『ナツキ・スバルの道化ぶり』


 

スバルがロズワール邸での一週間を突破する上で、越えなければならない関門は大きく分けて二つだ。

 

ひとつは、屋敷関係者からの信頼を勝ち取ること。これはラムやレムにだけに関わらず、主であるロズワールからのものも含める。

彼女らと彼のお眼鏡に適わない場合、スバルの命は口封じの名目で消されてしまう可能性が非常に高い。

これは前回のループの際に、有り余る時間で何度も何度も考えた末の結論であった。

同じく、彼女らの許可なくしての外出もそれに該当しよう。怪しい振舞いは即DEADENDに通ずる。細心の注意を払って然るべきポイントのひとつだ。

 

そして関門の二つ目――こちらはまだ糸口さえ見えていない。

ずばり、ロズワール邸を襲う呪い師の正体だ。

一度目のスバルの命を奪い、二度目にもスバルの心身を喪失させ、四度目の世界ではレムを死なせた呪術の使い手。

五度目の世界に至り、いまだその正体の片りんすら見えていない相手の捜索、及びこれの撃破――それが今回の最大の目的だ。

 

まとめると、ラムやレムからそこはかとなく信頼を勝ち取り、その上で邪悪な魔法使いを撃破できればループ突破が狙える、ということ。

 

四度死んで、ようやく勝利条件が見えたという有様だ。

おまけに、肝心な条件達成の部分に関してはまだまだ未知の部分が多く、ノープランで戻ってきた感が否めない。

 

改めて己の前途多難さにため息が出るレベルだが、スバルは抱えたくなる頭を振って前を向く。

どれだけ立ちはだかる壁が高くとも、挑まないわけにはいかない。

自決という手段を取ってまで戻ってきたのだ。戻ってこれるかわからない条件に賭けてまで、スバルはここへ戻ってきた。

 

一度、自分から死んでみせたのだ。

ならば、死んだつもりで挑んでみるべきなのである。

――スバルはそう、決めていた。

 

※ ※※※※※※※※※※※※

 

「そぉれで、ラム?君から見たところ、彼の評価はどんなもんかな?」

 

夜天に月がかかる刻限、ロズワール邸最上階の執務室にて、その密談は行われていた。

参加者は二人。屋敷、そして部屋の主であるロズワールであり、彼と向かい合うのは桃髪のメイド――ラムだ。

 

机の上で手を組み、唇をほころばせるロズワールの問いに、ラムはわずかに首を傾けながら思案する。

その報告を躊躇うような態度に、ロズワールは珍しいものでも見たかのように片眉を上げると、

 

「ふぅむ、わりとなんでも即断傾向にあるラムが悩むなぁんて、珍しいこぉともあるもんだねぇ?一日じゃ、測れなかったかなぁ?」

 

「そういうわけでは、ありませんけど」

 

否定の言葉こそすぐ返ってきたが、その内容はやはりどこか明瞭さに欠ける。彼女は唇に指を触れて、少しだけ戸惑いを残しながら、

 

「彼――バルスはその、能力的には全然ダメです。使用人としての仕事ぶりは、素人に毛が生えた程度でしかありません。向いているとかいないとか以前に、評価対象外です」

 

「うぅん、自分から働かせてほしいと言い出したのに、それもまたどーぉにも不思議なもんだねぇ」

 

朝食の席のことを思い出し、ロズワールは含み笑い。

目覚めた客人を食卓に招き、彼の功績とその褒賞について話し合ったときのことを思い出す。

 

ロズワールの印象としては、彼は『それなりの教育を受け、悪くない程度に頭が回り、そこそこに保身もできる少年』といった判断を置いていた。悪くない評価であり、それは別の意味では警戒に値するということでもある。

 

故に、教育係として彼に付けたラムには監視の名目を命じてあったし、実際にこうして報告の時間を設けてもいる。

一日目から結果が伴うとは考えていなかったが、逆にこうしてラムの態度に違和感を生じさせる手合いとなると由々しき相手だ。

 

「不思議なことなんですが……」

 

「うん、聞こうじゃないの。なんでもどしどし言ってごらん」

 

