『舞台裏×悪巧み×指切り』


 

――時は少し戻り、メイザース領へ向かう最中の作戦会議の場面へ。

 

「村人やエミリアたんに、魔女教が迫ってるって事実は知らせない。避難の理由は……ぼんやり、山賊やら野盗やらが近くに紛れ込んだとかでいいと思うんだが」

 

「事実を隠匿する根拠は……これは、聞くまでもないことか」

 

スバルの持ちかけた策の出がかりを聞いて、ユリウスが嘆息で理解を示す。ネクト越しに繋がる面々からも、同様の反応がいくつか戻るのを感じながら、

 

「悟り切った反応をありがとよ。……みんなが思ってくれた通り、魔女教がこの騒ぎに関係してるとばれた場合、被害者の意識の矛先がエミリアたんに向く可能性が高い。そんな風に思う連中だなんて、俺も思いたくなかったんだが」

 

スバルの期待に沿う結果にならないことは、スバル自身が実際にその目で見てきたことからわかり切っている。

エミリアの出自はあの気の良い村人たちにとってすら例外ではなく、疎んで当然の忌むべき血族でしかないのだ。

 

その歪んだ差別意識に対する憤慨と反骨心はいくら語っても尽きることがないが、それをこの場ですぐに撤回させることができるわけではない。スバルは胸中に燻る根強いそれらへの苛立ちを一時的に忘れて、長い吐息で心を落ち着かせ、

 

「山賊、そのあたりで統一するか。王都方面を騒がせてた奴らがこっちに入り込んで、同盟関係にあるクルシュさんの陣営が助太刀に参上。そんなとこでどうだ?」

 

「陳腐ではあるが、言うほど穴のない意見ではあるね。問題はエミリア様や村の人々がそれに騙されてくれるかだが……」

 

「実際、これだけ数揃えてるとこと、先行してる行商人部隊の存在があれば不自然さから目をそらすには十分だと思うぜ?それに、全員を全員、騙すつもりがあるわけじゃない。そのあたり、見誤らない相手には心当たりがあるからな」

 

自信ありげなスバルの態度に、ユリウスは片目をつむって「そうかい」と応答。その彼に代わって、スバルの作戦に質問を飛ばすのは、

 

『エミリア様が批判の的ににゃらにゃいようにしたいってのはわかるけど、でもでもそれだけにゃらさっきのスバルきゅんの意見はよくわかんにゃいよネ?』

 

「わからない……ってのは、どこが?」

 

『エミリア様と感動の再会をするつもりがない、って部分だヨ、スバルきゅん』

 

この作戦において、スバルの心をもっとも惑わせる部分を容赦なく突いてくる存在――フェリスだった。

彼はスバルが口ごもるのにも躊躇せず、疑問点を突き詰めるように、

 

『クルシュ様との同盟締結に、白鯨討伐にも協力。さらにまさに今、領地を脅かす外敵を倒すために援軍を連れて戻る――これ、どこの英雄譚って感じにゃのに。手酷い別れ方したって聞いてるけど、汚名返上して余る活躍ぶりだと思うけどにゃー』

 

「改めてそれだけ羅列すると頭悪い活躍ぶりだな。……ま、実際俺がやらかしたことのツケを考えると、それぐらいの手柄でもなきゃ挽回できるとも思えねぇけど」

 

『スバルきゅん、もちょっと客観的に自分の行いを振り返った方がいいんじゃにゃいかなーってフェリちゃんは言ってみる』

 

自罰的なスバルの発言にフェリスがそうぼやくと、周囲からも彼に同意するような意思が伝わってくる。それらの思いやりを嬉しく思う反面、エミリアとの別離の際に自分のやらかした愚かしさを思い出し、自嘲は収まる暇がない。

あれだけの愚行と暴言、どれほどの手柄を積み上げればなかったことにできるというのか。

 

「なかったことになんか、できるわけがねぇ。あれがあのときの、俺の本音だ」

 

身勝手に振舞い調子に乗って、想い人の心を欲しいままに求めた浅ましい自分。今になって振り返って、その醜悪さに目を背けたくなる――だが、それも自分だ。

 

「だからこそ、本音は手柄持って帰ってあんときのことを全部詫びたいんだが……」

 

『それができにゃい?』

 

「俺がいるとわかれば……いや、俺が村に残って外敵と戦うとわかったら、それで大人しく逃げてくれるような子じゃないんだよ。十中八九、一緒に残る。それでなくても途中で引き返してきちまう。あの子はそういう子だ」

 

『でも、ケンカしてるんでしょ?それでも……』

 

「ケンカ別れした相手を死地に置いてって、それでせいせいしたって胸を撫で下ろせる子だったら……俺もこんなに入れ込まなかっただろうよ」

 

