで瞳の奥から心の内側まで覗き込んでいるような不快感をスバルに与える。そして、

 

「私は、相対している人間が嘘をついているかどうか、おおよそ見抜くことができる。昔から他者に欺かれる経験がないことが自慢でな」

 

唐突に、そんなことを語り出すクルシュ。

彼女は訝しげに瞳の色を変えるスバルの、その奥を覗き込んだまま、

 

「その経験から言ってしまうと、卿は『嘘』を言ってはいない」

 

「なら……」

 

「己で嘘と思っていない、妄言を真実だと頑なに信じ込んでいる。――それはもはや狂気の沙汰、狂人というものだよ、ナツキ・スバル」

 

今ここで、スバルははっきりとこの交渉が決裂したのだと理解した。

自分をあの狂人と、あの憎むべき男と同じ性質として扱うような人間とともに、大事ななにかを為せるなどとは思えない。

なにより、ここまでの屈辱にはもう心が耐え切れそうにないのだ。

 

歯を食い縛り、唇の端を噛み切ったスバルの顎を血が伝う。

その痛ましい様子を見たクルシュが、

 

「フェリス、治してやるといい」

 

「断る!」

 

フェリスが動くよりはるかに早くそれを拒否し、スバルは身を翻すと椅子を離れる。向かう先にあるのは応接室の出口であり、

 

「これから夕食の時間だが、一緒にはしないのか?」

 

「狂人と食卓を一緒に囲むなんてゾッとしねぇ話だろ?いくらあんたが風流人だか歌舞伎ものだか知らねぇが、ちょっと飛び出し過ぎってもんだ」

 

皮肉に対して皮肉で応じて、スバルは応接室の扉に手をかける。

ふと首だけで振り返れば、居住まいを正したレムも丁寧に彼女らに頭を下げており、

 

「短い間ではありましたが、ご迷惑をおかけしました。当家の主に代わり、御礼を申し上げます」

 

「それが卿の……いや、メイザース卿の答えか」

 

「はい。全てはスバルくんの意思を尊重するよう、言付かっておりますので」

 

意味のわからないやり取りであり、スバルの側からはクルシュの顔は見えない。だが、別れを告げるレムにかけた彼女の声には少なからず無念さがあった。

スバルに対して向けたはっきりとした断絶とは別の感情であり、それすらもどこか苛立たしいものに感じられる。

 

足早にレムが歩み寄ってくるのを見取り、スバルは扉を開いた。

勝手知ったる他人の家だ。ここから玄関へ、そして門の外へ出て王都の貴族街へ出る道順はわかり切っている。

 

「当てはあるのか?」

 

「せいぜい、いい王様になれよ。独裁者的な」

 

背中にかけられた最後の言葉に吐き捨てるように言って、乱暴に扉を閉めた。

こうして、クルシュとの交渉は惨憺たる有様で幕を閉じたのだった。

 

※ ※※※※※※※※※※※※

 

交渉が決裂し、貴族街へとスバルが足を踏み出したのは夕刻過ぎのことだ。

すでに日は西の彼方へ埋没し、世界にはゆっくりと夜の帳が落ち始めている。結晶灯の明かりが等間隔に道々を照らす中、腕を組むスバルは鉄柵に背を預けながらレムが出てくるのを待っている。

 

「くそ、どいつもこいつも……」

 

組んだ腕を指で叩き、スバルは口から苛立ちをうなりで吐き出している。

思い出されるのは今しがたのクルシュとのやり取りであり、いいようにやり込められたという屈辱の反芻だ。

胸中を渦巻くのは協力を得損なったという無念さと、

 

「わからず屋共め……なんで、正しいことの邪魔すんだよ……」

 

自分の道を邪魔する彼女らへの、尽くし難い憎悪に似た感情だった。

 

魔女教を殲滅しようとするスバルの考えは間違っていないはずだ。つまり、それに協力しようとしない彼女らの反応こそが間違っている。

彼女らはあの惨劇を、無情さを、悪辣な男の哄笑を、目にしていないから、耳に聞いていないから、肌で実感していないからわからないのだ。

奴らをこそ、生かしておく価値のない害虫であることが。

 