「能力的には全然力足らずなのですが、バルスはどういうことなのか……その、気持ち悪いぐらいに前向きと言うんでしょうか」

 

言葉を選ぶ、というより言葉を探している風なラムの発言にロズワールは眉を寄せる。

要領を得ない、というのは語るラム自身もわかっているのだろう。的確な言葉が見当たらないのがもどかしいといった顔つきのまま、

 

「あの調子でずっと喋り倒して、時に失敗しても笑みを絶やさず、それどころかひどく献身的にこちらに振舞う始末で……」

 

「……君は、どーぉ思ってるわぁけ?」

 

「エミリア様から、聞いていた様子とは違うなと」

 

低い問いかけにラムはそうとだけ応じる。

彼女の有する疑問点を、彼との接触が短いロズワールは感じ取れない。が、屋敷にてそれなりに経験を積んできた姉妹の意見だ。彼女らへの信頼を思えば、その進言は十分に意識すべき事柄だった。

 

「ともあれ、人となりが見えないのも初日じゃまだ仕方ない。彼にはエミリア様を救ってもらった恩義がある。――もうしばらく、ゆぅっくりと経過を見させてもらおうじゃぁないかね」

 

「……もしもの、場合には」

 

その先を聞きたくない、と思っているのが如実に伝わる。

表情を変えていないのに、それが感じ取れるのは付き合いの長さ故だろうか。ラムのそんな弱さを黄色の瞳で見つめ、ロズワールは小さく首を横に振り、

 

「そぉのときはそのときだぁね。なるたけ穏便に済ませたいものだ。――くれぐれも、レムが先走らないよう注意してね」

 

時にあの青髪の娘は、こちらの意図を汲んだ上で独断に走る傾向がある。概ねロズワールの判断と指針を違えないものの、可能性の芽を摘み取る即断には手を焼く場面もあった。

今回は特に、その即断が良くない方向へ進む可能性がある。

 

危険を未然に排除しました。が、エミリアとの関係は悪化しました、では笑えない。非常に困る。

ロズワールにとって、三人は必ず必要な駒なのだから。

 

「ときにラム。報告は終わりかな?」

 

「……はい。大したことをお伝えできず、申し訳ありません」

 

「そぉんなことで責めたりしないとも。それより、今夜の御勤めを済ませてしまおうか。――二晩空けた。ずいぶんと、疼いていたことだろう?」

 

指の動きで誘うロズワールに、ラムはどこか陶然とした面持ちで従う。机の前に立っていた彼女は揺らめくような足取りで彼に近づくと、座る彼の膝の上におずおずと腰を乗せ、

 

「今夜も、失礼……します」

 

「当然の権利の行使だとも。いつものことだけど、恥ずかしがることじゃぁない。大事な体だ。君ひとりのものではなぁいんだから」

 

頬を手でなぞり、うっすらと目を閉じるラムの顔を上に向けさせる。桃色の髪を反対の手で梳きながら、ロズワールは片目をつむり、青い方の瞳でラムを見下ろしながら、

 

「さぁて、君が我々にとってどぉんな存在であるのか。ぜひとも友好的に行きたいものだぁね?」

 

口の中だけで呟き、ロズワールはそれきり意識を切り替える。

目の前のラムだけを見つめ、ラムだけに意識を沈めていく。

 

初日の夜が更ける。

――館の主とメイドの、妖しげな密談を締めとして。

 

※ ※※※※※※※※※※※※

 

「グッモーニング!今日も晴天、洗濯物に絶好調!俺によーし、お前によーし、みんなによーし!グッドスマイル!」

 

二日目の朝を迎えて、昇る朝日を万歳三唱で迎えながら、スバルは声高らかに喝采を上げていた。

 

庭の真ん中に立ち、日差しに瞼を焼かれながら、寝ぼけ眼を体を全開に動かすことで振り払う。

朝一番のラジオ体操、手足に血流がしっかりと巡り、眠って蓄えたエネルギーを体全体へと行き渡らせる。

 

最後に両手を天に伸ばし、「ヴィクトリー!」と叫べば一日の始まりの始まり終了だ。

軽く額に汗しながら、スバルは爽やかにそれを拭って振り返る。

と、

 

「朝からホントに元気よね……」

 

