『茶会』
「並行世界、という考え方がある。今、自分が生きている世界とは別に、同じような道筋を辿った異なる世界が存在するという考え方だ」
声は極力、抑揚を減らした響きを己に課していた。
講釈するような物言いには小さな、指先がテーブルの上を叩く小気味良いリズムが一定間隔で付きまとっている。
「ずいぶんと、ふぅ。ややこしい話に、はぁ。聞こえるじゃないさ」
「そう難しい考えじゃない。こと、並行世界なんてものは選択一つ違っただけで無尽蔵に生まれると思っていい。たとえば、家への帰りにある分かれ道。どちらを通っても家に辿り着けるその分かれ道を、右に行った君と左に行った君――その可能性がすでに、極々小さな規模での並行世界といえる」
「なにそれ。そんなこと言い出したら、世界なんていくらぐらいあるのか数え切れないじゃない。そんな考え方、バッカみたい」
疲れ切った声音への応答に、勝気な声が短絡的に続ける。
講釈する声は苦笑し、そのせっかちな答えを出す相手へと指を立てると、
「そう馬鹿にしたものではないよ。確かに、さっきのたとえでは振れ幅が小さすぎて差異が伝わりにくかったかもしれないけど……もっと、大きな場面にだって言える」
「もっと大きなって……たとえば?」
「たとえば、そうだね。――ボーロイド平原で、君が孤立したエルフの決死隊を見捨てることができたなら、というのはどうだろう」
「――――」
「……ふむ。ワタシの予想なら、ここで君は激昂すると思ったんだけど」
「あたしが怒らない理由は簡単よ。たとえ何十回、何百回、何千回、あの場面が繰り返されたとしても、あたしはあの場所に必ず殴り込む。――あんたの言う、並行世界なんて生まれようがないわ!」
力強く言い切り、声の主は振り上げた足をテーブルの上に叩きつけるように投げ出す。文字通り、ふんぞり返る姿勢になる勝気な声に、講釈していた側は小さく含み笑いをした。それを見て、勝気な声の主は形のいい眉を険につり上げ、
「何がおかしいのよ!」
「いや、男らしい振舞いだけど、下着が見えているよ、ミネルヴァ」
「あっ、やっ!なに、バカ!もう、信じらんない!バカ!バッカ!バーカ!バカじゃないの!バカみたい!バカ!本当に、バカ!バカで、えっとバカ!」
語彙の貧弱さを露わにする罵声を上げながら、金髪の少女――『憤怒の魔女』ミネルヴァが涙目で足をおろし、短いスカートの股の間に手を差し入れて足を閉じる。
上目に怒りを込めて正面――そこに構える白髪の魔女を睨み付ける。が、
「はぁ。言い合いの是非はともあれ、ふぅ。下着に関しちゃ、はぁ。はしたないミネルヴァの自爆じゃないさ、ふぅ。逆恨みはみっともないさね、はぁ」
「はしたないなんて、あんたにだけは言われたくないわ、セクメト。筋金入りの着たきり雀のくせに……そのローブ、いったいどれだけ着替えてないの?」
ミネルヴァが厳しい視線を横手――テーブルに完全に状態を投げ出し、長い赤紫の髪の中に顔を埋没させた『怠惰の魔女』セクメトに向ける。
セクメトは髪の海の中、首を動かして髪の隙間からミネルヴァを見やり、
「頭から被るだけだから、ふぅ。一番楽な格好さね、はぁ。体はテュフォンに拭かせてるんだから、ふぅ。別に汚くしちゃいないさね、はぁ」
「人の身嗜みにケチつけるくせに、自分がそれなんだから……っ。もう、もう、もう……なんなの!あたしが悪いの?あたしのせいなの?殴り清められたいの!?」
拳を怒らせるミネルヴァに、しかしセクメトは応じずにすいっと顔を背ける。
会話する気力をなくした態度にミネルヴァの額に青筋が浮かぶが、彼女の憤慨に慣れ切った魔女は触れる気すら完全に放棄。