前回の失敗は、ペテルギウスの逆襲を予想できていながら、その悪辣さに対しての警戒を怠ったこと。そして会わせてはいけないとわかっていたはずのエミリアと狂人を出会わせてしまったこと――その二つが大きい。

 

前者に関しては、いくつかの推論の突き詰めから攻略法は見えつつある。これもまた、前回死んだおかげであるというのが皮肉な話だ。

そして後者に関しては、

 

「外敵が魔女教であって、それがエミリアたんを狙っていると本人に気付かせないこと。外敵と戦う討伐隊に自分縁の……つまり、俺がいると報せないこと。これが、エミリアたんを戦場から遠ざける必須条件だ。言い切るぜ」

 

『そこまで警戒しにゃきゃダメにゃこと?エミリア様なら、討伐隊に加わっても足引っ張らにゃいと思うヨ?あの大精霊様だってついてるんだし……』

 

「クルシュさんの例を考えると、エミリアたんの名声値稼ぎには陣頭指揮してもらうのが最適だと思うんだが……今回は見送らせてもらう。魔女教と――大罪司教の試練を、エミリアたんに受けさせるわけにはいかない」

 

スバルの断固とした言い切りに、フェリスは肩をすくめる仕草を伴って納得の態度。それを受け、他に質問がないかとぐるり周りを見渡し、誰からも疑問の声が上がらないのを確認して安堵の吐息。

 

「村人の説得には俺と……クルシュさんのとこの軍隊ってわかった方が安心してもらえるだろ。フェリスとヴィルヘルムさんあたりに協力してもらいたい」

 

『承知しました』『りょうかーい』

 

二人の承諾の声を聞きながら、スバルは荷物の中から白いローブを引っ張り出すと、やや袖や丈の長さに不安の残るそれに袖を通す。

本来の持ち主に対して大きめに作られたそれは、問題なくスバルの体を覆い隠し、

 

「ほのかに香るエミリアたんの臭いが、俺のやる気を増進させる――!」

 

「今の発言は聞かなかったこととするが……見たところ、それはずいぶんと変わった術式を帯びたローブのようだね」

 

「なにを隠そう、この数日間のエミリアーゼ欠乏症から俺を守り続けてきた特効薬だからな。眠れない夜はこっそりとこれを顔に押しつけて、悶々とした気持ちを発散させるのに役立たせてもらって……おい、なんだよ、その面。仕方ねぇだろ!好きな子の所有物にムラムラするぐらい、誰でも通る道だろうが!」

 

心なしか隣を走っていたユリウスの地竜に距離を空けられた気がしてスバルは憤慨。そんなスバルにユリウスは呆れの吐息をこぼし、「それで」と前置きすると、

 

「話を戻すが……そのローブは?羽織った瞬間、君の存在がかすんだように思えたが」

 

「ああ、なんでも『認識阻害』の術式だかなんだかで編まれてるらしくてな。ロズワールお手製の便利グッズで……もともとはエミリアたんの私物だ。たまたま、そうたまたま今は俺の手にあるけどな。盗んだんじゃねぇよ?」

 

「出所に関してはいずれ追及するとして、それで……ああ、そういうことか」

 

スバルの返答に対する言葉の途中、ユリウスは合点がいったと顎を引く。その仕草にまるで自分の思考が読まれたような不快感があって、スバルは「なんだよ」とその悪い目つきをさらに悪くして美丈夫を睨む。だが、当の騎士は涼しい顔で、

 

「君の損する性分を改めて理解した、といったところだろうか。はっきり言って合理的ではないよ。……アナスタシア様とは正反対だな、君は」

 

「最終的に欲しいものは丸ごと全部手に入れるつもりでいるから、むしろ俺以上の強欲はそうそういないと思うけどな。エミリアたんの賞賛もなにもかも、そっくりそのまま俺のものだぜ。燃えてくるな!」

 

手綱を握り締めて歯を剥いて笑うスバルに、ユリウスはすでに何度目になるかわからない嘆息をこぼし、前を向くと誰にも聞こえない声で、

 

「時折、今のように騎士であるこの身が呪わしく思えるときがあるよ」

 

と、そうこぼしたのだった。

 

※※※※※※※※※※※※※

 

――メイザース領に入り、即場所の割れている魔女教の撲滅がこれまでの方針。

だが、今回は魔女教徒とのドンパチを先に持ってきて、奴らの警戒心を刺激してやるわけにはいかない。できる限りの隠密性を保ったまま街道を抜け、林道を通って村に入り、村人たちに避難誘導に関する説得を行わなければならないからだ。

 