「元気も元気、超元気!俺の元気がみんなの勇気、アイラブユーラブウィーラブ!張りきっていこうぜ!」

 

庭の端、木々に囲まれた庭園の木陰で、朝の日課を行っていたエミリアが苦笑。彼女の手元には灰色の毛玉、もといパックが浮遊しており、その黒い眼を小さな手でぐしぐしとこすっている。

 

「顔とか洗ってるとこ見ると、マジ猫だな。それはそれとして、精霊とかもやっぱ眠くなったりすんの?寝坊とかある?」

 

「君たちも疲労が溜まれば眠くなるでしょ?精霊も活動力の源であるマナの蓄えが減少すると、まぁ似たようなことになるよ。マナが十分に溜まってないと、こうして眠気が続いたり……ふにゃぁ」

 

欠伸をするパックにつられて、エミリアもその唇に掌を当てて小さな欠伸。彼女らの仕草にスバルは肩をすくめておどけて見せると、

 

「二人して夜更かしさんとかよくねぇな。どうせアレだろ?夜中遅くまで好きな子の話とかで盛り上がってた系だろ?いーぜいーぜ、俺も混ぜろよ!俺の好きな子?えっとねー、うんとねー、すっごく恥ずかしいんだけどー」

 

手を組み目を伏せ、ちらちらとエミリアをうかがうスバル。スバルのその態度にエミリアは「はいはい」とおざなりに手を振り、

 

「私が好きなのはパックで、パックが好きなのは私。お話おしまい」

 

「相思相愛!?俺の割り込む余地は!?余地は!?」

 

「にゃいとも。ボクの魅力にリアはメロメロだよ。スバル、君も悪い男じゃなかったかもしれないけど、ボクと比べちゃ形無しだ。素直にこの子のことは諦めて……にゃうにゃう!」

 

詰め寄るスバルを上から目線でいなすパック。

どこから取り出したのか、手拭を噛んで「きぃー」と泣き喚くスバルの耳を、そして踏ん反り返ってヒゲを整えるパックの耳を、それぞれ手加減抜きで摘まみ、

 

「二人とも悪ノリしないの!そんなことばっかり言ってると怒るんだから、私」

 

「「痛い痛い怒ってる怒ってる」」

 

エミリアのお仕置きにユニゾンで恐れ入るひとりと一匹。

耳を解放されてそれぞれ患部を擦る両者に対し、エミリアは小さな吐息をこぼすと、

 

「仲がいいのはいいことだけど、人をダシにして遊ばないの。わかったら返事。はい」

 

「「はーい」」

 

手を差し出されて促され、ついつい勢いで頷いてしまう。

どうにも手玉に取られている感が拭えないが、満足げに微笑む彼女を見ていると、そんな些細なことはどうでもよくなるから不思議だ。

 

安堵感にそっと浮上してくる微笑。唇をゆるめるその感覚を得ながら、スバルは内心でかすかに慌てて笑みを作り、

 

「なにこのドキドキ。年上属性持ちの俺にお姉さんぶるとか、エミリアたんからのアピールラッシュが激しすぎて俺困る+嬉しい悲鳴」

 

「嬉しいのに悲鳴って……どんな感じ?」

 

「きゃひーーーん!とかこんな感じじゃね?」

 

顎のあたりに両拳を添えて、片足を曲げながら小さな跳躍。古い漫画でぶりっ子キャラがやってそうな仕草だが、意外と再現度が高くて自分で驚き。

 

「なんでだろ。すごーくがっくりきちゃった」

 

「思いのほか不評!なぜ!?俺と世間はこんなところでもすれ違うのですかよ、ホワーイ!」

 

肩を落とすアクションのエミリアにスバル渾身のリアクション。往年の漫画ポーズは『シェー』と呼ばれるものだが、これに対しての彼女からの反応はこれといってなし。

不発に終わり、力がへなへなと抜けてその場に崩れ落ち、

 

「どうも体ネタは不発が多いな……!命とか炎とかはイメージ伝わらないから仕方ないとして、子どもから大人まで魅了した魔性のポーズが受けないとか、どんだけ笑いに厳しいんだよ……!」

 