気力を使い切った怠惰の魔女に代わり、手を叩くのは最初にミネルヴァと会話していた魔女――『強欲の魔女』エキドナだった。
「君の怒りはわからないではないし、快いとワタシも思うけどね。今はさっきの話の続きがしたいと思うよ」
「つーんだ。並行世界とかなんとかにかこつけて、あたしを挑発したのはエキドナの方じゃない。あたし、怒ってるんだから。憤慨なんだから。激怒したんだから」
「わかったわかった。ともあれ、並行世界の話の続きだ。先のたとえが成立しないなら……そうだね。フリューゲルがボルカニカと盟約を交わせなかったら、どうなっていたと思う?」
唇に指を当てて、悪戯っぽく笑いながらエキドナがミネルヴァに問いかける。それを受け、息を呑んだミネルヴァは碧眼を細めて、
「ボルカニカとフリューゲルの盟約がなかったら、あの子を止めるのにレイドだけじゃ足りないから……世界、呑まれちゃうじゃない」
「呑まれて、どうなるんだろうね。世界はただ一人、『嫉妬の魔女』だけを残して回るんだろうか。あるいはそうなった世界も、並行世界としていずれかに存在しているのかもしれないよ。だとしたらそれは、興味深いことじゃないかな?」
「エキドナ、あの子の話をするとき、本当に嫌な目つきするわ。――あたしはあの子のことを、そんなに怒ってない。その憤怒は、共有したげないわ」
「それも、一つの答えだろうね。――君の憤怒は快いよ。だからこそ、君は魔女の中でもっとも、愛されるに足る魔女だった」
過去形で語るエキドナ、そんなエキドナの前でミネルヴァは小さく鼻を鳴らす。それから腕を組み、彼女は自らの豊満な胸を突き出すように背をそらした。
「愛されることなんて、望んでないわ。あたしが望むのは、争いがこの世界から消えてなくなるよう、苦しみ悲しみ泣き喚き、痛がる声を拳で撲滅すること。それ以外、あたしの走る道の前には必要ない。あたしの怒りが、あたしの憤怒が、この拳の癒しが――あたしの、全てだもの」
生き方に、一片の曇りもないとミネルヴァは言い切る。
迷いも躊躇も逡巡も悩みも、それら足を惑わせる要素が欠片もない信念。
まさしく『憤怒』――世界への、尽きぬ怒りが彼女という存在を根本から支え、作り上げ、築き上げているのだ。
が、
「まぁ、そんなこといってもぉ。褒められれば嬉しくってついついにやにやしちゃうのが、ネルネルの可愛いところですしぃ」
そう、語尾を伸ばす特徴的なだらけた声が会話に割り込んだ。
声はセクメトの対面、つまりはミネルヴァから見て左側から発された。
「ネルネルの素直じゃない度ってばぁ、それこそ魔女級じゃないですかぁ。ダフネ、ネルネルのそんなことぉ、食べちゃいたいくらい好きですよぅ」
「黙んなさい、ダフネ。今の今まで寝てたくせに、なんで急に起きてるのよっ」
「ネルネルが騒がしくして下着見せびらかしてたときから起きてますってばぁ。ちょっと派手に動いたら見えちゃう短いスカート穿いてるくせに、きゃーわゆぃ下着つけてるんですからぁ、ネルネルってばぁ」
「あ、あんたのが!年下のくせに、際どいのを選びすぎなの!なにあれ、下着じゃなくて紐じゃない!バカ!バカみたい!バカなんだから!ホントにもう、どうしようもないバカ!バカ!バカバカ!」
顔を真っ赤にして、感情の昂ぶりで浮かぶ涙で瞳をいっぱいにしながらミネルヴァが喚く。それを楽しげに聞き流すのは『暴食の魔女』ダフネだ。
全身を拘束着でがんじがらめにし、双眸を顔を斜めに交錯する眼帯で覆い、その小さな体を黒い棺の中に収める異様。それが当たり前のように、テーブルを囲む面々の一角に加わっているのだから、遠目に見た茶会の様子は非常にシュールだった。
