『偽りの眠り』


 

涙まじりのエミリアの言葉を聞いて、スバルの全身を突き刺すような後悔の念が襲い掛かった。エミリアに悲しい思い出を掘り起こさせて、涙まで浮かばせたことへの罪悪感に滅多刺しにされる。

 

途切れ途切れのエミリアの言葉から感じられたのは、エリオール大森林で共に過ごした人たちへの親愛と感謝。それが雪の日を境に一転して、憎悪と恨みを聞かされる記憶へと移ろってゆく。

氷の中に閉じ込められた彼らが、凍てつく時間の中で何を思っていたのかはわからない。ただ、確かにあったはずのエミリアの幸せで温かな時間は、分厚い氷の中に冷たく無常にも閉ざされて、いまだ溶ける兆しも見せていないのだ。

 

「……その人たちは、どうしてエミリアにそんな言葉をぶつけた?今の話を聞いた限りで考えたら、その森を氷の下敷きにしたのは……エミリアってことなら筋が通る。けど、そんなとんでもない現象を引き起こす力が、幼い君にあったのか?」

 

「――わからない。あの頃の私は今よりもずっと世間知らずで、自分に何ができるのかもできないのかも知らないまま、みんなの好意に甘えているばっかりだったもの。でも……パックにも頼らずに一人で森を凍らせるような力は、今の私にだってないわ」

 

「パックがいれば、できる?」

 

「――――」

 

不安げな言葉にスバルが質問を重ねると、エミリアは無言のまま顎をかすかに引く。

消極的な肯定は、スバルに自分が森を凍らせた張本人なのだと、そう誤解されることを恐れてのことだろう。そんな風に思うようなことはない。

半官贔屓ではなく、純粋に順序の問題でだ。

 

「そんな不安そうな顔しなくても思い違いしたりしないさ。エミリアがパックと出会ったのは、大森林が凍らされてずっと後……それこそ、百年も後のことだろ?氷とパックとエミリアと、順番があべこべだ」

 

「う、うん……そう、なんだけど……」

 

わかっている、とスバルが前もって宣告すると、エミリアは安堵というには強張りの強い表情で頷いた。

その反応に眉を寄せたくなるのを堪えつつ、スバルは表情筋に平静を保つよう言い聞かせてエミリアの前で手を組んだ。

 

――ささやかな違和感は、エミリアのこぼれこぼれの言葉を耳にしていたこれまでにもあった。だが、今この瞬間、これほどの強烈な違和感は初めてのことだ。

当然だ。ナツキ・スバルはこの時間まで一度も、エミリアの内面や過去に踏み込むことなく、彼女の人間性の上辺だけを蝶よ花よと愛でていい気になっていたのだから。

 

だからこれは、ここから始めなくてはならないのは、スバルにとっての『試練』だ。

墓所での『試練』を受ける資格をなくしたスバルが、エミリアの前に、隣に、傍らにある資格があるのか、それを確かめるための『試練』なのだ。

 

「墓所の『試練』で、エミリアが見ている景色のことはわかった。……なら逆に、エミリアはどうしたらそれを乗り越えることができると思う?」

 

「それは……ん、と」

 

視線をさまよわせるエミリア。それは答えることを迷っているのではなく、曖昧の中にある答えに明確な名前や形を見出せていない反応だ。

エミリアは『試練』の突破に対して、明確なビジョンがない。まだ一度目の挑戦で、彼女からすれば長年の悩みを突然問題提起されて、それに対する万全の答えを求められているのだ。

 

本来、墓所の第一の『試練』は、向き合うことを避けている過去に対する自分なりの答え――それを示すことで、突破できるものとエキドナは言っていた。

肯定するか、否定するか、いずれかの答えを出すことが突破口なのだ。

 

エミリアは親しくしていた人々に否定された現実を、悲しい記憶として受け止めている。それを吹っ切ることが、第一の『試練』の突破の条件なのか。

過去に置き去りにしてきたものを吹っ切る――どうすれば、それは晴らせるのか。

 