「どんな壁に激突したのかわからないけど、ちょうどいっか。ほら、スバル。こっち、こっちきて座って」

 

地面に手を着いて涙をこぼしそうなスバルに、芝生に横座りのままエミリアが自身の隣を軽く叩く。

そこにおいで、という意味と悟った瞬間のスバルの行動は早い。それこそ跳ねるように身を飛ばし、彼女の隣へ滑り込み、

 

「呼ばれて飛び出て滑り込んだ上で俺参上。なに、なに?ちょうどいいってどんなタイミング?痒いところに手が届く男、ナツキ・スバルがエミリアたんの痒いんだけど届かない背中のあのあたりとか命じられたままに掻くよ!それ以上はしないよ!」

 

「ただ隣においでって誘っただけなのに、予想以上の反響があってどうしよう私」

 

「…………」

 

猛烈な勢いにさすがに苦笑いのエミリア。そんな彼女の掌の上で、パックは自分のヒゲに触れながら無言の態度だ。

その姿勢にパックは当てにならないと踏んだのか、エミリアは「ええっと」と前置きしてスバルに向き直り、

 

「それで、昨日はどうだった?ちゃんとお仕事できた?」

 

「ああ、八割ダメだったな!」

 

「そっか。自信満々で……え?ダメだったの?八割も!?」

 

「いや、ゴメン、さすがに八割は言い過ぎた。たぶんそう……贔屓目に見て、六……いや、七割、五分ぐらいは……」

 

「そこが際どいんだ……」

 

なんでかしゅんとなってしまうエミリアの様子に、なぜか良心の呵責を覚えてスバルも肩が小さくなってしまう。そんな自分につられるスバルの様子に、エミリアは慌てた素振りで手を振り、

 

「あ、でも、ほら、初めての仕事で二割はうまくいったんでしょ?それなら大丈夫、きっとうまくやれるわ。ほら、自信持って」

 

「そうだよね!初めてで二割とかかなり強豪バッターじゃねぇ?追い風と調子に乗って天狗っちゃうよ、俺!」

 

「そんな自惚れないでちゃんと反省はして」

 

「要求厳しくねぇ!?あ、違いますなんでもないですごめんなさい」

 

じと目で睨んでくるエミリアの迫力に押されて、持ち上がりかけた肩を再び小さく丸めて縮小しながらうなだれる。

ともあれ、

 

「ま、実際のところ、ラムレムのフォローもあってどうにかやってけてる感じだよ。全力で取り組んで二割なのはもはやしょうがねぇし?そのへんのがっかり感は今後に期待ってことでよろしくトゥモロー」

 

「本人がそうやって気にしてないなら、私から言うことなんてなんにもないんだけど……」

 

前向き姿勢なスバルの発言に、エミリアはどこか拗ねたように唇を尖らせる。そんな子供っぽい仕草が異常に愛らしくて、胸を締め付けられるような感覚にスバルの体が熱くなる。

が、自制心を総動員してその衝動を殺す。

スバルはおどけた動きを作ると、彼女を両手の指で指差し、

 

「まーまーまー、そんなわけでこんなわけでそんなこんなで、俺は今日も今日とて、メイド姉妹にあれこれ指図教育仕置きされつつも、使用人ライフに勤しむわけよ。そんな生活に疲れ切ったらエミリアたんの膝に飛び込みにいくから、ちゃんと空けておいてね」

 

「……話半分に聞いてると、ちょうどいい感じがするかも」

 

「可愛い顔で辛辣な評価!でもでも、半分は聞いてくれるってことは片膝はオッケーってことだな!じゃ、今夜のエミリアたんの片膝は俺のリザーブ済みだから……勝手に使うなよ、パック」

 

指を突きつける相手を変えて、宣戦布告を叩きつけるスバル。一方でそれを向けられるパックは余裕の態度を崩さず、

 

「ふふん、あとから出てきた君がなんと言おうと、リアはすでに契約でボクに身も心も捧げた状態。今さらこの関係ににゃんにゃにゃん」

 

「私の知らない間に勝手に契約内容を変えないの」

 