正直、この時点で魔女教徒に横合いから奇襲を受けるのが今回の作戦の流れにおいて致命的な展開であったといってもいい。一度、魔女教と事を構えてしまえば、せっかく練った今回の策も全て水に流すより他にないからである。

もっとも、過去最大級の警戒心を抱いて臨んだ領地の行軍の最中、その無粋な横槍が入るアクシデントは幸いにも生じず、

 

「無事に到着して……おーおー、ギスギスしてるしてる」

 

村の入口に討伐隊が到着した時点で、村の雰囲気はすでにかなりの疑心暗鬼に満ち満ちているところであった。

村へはかなり飛ばして真っ直ぐ辿り着いたはずなのだが、村内の端に留められた竜車の群れを見るに、行商人たちの到着は昨日の夜半といったところか。

 

スバルたちが街道の真ん中で白鯨と戦い、休息を経てから出発したことを考えると、迂回したとはいえ先行組の行商人たちが数時間のアドバンテージを得るのも当然と言えるだろう。つまり、

 

「白紙の親書はもう屋敷に届けられたあとで……」

 

それを見て、受け取った側のエミリアに大いなる混乱と、そして彼女の傍に控えていて同じ書状を目にしただろう人物は、

 

「白紙の親書を持ち込んだ行商人に続いて、今度は武装集団の登場とは……ここがどなたの領地であるのか、理解していないようだわ」

 

村にずかずかと入り込むスバルたちを、腰に手を当てて不遜な顔つきで見上げながら敵意を持って出迎えてくれた。

桃色の髪を短く切り揃えて、給仕服に小柄な体を包む愛らしい顔立ちの少女――ただし、その猫じみた愛らしさの下に鋭い切れ味の性格を隠し持つ食わせ物なのをスバルは知っている。

 

「それで、そちらの方々はどんな御用でこちらの村へ?この騒ぎ……夜中に急にやってきた商人たちと無関係とは思えないけど」

 

「行き違いのすれ違いで色々あるとは思うけど、そんな敵意満々で睨むなよ。久々の再会なんだし、笑顔でタップ踏んでくれていいんだぜ?」

 

「身勝手な言い分を……聞き覚えのある戯言だわ」

 

険のこもった視線に対し、おどけた仕草でパトラッシュの上からスバルが応じる。と、その返答に対して少女――ラムはなにかに気付いたように眉を上げる。まじまじと目を凝らし、彼女は白いローブを羽織るスバルを凝視して、

 

「……バルス?」

 

「そ、正解。しっかし、真面目にすげぇなこのローブ。知り合いと会話しても、疑ってじっくり見て半信半疑ってレベルか。鬼がかってんな」

 

フードを後ろへ跳ねて、顔を露わにしてスバルは感嘆の吐息を漏らす。それから身をひねって地竜の上から颯爽と降りる。

 

「とりあえず、この状況の話を――をぼっ」

 

着地失敗。ぐきり、と鈍い音が足首から鳴り、激しい痛みが脳味噌をつんざいた。その場にしゃがみ込み、半泣きになりつつ、

 

「はなっ……話、話をしよう……!この絵面にいったい、どんな思惑があるのかっ、それを説明させてくれ……っ」

 

「いちいちしまらないところがまさしくバルスだわ。ご機嫌を損ねて王都へ置き去りにされたと聞いていたけど……どの面を下げて戻ってきたの?」

 

「ホントに容赦ねぇな、お前!?イマイチ反論もできねぇけどこの面下げておめおめ舞い戻ってきたよ!ただで戻ったわけじゃねぇけどな」

 

足首の痛みも忘れる勢いで立ち上がり、スバルはラムの前で手振りしながら健在ぶりを表明。そうしてスバルとラムが顔を突き合わせて話していると、

 

「――おい、あの集団の先頭にいるの」

「ラム様と話してるのって、スバル様じゃないか?」

「あー、スバルだー!戻ってきたの?」

 

それまで、事態の進退を不安げな表情で見守り、ラムに交渉を任せきりにしていただろう村人たちがこちらを指差し口々に話し始める。

スバルの出現に、見ず知らずの謎の集団が『見知った人が率いる謎の集団』に格上げされた結果だろう。

 

「それで、どんな用件でこんな大人数を連れ帰ったの?報復のつもりなら、ラムは留守を預かる身として徹底抗戦せざるを得ないけれど」

 

「俺ってそんな恩知らずだと思われてんの!?悪いことすりゃ叱られて当然だろ。それで逆恨みしたり拗ねたりなんて……まぁ、してたけど」

 

「やっぱり。バルスを人質にして、屋敷まで強行突破で道を作るわ」

 

「結論早ぇよ!そして今は逆恨みも拗ねもしてねぇから信じろよ!」

 

小さな杖を抜き、わりと本気でこちらの首を極めようと動きかねないラムを牽制しつつ、スバルは突き出した掌を上へ向けて、

 