「もういい、もういいんだよ。しくじったことの、薄情者のことなんざ忘れろ。今はもっと目の前のことを優先しろ……」

 

忸怩たる思いに足を止めているよりも、少なからず前進することを尊ぶべきだ。

もとより、クルシュへの救援要請はスバルにとっては次善策に過ぎない。魔女教の殲滅において、もっと可能性の高い候補は他にある。それは、

 

「お待たせしました、スバルくん」

 

と、苛立ちに足を鳴らしていたスバルの下へ、門扉をくぐってレムが現れた。歩み寄る彼女が手にしているのは、この数日間をクルシュの邸宅で過ごした際に利用していた荷物の数々――置いて出てくるわけにもいかず、それらを回収してくる彼女が出てくるのをスバルが待っていた形だ。

あれだけ啖呵を切って出てきて、忘れ物をしましたで戻っては格好がつかない。戻れないスバルに代わって、その両手に荷物を抱えるレムを迎え、

 

「悪かった。荷物、こっち寄越せよ。俺も持つ」

 

「いいんです。重くないですし、スバルくんはまだ病み上がりなんですから」

 

しかし、スバルの申し出を彼女は固辞。普段ならばスバルももっと食い下がるところだが、思考のタスクを別のことに割く現状ではそこまで拘ることでもない。

すぐに差し出した手を下ろすと、

 

「そういや、レムはクルシュのとこを出るのに反対しないんだな」

 

「はい。それがスバルくんの選んだことでしたら」

 

「まぁ、今さらだけどな。あれだけやらかしたあとでうだうだと治療の続きなんざできるわきゃねぇし。貸し借りがどうとか、エミリアたんに悪いことしちまった」

 

なにかを対価に差し出し、スバルの治療を彼女らに任せてくれたエミリア。その温情を度々、こうして不意にしていることにはいくらかの罪悪感がある。そのあたりに関しては、魔女教の一件が片付き、彼女と和解してからちゃんと話し合う必要があるだろう。大丈夫、窮地を救ったあとのスバルとならきっと話してくれる。

そのためにも、ペテルギウスには確実に死んでもらわなければ。

 

「スバルくん。その、クルシュ様との交渉のことは……」

 

「信憑性がどうの利益がどうのって、小難しいことばっかほざいてやがったな。人の心がねぇんだよ。そんなんで、誰がついていくもんかよ」

 

物言いたげなレムを遮って悪態をつき、スバルはそれきり話を打ち切る。

レムはそんなスバルの心情に配慮してくれたのか、それ以上に今の話題を引っ張ろうとはしなかった。代わりに、

 

「これからどうしますか?スバルくんのお話が本当なら、もう一刻の猶予もありません」

 

「本当なら?」

 

「――っ。一刻の猶予もありません。ロズワール様のお屋敷が……戻りますか?」

 

引っかかりに口を挟むスバル。それに取り合わないレムの投げかけに、スバルは顎に手を当てて「いや」と首を横に振ると、

 

「今、俺らだけで戻っても大したことができない。きっちり、対抗できる戦力を引き連れて戻らなきゃな。それじゃなくても、代替手段がなけりゃダメだ」

 

スバルとレムだけで戻るのでは、前回の展開をなぞるだけになってしまう。

あるいは出発が以前より早ければ、奴らと遭遇せずに屋敷に到達できる可能性はあるが――、

 

「けっきょく、屋敷に残った戦力で奴らを迎え撃つのに不安があるのは変わらねぇ」

 

戦えるのが実質、ラムとレムの二人。あるいはパックと協力したエミリアも戦える内に数えていいかもしれないが、あとは村人とスバルという素人のみ。

ペテルギウスの率いる魔女教徒は全員が武装しており、その戦闘力はレムに及ばないまでもスバルでは太刀打ちできない次元にあった。村人とスバルが戦力比に含められる可能性はかなり少ないだろう。

 

「数が、戦力が足りないんだ。ロズワールはなにしてやがんだよ……」

 