はっきりとした答えをエミリアに提示することはスバルにはできない。だが、曲がりなりにも第一の『試練』を乗り越え、第二の『試練』にも触れたスバルだからわかることがある。エキドナという存在の人となりに、わずかでも触れたスバルだからわかることがある。

 

――おそらく『試練』は、挑むものに乗り越えることが不可能な問題は提示しない。

 

『試練』を敷いたエキドナの目的を考えれば、それは当然のことだ。

エキドナが欲するのは好奇心を満たす結果という宝であり、それは『試練』を突破することでこそもっとも輝く。少なくとも、あの魔女はそう考えるはずだ。

その結果に対して、挑戦者の肯定か否定か、どちらかの答えがあるというだけのこと。

 

つまりエミリアは、墓所の『試練』をクリアする条件を満たしている。その条件を見つけ出し、過去に対して引っ張り出すことができれば、それが答えになるはずだ。

それだけにむしろ、問題があるとすればそれは『試練』の方ではなく――。

 

「それに何らかの答えを見つけないまま挑んでも、きっと同じ結果になるぜ」

 

「――スバルは、どう思う?」

 

「…………」

 

「今の話……『試練』と、私の過去と……それを聞いて、どう思う?どうしたらいいんじゃないかって、そんな風に何か思いつく?私は、どうしたらいいんだろう……」

 

ずっとずっと、おそらくは昨夜、『試練』が終わってこうして仮宿に戻ってからも、眠る時間すら蝕まれながら彼女はその問答を繰り返していたはずだ。

それこそ気絶に近い形で意識をなくすほど、精神をすり減らす思考の渦の中で。

 

「さっきエミリアは、氷を溶かしてみんなに感謝を伝えたいって言ったよな?」

 

「うん」

 

「どうして、そんな風に思う?」

 

親しくしていた人たちに、エミリアは手ひどい仕打ちを受けたはずなのだ。

氷の下に沈んだ彼ら彼女らに、エミリアは救い出す意味をどうして見出すのか。

 

「君の中に最後に残る記憶は、その人たちに否定された記憶だろ?ひどい言葉をぶつけられて、恨み言をぶつけられて……なのに、どうして助けたいって思う?」

 

「――スバルは、今ここで私にひどい言葉をかけられたら、もう私を助けようとは思わない?」

 

「――――」

 

思わず、口ごもった。

エミリアの紫紺の瞳は、スバルを真摯に見つめ返している。弱さの中にあった迷いだけが、この答えを告げる瞳からは消えていた。

 

「確かにみんなと一緒にいて、最後に感じた思いは辛いものだったけど……でも、最後のそのことでそれまでみんなと過ごした時間が消えてなくなったわけじゃない。みんなとの間に、いい思い出もたくさんあったわ」

 

「…………」

 

「それを忘れて、みんなには傷付けられた思い出しかないって、そうやって全部を否定するつもりになんてなれない。みんなを助け出して、また一緒に笑い合いたいって……欲張りだけど、そう思うの」

 

言ってしまってから、エミリアは自分の口を手で押さえてスバルの顔色をうかがう。

その表情はまるで、自分の内にある醜い野心を思わず口にしてしまい、それによって軽蔑されることを恐れているようにスバルには見えた。

そんな風に不安視するエミリアを見て、スバルは思う。

 

――その願いを欲張りと、そう思わざるを得ない生き方が彼女の生き方なのか。

 

「――スバル?」

 

「いや、思ったんだよ。まったくもって、エミリアの言う通りだってさ」

 

最後に接したとき、殺されるような思いをしたとしても、それまでに積み上げてきた絆や思い出が消えてなくなったわけじゃない。

レムとラムの二人に殺されるような目に遭わされても、スバルは彼女らを助け出したいと奔走した。王都を発端としたループであっても、同じ思いで走り続けた。

スバルがそう思うように、エミリアもそう思う――それだけのことだ。

 

「――――」

 