取り合わないダフネに罵倒の言葉(といっても、バカの繰り返しだが)が尽きたミネルヴァが席に腰を落とし、両手で顔を覆いながらテーブルに突っ伏して、
「なによなによなによ。あたしが、あたしが悪いみたいじゃない。褒められるためにやってるわけじゃないけど、褒められたら嬉しいに決まってるじゃない。ありがとうって言われたら、やってよかったって思っちゃうのの何がいけないのよ。あたしが悪いの?あたしのせいなの?皆癒しにしてあたしも癒されたい……」
「そこで自暴自棄になれないのが、君の美点だとワタシは思うよ。――さて」
自問自答の海に沈み、会話から離脱したミネルヴァをさておき、エキドナは会話に横入りしてきたダフネに視線を向ける。
両目を塞がれているダフネは、そのエキドナの視線を感じることはできないはずだが、その小さな鼻をすんすんと可愛らしく鳴らし、
「ドナドナ、ダフネのこと見つめちゃってどうしましたぁ?ネルネルやメトメトと違ってぇ、ダフネは辛抱強くお話に付き合ってあげたりできませんよぅ。現に……はぁはぁ……もう、カロリー切れ間近ですしぃ」
「魔女に協調性を求めるほど愚かしいことはないと、生前に十分、学んでいたとは思っていたけど……ここまで話が進まないと、いっそワタシが君たちが誇らしい」
言いながら、エキドナが掲げた右手の指先を弾いて鳴らす。
途端、ダフネの正面に湯気立つカップとクッキーの置かれた皿が出現した。封じられた目を見張り、食糧の出現にダフネがにわかに色めき立つ。
「もちろん、お預けにするつもりはないから、まずは食事を……」
「がふがふっ。ふもふもっ。もっきゅもきゅ」
「言うまでもなかったね。できれば、テーブルマナーは守ってほしいところだけど」
肩をすくめるエキドナの前では、テーブルに上体ごと突っ込んで全身で飲食を行うダフネの姿があった。――ダフネの食事は、文字通り『全身』で行われる。
口で咀嚼音を口ずさんでいるが、実際にお茶や茶菓子を体内に取り入れているのは口腔ではなく、触れた肌から直接だ。提供した茶と茶菓子は、茶器ごとダフネの体内に取り込まれ、即座に『暴食』の糧とされる。
「あぁ、美味ですぅ、甘味ですぅ。……と、ごめんなさぁい。ちょこっとぉ、勢いあまってテーブルまでかじっちゃいましたぁ」
「気にしない……とまでは言わないけど、君を招いた時点でこうなることは半ば覚悟の上だからね。自重してくれる以上のことを、ワタシは望まないよ」
「ドナドナはぁ、鳥に飛ぶなとか魚に泳ぐなとかって命令するんですかぁ?」
遠回しに絶対拒否の姿勢を見せるダフネに、エキドナは吐息をこぼす。ダフネは茶菓子を平らげた全身を揺すぶり、「それでぇ」と言葉を継ぎ、
「お腹に食べ物も入れましたしぃ、さっきのドナドナのお話に付き合ったげますよぅ。――並行世界とか、なんとかってお話でしたっけぇ?」
「そうだね。ダフネ、君はそういったことをどう思う?」
「何とも思いませんけどぉ?これこれこうしたからぁ、どれどれどうなっていたんじゃないかぁとかぁ、そんなこと考えてもお腹膨れたりしませんしぃ。あぁ、でも晩御飯に肉を食べたか、魚を食べたかで分岐するって考えるとぉ、そんなに馬鹿にした考えでもないのかもしれませんけどねぇ」
「ダフネの場合、理解度の高さは申し分ないが……純粋に、議論するほどには興味を引けないか。これも、わかり切っていたことだったね」
ダフネは魔女の中では、性格的には温厚で接しやすい方だ。
問題は彼女の存在自体が他の生き物にとって害悪そのものであり、温厚な性格とは別に獰猛な性質が『他者』との共存に絶望的に向いていないだけで。