「報復なんてもってのほかだし、悪ふざけでこんだけの大人数巻き込んだわけでもない。……行商人の人から、親書は受け取ったか?」

 

「……白紙のそれを親書と呼べるなら、受け取ったわ。ラムとしては果たし状のような意味合いで受け止めたけれど」

 

「お前そんな血気盛んだったっけ?なんでもかんでも攻撃的に捉えてないで、ちょっと小魚食べてカルシウム補給して落ち着けよ」

 

いちいち噛みついてくるラムに苦笑し、それからスバルは白紙の親書に関しては手違いであった点を説明。不承不承、といった様子でラムは頷いたが、

 

「それじゃ、親書の内容はともかく、形式としては信じていいということね。そうなると、本来の内容はなんだったのかしら?」

 

「そらもちろん、俺が王都へ残った本来の目的――エミリアたんとクルシュさんの陣営の、同盟締結に関しましてですよ」

 

ラムの問いかけに鼻の穴を膨らませて、堂々とスバルは並ぶ討伐隊を腕で示す。そのスバルの所作を合図としたように、その集団の中から前へ出る影が二つ。

フェリスとヴィルヘルムだ。彼らはスバルの隣に並び、それぞれの礼でもってラムに対して挨拶を入れると、

 

「クルシュ・カルステン公爵閣下の名代として、此度の遠征に派遣されましたヴィルヘルム・トリアスと申します」

 

「同じく、クルシュ様の一の騎士のフェリスでーす。後ろの集団の団長がヴィル爺で、フェリちゃんは副団長ってとこかにゃ?よーろーしーくっ」

 

厳粛なヴィルヘルムに対し、どこまでも軽薄なフェリスの挨拶。

対照的な挨拶を向けられ、ラムは彼女にしては珍しく鼻白んだ様子で瞬きし、

 

「ご丁寧な挨拶、痛み入ります。ラムと申します。ロズワール・L・メイザース辺境伯の屋敷にて、侍従長を務めさせていただいております」

 

即座に意識を切り替えると、スカートの端を摘まんで丁寧にお辞儀。ここの所作だけ見ていると、なるほど完璧なメイドとしての教育の片鱗がうかがえる。もっとも、仕事を始めれば給仕としての能力には荒が多い彼女なのだが。

 

「今回、二人と他の人たちにきてもらったのは他でもない。ラムも気付いてると思うが……森に潜んでる、怪しげな連中を追っ払うための増援だ」

 

「……バルスはどこでそれを」

 

「王都の方じゃむしろ有名な話だぜ?ハーフエルフを支援すると表明して、周りに総スカン食らってる辺境伯の領地。――売り出し中の山賊共が、一時の隠れ蓑として選ぶにはこれ以上の場所はない、ってな」

 

声をひそめて、ラムの言葉にしれっと嘘で返すスバル。そのスバルの返答にラムは思わしげに目を細め、聞いていたフェリスとヴィルヘルムはそれぞれの反応で顔の皺を変化させる。しかし、

 

「というのが建前」

 

「は?」

 

「声小さくするのと、驚いて声をでかくするなよ、周りに聞かれたくねぇ。……森にいるのは魔女教だ。狙いはエミリアで、村の連中も皆殺しにするつもりでいる」

 

「――――ッ」

 

顔を近づけ、声をひそめてスバルは真実をラムへ告げる。

その事実にラムはかすかに目を開き、喉を詰まらせるように息を切った。そして、

 

「ちょっとちょっとちょっと、どうしたのさ。話が違うじゃにゃい。誰にも言わないで、山賊って方向でいくんじゃにゃかったの?」

 

突然の方針変更に驚いた様子で割り込むフェリスに、スバルは「おいおい」と肩をすくめて首を振り、

 

「そんな子供騙しで、うまいこと全員騙せるわけねぇだろ。最初からラムには事実を教えとくつもりだったさ。避難する側にもこっちの事情に通じてる奴がいないと、不測の事態に対応できねぇし」

 

「――彼女は信用してもよろしいのですな?」

 

暴露の真意を口にするスバルに、今度は鋭い視線でヴィルヘルムが問う。スバルはその剣鬼の眼光を真っ向から受け、「ああ」と自信ありげに頷き、

 

「こっちと通じるのにラムより適任はいないさ。なにせ、口裏合わせがうまくいかなきゃエミリアたんが面倒なことになって……それはイコールでロズワールに不利だ。お前ならそのあたり、判断を間違わないだろ?」

 

試すような物言いと、挑発的な笑みを浮かべてスバルはラムを振り返る。そのスバルの言葉にラムは片目をつむり、小さく唇を綻ばせると、

 