そして、安堵の感覚を得た直後に、スバルはこれまでで最大の違和感に気付いた。

なぜ、こんな見落としにこれまで気付かなかったのかと、呆れるほどの違和感に。

 

「――スバル?」

 

凝然と顔を強張らせ、自分を見るスバルにエミリアの瞳が戸惑いで揺れた。彼女にそんな不安を与えているのがわかっていながら、しかしスバルは平静を取り戻すことがなかなかできないでいる。なぜなら、

 

――エミリアの中で、過去の出来事に対する答えはすでに出ているのだ。

 

「――――」

 

エリオール大森林の氷の中、彼女と日々を過ごしたエルフの一族は眠りについている。エミリアは森を雪が覆った日の過去を追想し、そして信じていた人々に悪意の矛先を向けられながらも、その人たちを救い出して感謝を伝えたいと言い切った。

 

それは、目を背けたくなる過去に対する一つの決定的な答えだ。

 

過去の自分の愚かしさを認めて、両親に別れを告げたスバルの決断が第一の『試練』を突破する条件を満たしたとされるのなら、エミリアのこの決意もそう判断されるべき尊い決断のはず。

それなのに、『試練』は彼女を条件を満たしたとは認めようとしていない。

 

あるいはスバルが彼女を揺り起して、『試練』を中断させてしまったからかとも思ったが、過去のループでも初日以降――スバルがエミリアの『試練』を中断させてしまったとき以外でも、彼女が『試練』を突破できた試しはない。

出された『試練』に対して、エミリアの答えは適切ではないというのか。

 

「でも、そんなのは……」

 

『試練』の裁定を下すのがエキドナであるのなら、出された答えを気に入るかどうかは魔女の胸先三寸だとでもいうのか。だが、エキドナのスタンスはどんな答えが出るのかを重視するのではなく、答えが出ることを重視するスタイルだ。

どんな形であれ、挑戦者の出した答えを否定するというのは彼女らしくない。彼女らしくないが――仮にではあるが、エキドナがエミリアの答えだけを受け入れようとしない可能性ならば、思い当たる節がスバルにはあった。

 

しかし、それを認めるのは心が咎めた。

それを認めるということは、『エミリアだけ』は絶対に、この『試練』を突破することができないという推測を成り立たせることに他ならないのだから。

 

「そんなこと、認められるかよ……頼むぜ、エキドナ」

 

「スバル、どうしたの?私、また何か変なこと……」

 

「いや、エミリアの問題じゃない。問題があるとしたら出題者の方、だな。……氷を溶かしてみんなを助けたいって話だったけど、その氷は溶かせなかったのか?ロズワールに連れ出されるまで、パックと二人で森で暮らしてたんだろ?挑む時間なら、たくさんあったはずだ」

 

残酷な問いかけだとわかっていながらスバルは言葉を投げかけた。

エミリアの過去を聞いた上でそれをさせようというのは、彼女の手で氷の封印を解き、解放された人々の憎悪を再びエミリアに浴びせかけようという選択に他ならない。

エミリア自身、その煩悶は幾度も繰り返してきたのだろう。掴んだ自分の腕に爪の跡を立てながら目を伏せる。

 

「何回も、パックに協力してもらったけど……氷は溶かせなかったの」

 

「溶かせなかったってのは、精神的な問題でか?それとも、物理的な問題……」

 

精神的な問題であるとするなら、それを責めるつもりはスバルにはない。

誰しも、心を傷付けられるとわかっていて行動することなど簡単にはできないものだ。

しかし、エミリアはスバルの質問に「物理的な問題、かな」と弱々しく応じた。

 

「あの氷は、特別な氷で……外から頑張っても溶けるようなものじゃなかったの。氷漬けにした術者の方をどうにかするか、もっとすごい手段がないとダメだって……だから、私はロズワールの提案に乗って……」

 

「提案……?」

 

「あ……」

 

眉を寄せたスバルの反応に、エミリアは言ってはならないことを口にしてしまったといった顔で口元を手で覆う。

しかし、黙ったまま視線を注ぎ続けるスバルの前に、エミリアはすぐに肩を落とした。

 