彼がひとりいれば、それだけでうまく使えば魔女教の戦力を駆逐できる可能性がある。なのに、前回と前々回と彼の姿は確認できていない。エミリアのこともそうだが、彼と彼女はあの屋敷のどこに――。

 

「スバルくん、ロズワール様ですが……王都出発後の予定通りなら、今は屋敷におられない可能性が非常に高いんです」

 

「――!知ってたのか?ロズワールが屋敷にいないのが予定通りってのは」

 

「ロズワール様はガーフィールの……ええっと、領内の有力者のところに訪問することになっていて、あるいは数日は逗留している予定に」

 

「くそ、タイミング悪ぃ!それが襲撃に対処できない原因か!」

 

懸念した通りのレムの答えに、頭を掻き毟ってスバルは呪いの言葉を吐く。

やはり、あの変態領主は肝心な時期に屋敷にいやがらないらしい。それが致命的な原因となり、領地が蹂躙されるのだとすれば、

 

「クルシュに言い訳の余地なく、領主の能力に問題ありじゃねぇか……」

 

変態でも有能、というロズワールの印象が、変態で無能という救い難いものへと書き換えられる中、スバルは必死に頭を巡らせる。

つまり、ロズワールという最大戦力が見込めなくなった以上、先の構想通りに圧倒的に戦力が足りていない状況が継続ということだ。これはスバルとレムが無事に帰参できたとしても同じことであり、

 

「やっぱり、戦力を連れて戻る以外の選択肢がねぇ」

 

顔を上げてそう断言し、スバルは固唾をのんでこちらを見るレムに頷きかける。

方針は決まった。そして、時間の猶予も二人にはない。前回や前々回の結果を上回るのであれば、少なくとも明日中には王都を出発しなくてはならない。

今が夜になり始めた時間であることを鑑みれば、あと半日ほどの時間だ。

 

「とにかく、他に協力してくれそうな相手を当たるしかない。レム、王都の地理には詳しいか?」

 

「何度か足を運んでいますし、数日はスバルくんと一緒に見回っていますからそれなりです。……でも、誰を?」

 

「決まってるだろ。――一番可能性が高い、正義のイケメンだ」

 

※ ※※※※※※※※※※※※

 

ラインハルト・ヴァン・アストレアという人物は、スバルにとって理想の人材であると言っても過言ではない。

 

神に愛されたとしか思えない武力に、女神に祝福されて与えられた端麗な容姿。性格は柔和で全てにわけ隔てなく接し、なにより誠実さに疑いようがない。

絶対的な正義の象徴であり、どんなささやかな悪であろうと決して見逃すまい彼の人柄を思えば、確実な協力が得られる。その確信がスバルにはあった。

 

魔女教の連中の、ペテルギウスの悪辣さは人間の尊厳を貶めるものだ。

それは決して許されるものではないし、スバルに許せないそれをラインハルトもまた決して許したりはしないだろう。

 

また、彼ならばクルシュやフェリスのように、お互いの利益が云々といった賢しげな理由を持ち出さないだろうという打算もあった。

誠実で、正しさが胸の奥で輝いているような彼の前に、そういった利権を高々と掲げて交渉するなど馬鹿馬鹿しい。

それが正義であるのならば、王国民を犠牲にするような見過ごしを彼は許すまい。故に、スバルにとってクルシュとの交渉決裂は痛手ですらなかった。

 

ラインハルトならば、必ずやスバルの味方になってくれる。

あのすさまじい剣技で、必ずやペテルギウスの首を叩き落としてくれる。

 

期待と、それ以上の加虐的な充足感に唇が歪むのを感じながら、スバルはゆっくりとした足取りで彼の下を目指し――、

 

到着した人気のない別邸を前に、彼の英雄が『王都を二日前に出立していた』事実を知らされることとなる。

 

夜が、やってくる。

王都を出立する、制限時間までおおよそ十二時間。

屋敷が襲撃され、あの惨劇が巻き起こるまでおよそ四日。

 

――魔女教を殲滅する此度の挑戦に、暗雲が立ち込め始めていた。