「どうしたの、バルス。しばらく見ない間に、ずいぶんと小賢しい頭が回るようになったのね」

 

「思考停止してると碌な目に遭わないって体当たりで学んだんでな。で、実際のとこどうよ、答えは」

 

スバルが持ち上げた手の先で指を振ると、ラムは小さい吐息を長くこぼし、それから観念したようにゆっくりと首を横に振って、

 

「――それがロズワール様の利になるのであれば、ラムはなんでもするし、なんでも協力する。この答えで、満足?バルス」

 

「ああ、ばっちりだ。お前は従者の鑑だぜ、ラム」

 

本心から仕える主のために、仮初の主を欺く契約を受け入れるラム。そんな彼女にスバルは悪巧みを――否、悪戯を仕掛ける悪ガキのような表情で笑ったのだった。

 

※※※※※※※※※※※※※

 

「前々からそうだと思っていたけれど、バルスはどうやら本当に馬鹿なようね」

 

――作戦の概要を洗いざらい話し、それを聞き終えたラムの最初の発言だ。

 

彼女は合間合間に質問を挟みつつも、最後までスバルの立てたプランを聞いた上で理解と賛同を示し、その最後に今の言葉を付け加えた。

 

「そんなに褒められると照れるな」

 

「言ってなさい。……本当に、エミリア様にはなにも言わないでいいのね」

 

「だぁーかーら!どいつもこいつも俺の未練を引っ張ってくれんなっつの。平気、大丈夫、問題なし!むしろ、大事なあの子のピンチを人知れず颯爽と救っちゃうとかシチュエーション的に超燃えねぇ?」

 

あくまで軽々しい態度を崩さないスバルにラムは諦めの吐息。それから彼女はヴィルヘルムとフェリスの方を見て、

 

「うちの使用人見習いと一緒で、心労をお察しするわ」

 

「少々、突飛な行動と言動と感情表現が目立ちますが、スバル殿は見所のある人物ですよ。この歳をして、教えられることが多々あります」

 

「フェリちゃんはヴィル爺ほど攻略されてにゃいから、素直にラムちゃんの言葉を受け取ってみたり?まあ、少しはマシになったかにゃーとは思うけど」

 

ヴィルヘルムの絶賛とフェリスの若干のデレ。二人からの反応にラムはスバルを見ると、

 

「ずいぶんうまく取り入ったようね」

 

「お前、俺の評価異常に低いよね。正当といえば正当なんだけど凹むわ」

 

そうしてラムとの会話に一区切り。

彼女がスバルの策に異論がないと受け入れると、懸念はこれでほぼ消える。あと残すところの問題は――、

 

「ちょっと久々の対面であれなんだが、話を聞いてもらっていいかよ、みんな!」

 

村の中央へ進み出て、スバルは手を大きく振りながら視線を集める。

居心地悪げな行商人方が、余所者だらけで不安そうな村人たちが、待機を命じられている討伐隊の面々が、一斉にスバルを注視する。

狙い通りとはいえ、こうして全員からの視線が一身に集まると緊張感が高まる。スバルは感じるプレッシャーを、どうにか使命感で押しのけてから笑みを作り、

 

「とりあえず、この騒ぎは俺のせいだわ。ちょっと色んな場所に話が通り辛くなってたみたいでさ。うまく調整したいんだけど……いいか?」

 

指を立てて上へ掲げ、スバルは全員に問いかける。

しん、と沈黙だけがその問いかけに戻ってきて、置いてけぼりの感覚がひどい。

呼びかけにこれだけ大勢からノーリアクションだと精神的に削られる。元の世界でHR中の居眠りとか、ずいぶん残酷してたなぁと担任教師に今さら詫びたい。

そんなノスタルジーにスバルが浸っていたところ、

 

「――話を、聞かせてもらおうかの」

 

と、言いながらひとり、スバルの方へ足を踏み出した人物がいた。

誰であろう、村人の中から現れたそれは見慣れた特徴的な白髪の髪型の人物で、通称を『ムラオサ』と呼ばれる、村長職とは無関係の一般老人だ。

貫禄だけは代表者級のムラオサは、その立派な顎ヒゲを指で梳き、

 

「状況がわからず、不安でいたところじゃ。その説明をしてくれる……それが村の恩人ともなれば、聞かぬわけにもいくまいて」

 

「村の恩人て、オーバーな。俺は別に……」

 

「それこそ謙遜がすぎますよ、スバル様。あの夜、スバル様が森に入って子どもたちを連れてきてくれなきゃどうなっていたことか。そのあとのことだって、村の人間で知らない奴はいやしません」

 

ムラオサの言葉に否定的な返答をしかけるスバルを、さらに進み出た角刈り青年が遮る。青年団所属の彼は短髪に指を差し込んで乱暴に掻きながら、

 