「結局のところは、さ。はぁ。並行世界に対する考察なんてしても、ふぅ。考えるだけ無駄ってやつなんじゃ、はぁ。ないさね、ふぅ」
と、そうして発展しようのない会話に入り込んできたのは、欠けたテーブルに全身を預けたままの怠惰の魔女だ。彼女は長い自らの髪にくるまったまま、視線を向けてくるエキドナと嗅覚を向けてくるダフネに、
「そういった考えがあって分岐した世界があって、はぁ。それを思うことはできても実際に知ることも体験することもできない、ふぅ。なら、その存在は可能性という触れられない泡で、はぁ。触れた途端に弾けて消えるもんだろうさね、ふぅ」
「確かに、現実的な側面でいえばそうなるだろうね。並行世界の存在は意識はできても観測はできない。並行、とはよく言ったものだ。決して交わらない、二つの線――それこそが、並行世界という並び立つ別世界といえるだろうね」
「――けど、第二の『試練』はそうじゃないっていうんでしょ」
セクメトの言葉をまとめるエキドナに、最後の結論部分を棘のある言い方でミネルヴァが横入りしてくる。ミネルヴァはその愛らしい顔を怒りで朱に染めて、
「エキドナがわざわざそんな話をするぐらいなんだから、どうせ意地の悪いことになってるんでしょ。そうでしょ。図星でしょ。痛いところを突かれたと思ってるんでしょ。腹を探られたくないんなら、痛いもの隠すなんて真似しなきゃいいでしょうが!」
「別に何も言ってないのに憤慨されても困るよ……まあ、否定できないことは間違いない。なにせ、第二の『試練』は確かにそういう仕組みだ」
拳でテーブルを殴りつけて陥没させるミネルヴァの前で、軽く手を掲げたエキドナの手の中に黒い装丁の本が出現する。
それはエキドナだけが所有する、この世界のあらゆる『過去』『未来』『現在』の知識が記された禁書――『世界の記憶』だ。
知識欲の権化であるエキドナは、その気になればこの世のありとあらゆる情報、知識、歴史を知れる立場にある。もっとも、エキドナ当人の気質の問題で、彼女自身はその禁書の力を扱うことに嫌悪すら抱いている模様だが。
「第二の『試練』は、挑戦者の心中を読み取って、そのものが歩いてきた道筋にあった分岐点――あるいは、『後悔』とでもいえる箇所を見つけ出し、違った選択をした場合の『あり得ない現在』を世界の記憶が再現するものだ。その性質上、過去の過ちの象徴と引き合わされる第一の『試練』や、ここを乗り越えた先に待つ第三の『試練』に比べると幾分か突破はしやすい」
「突破しやすいって、どういうこと?」
「ようはダフネがしたように、割り切りの問題ということだよ。セクメトも言っていたけれど、並行世界というのは結局のところ、究極的には触れ合うことのできない分かたれた線だ。後悔の念があれど、未練が残っていようと、届きはしない線」
「その届かない線にギリギリまで近づけるのが、あんたの『試練』でしょうが!」
苛立たしげに、目尻を上げるミネルヴァにエキドナは小さく肩をすくめた。
エキドナは自身の白髪を撫でつけ、いきり立つミネルヴァをなだめるように、
「第二の『試練』の突破は常人にはわりと容易い。実際に行き過ぎてしまった過去を越える必要がある第一の『試練』と違い、第二の『試練』は『あったかもしれない可能性』に触れるだけのものだからね。並行世界に対しては否定で接しても肯定で接してもそれは自由だが……今の、本来の世界を肯定できればそれでいい」
「本来の、世界……」
「だから、割り切りの問題という話に戻ってくるのさ。セクメトやダフネ、あるいは君でもできる簡単な割り切りだよ。――それができれば、『試練』は越えられる」
エキドナの言い分に、ミネルヴァは不承不承といった様子で顎を引く。