懲りないパックの両耳を摘まみ、宙に浮かせて揺らすエミリア。

全体重が耳にかかるので、人間がやられたらと思うと想像を絶する責め苦だと思われるが、揺られるパックはそもそも体重が綿毛みたいなものだからダメージはなさそうだ。相変わらずの長閑な顔つきのまま、ゆらゆらと身を任せるまま揺られている。

 

「んじゃま、朝の活力も補給したとこで、お仕事するとしますかね」

 

「活力補給って、なにかしてたの?」

 

「もち、エミリアたんといちゃいちゃしたことでいちゃラブパワーが溜まったわけよ。ゲージ二本は溜まったから、超必が二発は打てる計算。これはもう、決まったな……」

 

「またそうやって調子のいい。そうやって人をからかってばっかりいると、いざ本当のことを言ったときに信じてもらえなくなっちゃうんだから。お伽噺で読んだことないの?」

 

「類似作品なら知ってるけどね!正直、俺アレは自業自得だからフォローの余地ないと思うんだけどさぁ」

 

「それをスバルが言うの……?」

 

人のふり見て我がふり直せ、というようなエミリアの視線にスバルは舌を出して照れ笑いしながら立ち上がる。

尻についた草を払うと、腰を回して背伸びして、

 

「そろそろ行かないとマジ怒られるな。今朝は朝飯の準備から入る予定。エミリアたん、ピーマル苦手だったろ?のけといてあげる」

 

「嫌いでも食べなきゃダメだから……って、私、その話をスバルにしたことあった?」

 

疑問に首を傾けるエミリアに、スバルは小さな笑みを残して手を振る。

ほんのわずかだけ、彼女の意表を突けたのが嬉しかった。

 

無駄に左右に揺れながら、最後まで彼女の視界の中でおどけてみせる。

意識して、意識して、微笑みが消えないように意識しながら。

 

※ ※※※※※※※※※※※※

 

ふらふらと視界から消えていくスバルを見送り、エミリアは小さな吐息をこぼして手元を見た。

視線の先、灰色の小猫は遠のくスバルの背中に視線を送っている。ふと、自分を見下ろすエミリアに気付いて猫は顔を上げると、

 

「どったの、浮かない顔をしてるね?」

 

「なんだかこう、もやもやしてるの。うまく言葉にできないんだけど」

 

口ごもり、エミリアは自分の内側の戸惑いを言葉にしようと苦心する。しかし、それはうまく決まらず、けっきょくは無言の吐息となって大気の中に消えていくのみだ。

そんな彼女の葛藤を見やりながら、パックは己のピンク色の鼻に触って目を細め、

 

「スバルが気にかかるかな?珍しいね。リアがそんなに他人のことを気にかけるなんて」

 

「勝手に人付き合いが下手な人みたいな言い方しない。私は他人と接するのが下手なんじゃなくて、接する機会が少なかっただけですー」

 

頬を膨らませて、付き合いの長い灰色の猫にそうこぼす。

普段、周りに誰かがいたらできないような子どもじみた態度。長年の付き合いがあるパックの前でこそできる、彼女なりの甘え方がそんな態度に表れていた。

 

一方で、それを向けられるパックの表情は穏やかなものだ。

まるで娘の成長を喜ばしく思う親のような態度――彼の心境からすればまさしくその通りなのだが、そんな顔のままパックは頷き、

 

「まぁ、リアが戸惑うのも無理はないよ。少しばっかり困ったことになってるからね」

 

「困った、こと?」

 

のんびりとしていながらも、聞き逃せない内容だと察してエミリアの表情が引き締まる。

基本的に、パックはどんな状況であれ態度が一貫している。これが精霊特有のものなのか、単にパックの性格的な問題なのかまではわからないが、発言内容の重さは受け手の判断に委ねられるケースが多い。つまるところ、エミリアが判断しなくてはならないということだが。

 

真剣な面差しを向けられながらも、パックの態度は崩れない。

彼は短いヒゲの先を指先でいじりながら、

 

「ぼんやりと触ってみたけどね。スバルの心、だーいぶごちゃごちゃしていたよ。外身と中身でぐっちゃぐちゃだ。あのままじゃ、そう遠くない内に擦り切れちゃうんじゃにゃいかなぁ」

 

と、どこまでもマイペースな口調で言ったのだった。