「不安そうにしなくたって、みんな話を聞きますよ。ロズワール様がしてくれたのと同じぐらい、スバル様にだって世話になったんですから」

 

「不安そうとか、強がってる俺の小ウサギマインドを見抜くなよ。……嬉しいけど、マジ照れ臭い!決め顔作った俺が馬鹿みたいじゃん!」

 

思わぬ温かい言葉を浴びせられて、スバルは耳まで赤くなりそうな感覚に堪えかねて頭を抱える。それからしばしその場で回ってクールダウン。その間に、村人たちはぞろぞろとスバルの周りに集まって聞く体勢。

自然、ラジオ体操のときのような円陣の形が組まれて、

 

「おーおー、集団行動はなんでもやっとくもんだ。このまま勢いで久々のラジオ体操に入りたいとこだけど、時間がないからぱぱっといこうか」

 

視線の多さは先ほどとほぼ同等だが、彼らから向けられる視線は慣れたものだ。

親しげに振舞われるそれが、スバルの知る彼らの人柄そのもののようで内心に喜びの感情が溢れる。前回、ここでスバルは彼らの負の面に触れた気がして、この説明の場を上手く回せるか不安だったのだが、

 

「いいとこがありゃ、悪いとこもある。人間だもんな、当たり前だ」

 

小さく呟き、スバルは目をつむると、それまでの不安を歯を噛むことで忘れた。それから普段の不敵で礼儀知らずな小僧面を取り戻し、その場で足を踏み鳴らすと、

 

「んじゃま、ちょいと静粛にお耳を拝借。平和でのんびり暮らしてたみんなにゃちびっとショッキングな話だが、どうぞ落ち着いて聞いてくれ。実は……」

 

――途中途中、小粋なジョークを挟みつつも、スバルは『山賊到来』の偽装情報を村人たちへ伝達する。ついでに聞き耳を立てているらしき行商人たちにも聞こえるように声量を調整しつつ、疑問質問を入れさせずに最後まで説明し切り、

 

「ってなわけで、領主不在の状況で勝手ながら動かさせてもらったわけだ。きてくれた討伐隊は王都指折りの精鋭部隊で、おまけに所属は公爵家!筋金入りのプロフェッショナルなんで任せて安心……どう?」

 

軽妙な語り口でセールストークのように安心を押し売りし、最後の最後で首を傾けて反応をうかがう。できる限り、不安を煽らないように楽観的な態度を心がけたつもりではあるが、それでも事が事なだけに村人の動揺は隠せない。

 

「急にそう言われても、家畜の世話もあるし……」

「畑の手入れもある。村から出ない方向で話を済ませるわけにはいかないのかね」

「これだけ人数が揃っているなら、村の防備を固めれば山賊も手出しできないんじゃないか?」

 

と、いった形の意見がちらほらと聞こえ始める。

それら全てに、少なからず頷ける要素があるのだから説得というのは難しい。どうにか屁理屈でまとめて、とスバルは口を開きかけたが、

 

「勘違いをしているようだけれど、あなたたちに選択肢を与えているわけではないわ」

 

「ちょっ」

 

なだめてすかしてどうにか妥協点を探ろうとしたスバルを追い越して、いっそ薄情に思えるほどに冷たい声音で切り込むラム。

村人たちがギョッと顔を上げる中、彼女は腕を組むと小さく鼻を鳴らし、

 

「バルスが話しているから提案に感じているようだけれど、これはもっと上の思惑――領主、ロズワール様の意向が働く領主命令よ。あなたたちの安全も、生活も、それらは全て二の次。ロズワール様の名代に従いなさい」

 

「その言い方はねぇだろ!お前が言い方キツイキャラなのはわかってっけど、さすがにここじゃ聞き流せねぇぞ。この人たちだって生活が……」

 

「自覚が足りないのはバルスも同じことよ」

 

言い募ろうとするスバルを、ラムは鋭い眼差しで射抜いてくる。それに怖じずに、しかし意図を測りかねて眉を寄せると、

 

「この場で、ロズワール様の名代を名乗れるのは現状、王都での交渉を任されていたバルスだけよ。領主の名代として、領民に対して義務を果たしなさい」

 

「義務って……」

 

「領主は領民の生活と安寧を守る義務がある。身の安全を守るために避難させるのも領主の務めなら、それに伴う弊害への保障も領主の務めよ」

 

きっぱりと言い切り、ラムはまるでここまで言わせるな、とばかりにスバルを見上げて唇を尖らせる。その彼女の態度と台詞の中身に、スバルは「うあー!」と頭を掻いて首を大仰に振り、

 