「ロズワールは……私に約束をしたの」

 

「――――」

 

「徽章を持ってきて、その徽章を私に握らせて……宝石が赤く光るのを確認してから、王選の話をして、それから……こう言ったわ」

 

森に徽章を光らせる、王選の候補者としての資格を持つエミリアがいることも、福音書に記されていた内容だったのか。

ロズワールの妖しい笑みが目に浮かぶようなやり取り――想像の中、エミリアに手を差し伸べるロズワールは、言った。

 

「――あなたが玉座を得ることができたのなら、この森の氷を溶かすことも叶うでしょう」

 

「……それ、信じたのか?」

 

「縋るような気持ちで、ね。どうやって溶かすのか、詳しいことは知らされてないけど……私はその提案を受けて、ロズワールと一緒に森を出たの。パックは……私のすることには反対しないから、何も言わないで一緒にきてくれたわ」

 

「それが、エミリアが王選に参加を決めた理由……前に君が言ってた、王選に参加する自分勝手な理由ってのは……そういうことか」

 

他の候補者たちと違い、身勝手な理由で王選に参加することを決めたと言っていたエミリア。詳しい話を聞くことをここまで避けてきたが、そのときの言葉の意味がここにきてようやく繋がった。

 

「……軽蔑、するでしょ?」

 

胸中で一つの納得を噛みしめていると、ふいにエミリアがそう呟く。

顔を上げると、エミリアはスバルをおずおずと見つめて、唇を震わせていた。

 

「他の人たちが……みんな、立派な目標や覚悟を決めて王選に挑んでるのに、私の持ってる理由はすごく、すごーく個人的な問題で……」

 

「村のみんなを助けたい、って気持ちも十分大事だと思うけどな。助かる人数の多い少ないで、やることの立派さは薄れやしねぇよ。それに……王選の広間で言ってたことだって、嘘じゃないはずだろ?」

 

「王選の広間で、私が言ったこと……」

 

「平等に見てほしい、だよ。俺はあの言葉にだって嘘はなかったって、そう思ってるぜ」

 

始まりこそ、自分の中の決着のつかない事態への打開を求めたものだったかもしれない。けれど、エミリアは外の世界を知り、百年の時間の大きさを知り、今の世界のありようを知っていくことで、考えを改める機会を得たはずだ。

王選の広間で彼女が語った言葉には、上辺を取り繕った誠意のないものであったとはスバルには感じられなかった。

 

あの思いが本心で、王選を勝ち抜きたいという気持ちが今も同じであるのなら、スバルはそれをこぞって貶めるような理由になるとは思わない。

 

「だから、そんな不安そうな顔しなくても大丈夫だよ。俺はエミリアの味方だし、寄りかかってくれていいって気持ちは昨日の夜から変わってない。君が俺の肩を借りるのを、大丈夫だって言って固辞してもな」

 

「あ……えっと、昨日のことは……」

 

「謝んないで、惨めになるから。まぁ、俺の方から言えることは、俺はいつでもエミリアたんの寄りかかれる位置にいるから、ご利用はご計画的にってこと。強くて一人で立つエミリアもいいと思うけど、ちょっとくらい弱くなってくれてもいいからさ」

 

胸を叩いて、軽く口元を緩めてみせると、ふっとエミリアも安堵したように吐息をつく。途端、彼女はその安心が全身に伝播したように上体をふらつかせ、

 

「なんだか、安心したら急に……」

 

「夢見が悪くて寝付けなかったぐらいなんだ。無理しないで、ちょっと寝ててもいいぜ。俺、何もしないでちゃんと見守ってるから」

 

「何もしないでってところ、すごーく気になるけど……」

 

いらない一言を気にしながら、エミリアはそれでも睡魔の誘惑に銀髪を揺らして抗っている。そんな彼女の額に指を当て、スバルは軽く力を込めて細身を後ろへ押し倒した。

 