確かに、エキドナの口ぶりだけを参考にするのなら、『試練』の内容はそれほど厳しいものではないように思える。
この場の魔女たちならば――仮に魔女たちでなかったとしても、確固たる己を持つ人物ならば『試練』の突破は容易いだろう。
「でもぉ、それならぁ、どうしてすばるんってばぁ、あんなに手こずっちゃったりしてるんですかねぇ。すばるん、自分がない子には見えませんでしたけどぉ」
「――彼の場合、か」
記憶にあるスバルを思い出しながら、なぜか口をもごもごとさせているダフネ。彼女の素振りは無視し、言葉だけを思ってエキドナは目をつむり、
「第二の『試練』は並行世界の観測。ある意味、過去の後悔のその先を見せられる所業だ。そしてそれは先も言ったように、肯定も否定も容易に行える。――事実として、その結果を通ったわけではないといっそ開き直れるからだ」
しかし、とエキドナは言葉を継いだ。
「彼の場合だけ、それが当てはまらない。ワタシにとっても、第二の『試練』がここまで彼に刺さるのは予想外だったよ。――本当に、予想外だった」
「すんすん……ドナドナ、嬉しそうに笑ってる臭いがしますよぅ」
「予想外だったのが嬉しいんでしょ。性悪で変態……救いようがないんだからっ」
「類は友を呼ぶという。ワタシの友人である以上、君たちもそれを免れまいね」
嗤うダフネとぷりぷりと怒りを露わにするミネルヴァ。ふと、黙り込んでいるセクメトの方からはかすかな寝息が聞こえ始めており、魔女たちの各々の反応を見据えながらエキドナは椅子の背もたれを揺する。と、
「ドナ~、テュフォンもおなかがすいたぞー」
草原から小走りに駆け寄る少女が、丘の上のテーブルに飛び込むようにやってきてエキドナに声をかける。
緑の短い髪と褐色の肌、笑顔に白い歯がまぶしい『傲慢の魔女』テュフォンだ。
小難しい会話に混ざらず、野原で時間を潰していた少女にエキドナは笑いかけ、
「退屈させてすまなかったね。テュフォンはお茶は……甘くすればいいかな。お茶菓子は普通に食べられるね?」
「なんでもなー。はしりまわって力つかったから、のんで食べてやすむー」
元気いっぱいに言いながら、テュフォンはセクメトの隣の空いた席を引っ張り出して座る。それから片手で長いセクメトの髪で遊び始めながら、エキドナが指を鳴らして出現させたお茶と菓子を顔とテーブルを汚しながら食べていく。
テュフォンの性質を知らなければ、いっそ微笑ましい光景だ。
「君も、テュフォンの世話で疲れたんじゃないかな?」
「そ……そんな、こと、ない……よ?て、テュフォンちゃんいい子だし、力、は、通じ……うん、通じない、から、ね?だ、大丈夫。私、へっちゃら」
視線を上げるエキドナの隣で、テュフォンに遅れて茶会の場にやってきた人物がたどたどしく答えて、弱々しい笑みを浮かべる。
薄紅の髪を腰ほどまで伸ばした、ハッとするほど儚げな少女だ。取り立てて特徴的な顔立ちではないが、なぜか自然と視線を引き寄せられる。
何より、まるで小動物めいた立ち振舞いと表情が、ひどく人の心の琴線を掻き毟るような印象があった。
「座るといい、カーミラ。――わざわざ、君を呼んだのは他でもない」
「な、なに、か……は、始める、の?こわ、恐く……しない?」
「恐くも痛くもしないよ。――ただ、盤面を動かすのに力を貸してほしい」
勧められた隣の席に座り、カーミラ――『色欲の魔女』がおどおどとエキドナを見る。エキドナはそんな彼女に微笑み、軽く両手を広げて、
「――君の愛で、迷える子羊を救い出してみてほしいのさ」
エキドナは、震える魔女にそう言って、広げた両手を差し伸べていった――。