「お前、本当にわかり辛い。なんなの?それとも俺がリーディング女心のレベルが低すぎてお話にならないだけ?超めんどい」

 

「ラムを簡単に理解できると思われるのは心外だわ。ラムの全てはロズワール様に捧げているもの。バルスに理解なんてされたくもない」

 

すげない反応と主に対する陶酔し切った発言。その部分だけ切り取ると、なるほどやはりレムとは姉妹なのだなぁと見た目以外の部分で思わされてしまう。

と、無意味にレムとのやり取りが思い出されて赤面しそうになるので、スバルは咳払いして村人たちへ向き直る。

目の前で口論を始めた二人に不安そうな彼らに対し、スバルは頷きかけながら、

 

「あー、ラムの言い方が悪くてごめん。でも、俺の意見もぶっちゃけ同じだ。みんなに避難してもらう……ってのは決定事項だ。命令とかそういうのはなるたけしたくねぇんだけど、ここにいて安全が確保できるかっていうと危うい。リスク回避のために割ける労力は割くべき、ってのが俺の意見だ」

 

「――――」

 

「もちろん、みんなの意見もわかる。家畜の世話も畑の手入れも、急にお出かけって言われたって準備もろくにできねぇだろうさ。だから、そのあたりの保障は……俺に権限なんてあるわけじゃねぇけど、下げられる俺の頭は一個しかないから、この頭下げてロズワールに頼み込む。どうにか、みんなに不利益いかないよう頑張るから」

 

話しながら、スバルは自分の手の届く距離の短さを改めて実感する。

それを情けなく感じながら、それでも誠意だけはしっかり示そうと心に決めて、皆に見えるようその場に膝をついた。

どよめきが広がり、ラムも目を見開く。ただ、後ろに控えているヴィルヘルムやフェリスといった面々だけは、仕方なさげにスバルのそれを見守っていた。

 

「――どうかみんな、色々と言いたいことはあるだろうけど呑み込んでほしい。その上でひとつ、俺たちにみんなを守らせてくれ」

 

「――――」

 

「頼みます。そのために俺、戻ってきたんだよ」

 

押し黙る村人たちは、まるで喉にものを詰まらされたように沈黙する。

それもそのはず――彼らにとっての恩人であるところのスバルが、自らの額を地面に擦りつけて、『守らせてほしい』と懇願しているのだから。

 

これでは立場があべこべだった。

傍目から見たら意味のわからない光景、でも確かにそれはスバルらしい姿で。

 

「――ああ、しょうがないなあ、スバル様は」

 

誰かが、噴き出すようにそう言ったのが聞こえた。

それを皮切りに、笑いの衝動はそのまま周囲に伝播していき、

 

「そんな一生懸命に、守ってくれるなんて言われちゃ仕方ない」

「やだねぇ。あたしゃ、なんだかしばらくぶりに胸が熱くなっちゃったよ」

「スバル様は本当に、困ったお方だ」

 

おそるおそる、スバルが顔を上げる。

朝の眩しい日差しが人の垣根の向こうからスバルの目を焼き、一瞬だけ視界が白く染まる。それを手のひさしで遮って、生まれた世界に目を向ければ、

 

「……ありがとな、みんな」

 

「――それはこっちの台詞ですよ、スバル様」

 

困ったような笑顔に囲まれて、スバルは泣きそうな顔で笑ったのだった。

 

※※※※※※※※※※※※※

 

――そうして、村人の説得は安全を守る側が守られる側に頭を下げるという世にも奇妙な話し合いの流れによって円満な解決をみせた。

 

行商人方にも同様の、『山賊』シナリオでの説明を行い、聖域と王都の二手に分かれて避難を行うことを指示。竜車と村人の割り振りをして、あとは各々を乗り込ませて移動を始めるだけとなったところで、

 

「ひとつだけ、お願いがあるんだが」

 

と、スバルが手を上げて、村人たちの注意を引いた。

割合、先ほどの話し合いが円満に片付いたものの、彼らの視線を受けてスバルは次の提案を口にするのを躊躇する。

正直、必要な提案かどうかは微妙なところだと自分でも思っている部分だからだ。ただ、二つの理由からこの提案は通しておきたい。それは――、

 

「屋敷にいるエミリア……ハーフエルフの子と、誰か同乗してほしい」

 

スバルのその提案に、それまでの賑わいが一瞬にして静まりかえる。

再び、気まずい沈黙が落ち始める村内で、スバルは「やっぱり」といった落胆の気持ちを顔に出さないよう苦心しながら、

 

「王都でお触れが出て、王選の話はみんなも知ってると思う。領主のロズワール……様が候補者の支援者で、その支援する相手がそのハーフエルフの子だってことも」

 

「――――」

 