「あぅ……」

 

「いいから、寝てろっての」

 

ベッドに仰向けになったエミリアに、有無を言わせず指を突きつける。

スバルはタオルケットをその細い体の上に被せると、座っていた椅子をさらにベッドの近くに引き寄せて、エミリアの寝顔が覗ける位置に腰を据える。

 

「だーっと喋って、頭の中も筋道つけて、少しは俺の言葉で安心ができたんなら……ゆっくり休もう。夜になったらまた、頑張らなきゃいけない時間がくるんだ」

 

「……そんな風に甘えてて、いいのかな」

 

「いいんだよ。どんどん甘えな。俺の甘やかしで虫歯だらけになるぐらいにさ」

 

肩をすくめてみせるスバルに、ベッドの中のエミリアが小さく笑う。それからエミリアはジッとスバルを見つめて、タオルケットの中からゆっくりと手を伸ばし、

 

「――手」

 

「うん?」

 

「甘やかしてくれるなら、手……握っててくれる?私が寝るまでの間だけでいいから、お願いしていい?」

 

「おおよ、どんと任せな」

 

差し出される細く小さな手を握り、その華奢で滑らかな感触を掌に感じながら微笑む。エミリアはスバルのその微笑みに同じように笑い返し、スバルの言葉に従うようにそっと目を閉じた。

 

小さな寝息が聞こえ出すまで、時間はそれほどかからなかった。

 

「……少しは、いい夢が見れるといいけどな」

 

ベッドの中、静かな寝顔をさらすエミリアを見ながら、スバルはその額にかかる銀髪を指で払い、今も結ばれている手に視線を落とす。

こうして他者の存在を感じていることで、夢の中の孤独から少しでも彼女が解放されてくれたらいい。部屋の中で一人、苦しげに悪夢に追われるのを繰り返すなど、あまりに酷な仕打ちなのだから。

 

「それにしても……色々と、聞けたな」

 

手を握ったまま椅子に座り直し、スバルは今しがた交わした会話の内容を反芻する。

エミリアの過去と、王選に挑んだ理由。彼女を連れ出したロズワールの提案と、その提案に乗らざるを得ないほど追いつめられていたエミリア。

そして何より、エミリアに降りかかる『試練』と、答えを出しているはずの彼女を許そうとしない『試練』の真意――それらを半端な形にしたまま、エミリアをこうして寝かしつけて、スバルは今、ここにいる。

 

「――――」

 

そっと、エミリアの寝顔を見つめる。

彼女の憔悴しきった様子に痛ましさを覚えて、状況を先送りにしてしまった――わけではない。出さなくてはならない答えを後回しにして、こうしてほとんど無理やりに休ませたのには理由がある。

その考えに至った理由が、あまりにもあんまりだったから――起こしたままのエミリアの傍で、それをすることなんてできそうになかったから。

 

「ただ、状況的に考えて……そうとしか思えねぇ」

 

過去のループと、引っかかった内容と、その他の状況証拠がスバルにそれを意識させている。確かめる方法は一つで、それは今なら簡単に行える。

そしてこの考えが正しいのであれば、間違いなく事態を打開する一つの光明となるはずのことで――。

 

息を吸い、止める。

 

鼓動の音のうるささを血流に聞きながら、スバルは自分の考えが正しいかどうか、確かめるために手を伸ばす。

エミリアと握る右手と反対の左手を、安らかな寝顔を浮かべているエミリアの首元へ――その白く、細い首に手を伸ばし、そして。

 

「――お前、本当は眠ってなんかいないだろ」

 

指先に感じる、冷たく固い感触。

声に強張るものを自分で感じながら、そう言葉を紡いだスバル。

 

しばしの沈黙があり、スバルの心が焦燥感に焦がれかけた頃――ふいに、

 

『よく、気付いたね。――ボクは嬉しいよ、スバル』

 

触れた緑の結晶石の中から、中性的な精霊の声がスバルの頭蓋に直接響いてきた。