「みんなが不安に思ってるのはわかってる。色々と、消化し切れない部分があるのも承知の上だ。でもその上で頼みたい。あの子を、ひとりで竜車に乗せないでくれ」

 

声に、不安や悲嘆が乗らなかったかどうか自信がない。

スバルの言葉を聞いて、村人たちは顔を見合わせると思案げな表情を浮かべる。ただ、考慮してくれているだけでも以前とは違う展開か、と思えなくもない。

もっとも、肯定的な返事が期待できる雰囲気でもないと感じ、スバルは早々に「悪かった」と見切りをつけようと手を上げかけ、

 

「――ペトラ?」

 

止めようと手をスバルが上げるより早く、小さな掌が上へ向けられていた。

驚き、その手の持ち主をスバルが見つめると、彼女はその赤い頬を膨らませて、周りの大人たちを見つめると、

 

「どうしてみんな、お話を聞いてあげないの?スバルがあんなに困って、泣きそうな顔でお願いしてるのに。どうして助けてあげようとしないの?」

 

それはひどく真っ正直で飾りっ気のない、だからこそ心を抉る言葉だった。

大人たちが抱くしがらみの一切がないそれは、子どもにしか許されない世界で一番強烈な一発だ。

大人たちは先ほどを上回る罪悪感に顔をしかめ、少女をなだめる言葉を探そうとするが――、

 

「屋敷のおねえちゃんって、いつも白い服を着てるおねえちゃんでしょ?ラジーオタイソーのとき、ハンコを持ってきてくれてる」

 

「ん、あ……!そう、そうだよ。ハンコのお姉ちゃんだ」

 

振り返り、平和だった日々のことを思い出してスバルは思わず口元を綻ばせる。

平穏で、ただ日常を享受できていた頃。毎朝、エミリアを伴って村に降りて、村人たちとラジオ体操をして、スバルが彫ったイモ判を押してやるのが日課だった。

そう、幸せな日々の思い出――その日々の傍らに、彼女の姿もあったのだ。

 

思い当たる姿が記憶の片隅にあったのか、大人たちもペトラの言葉の意味に気付き始める。そしてその躊躇が彼らの口を止めてしまった隙に、ペトラの周りの子どもたちも次々と手を上げ始めて、

 

「オレもー!一緒にのるー!」「ペトラが乗るって言うなら、俺がいなくちゃ始まらないよな」「兄ちゃんだけにいいかっこさせるかよ、俺もペトラといくぜ」「スバルが泣きそうだからたすけてやろー」「そーしよー!」

 

わらわらと騒ぎ出した子どもたち、その中心でペトラが誇らしげに微笑む。

ドヤ顔、というには可愛らしすぎるその表情に、スバルは救われたような気持ちで胸に手を当てた。

 

「頼んでいいか?あの子は強がりで意地っ張りで意固地なくせに、さびしがりで誰かが見ててあげないと心配なんだ」

 

「仕方ないから、スバルの代わりに見ててあげる」

 

ほう、と安堵の吐息がスバルの口から漏れた。

それからスバルは約束をしてくれたペトラの下へ歩み寄ると、小指を彼女の前へ差し出す。困惑顔の少女に笑いかけ、

 

「こうやって、お互いの小指を差し出して引っかけ合う。で、指切りげんまんって歌いながら切るのが俺の地元のナウい約束の交わし方。やれるか?」

 

「や、やるっ」

 

思った以上に勢いのいい返事が戻って、スバルは「そうこなくちゃ」と笑うと少女と指を絡ませ合う。それから戸惑うペトラにゆっくりと歌を教えて、

 

「指切りげんまん」

「嘘ついたら針千本のーますっ」

 

「――指切った!」

 

互いの指が離れて、約束が――契約が交わされる。

ペトラは、エミリアを決してひとりにしないとスバルと約束を交わし、スバルは彼女たちと村の安全を必ず守ると約束した。

 

――この約束だけは、今度こそ、絶対に、破るまい。

 

「今度こそ、後顧の憂いなくいこう。やろうぜ、みんな!」

 

拳を突き上げて、スバルが声を上げると、その場の全員が拳を突き上げた。そのまま声を高々と上げて歓声が上がりそうになる寸前、

 

「――あ!隠密行動だからみんな静かに、静粛に!」

 

と、なって慌てて全員が口を閉じる羽目になったのが、イマイチしまらなかったのだが。

 

※※※※※※※※※※※※※

 

――余談ではあるが。

 

「えへへ……」

 

号令をかけたスバルが、握りしめたのと反対の手で少女の頭を撫でていた。

その撫でられる少女の頬が赤く染まり、スバルをひどく熱っぽい目で見つめていることには、猫耳の騎士と桃髪のメイド以外は誰も気付いていないのだった。