『ゼロから始まる異世界生活』


 

「は?」

 

視界に入る大気が歪み、心なしか部屋の明るさが一段階失われたように思える。

それどころか氷結魔法の連続で低下していた気温がさらに下がり、思わず起きた身震いにスバルは己の肩を抱いた。

そして、

 

「え、あれ、おい」

 

「ごめんなさい……ちょっと、肩を貸して」

 

寄りかかってくる銀髪の少女を、スバルはわたわたと慌てながら支える。

華奢な体はひどく熱く、スバルは自分の鼓動がこれまでと違う原因で跳ねるのを自覚。しかし彼女の表情を見て、そんな感慨も一瞬で吹き飛ぶ。

小刻みに浅い息を繰り返し、苦しげな彼女はまるで高熱を発した病人だ。

 

「どうした、急に体調でも悪く……」

 

「違うの。マナが……わかるでしょ?」

 

――さっぱりわからん。

 

腕を組んで断言してやりたいところだったが、そんな雰囲気でもない。

なにより、スバルの言葉を封じたのは肩にかかる重さではなく、変貌した室内の雰囲気――その根源に当たる存在だ。

 

部屋の中央で、ラインハルトが両手剣を低い姿勢で構える。

いや、構え自体は戦いが始まってからずっと取っていたはずだ。そのはずなのだが、スバルはその光景を『初めて剣を構えた』と呼ぶのにふさわしいと肌で感じていた。

 

――そう、『剣聖』ラインハルトは今、初めてその剣を構えたのだ。

 

「『腸狩り』エルザ・グランヒルテ」

 

「――『剣聖』の家系、ラインハルト・ヴァン・アストレア」

 

すさまじい剣気が室内を押し包み、向かい合う二人の戦意が大気を震わせる。

唇を舐めて名乗り上げを行うエルザに、ラインハルトもまた厳かに頷いてそれに応じた。

 

このほとんど廃墟と化した場所で、黒衣の殺人者と軽装の英雄が向き合い、打ち合う鋼は血に濡れた短刀と錆すら浮いた古びた両手剣――にも関わらず、スバルは息を呑む。

 

互いに名乗りを上げて、これから一騎打ちに臨もうとする二人。

その姿がまるで、英雄譚の一節のように輝かしいものにすら思えたからだ。

 

「――――ッ」

 

息を詰める叫び、それはエルザのものか、ラインハルトのものか、それとも果たしてスバルのものだったのか定かではない。

だが、その結果だけは三人のいずれもが見た。

 

極光が屋根を失った盗品蔵を引き裂き、空間ごと真っ二つに切り裂いた。

世界がずれたとしか思えない光景、放たれた極光は一瞬の間、室内を白く塗り潰していたが、光が晴れた直後に世界が激変する。

 

ずれた空間が元に戻ろうと収束を始め、大気が歪曲するほどの威力の余波が部屋の中を暴風となって荒れ狂う。

逆巻く風が盗品を、家財を、廃材を巻き込んで暴れ回り、その二次災害からスバルは必死で偽サテラとロム爺の巨体を守り切る。

 

「ぬわぁぁぁぁぁ!!なんじゃ、こらぁぁぁぁ!?」

 

この暴波の意味はわからない。わからないが原因はわかる。

たったひと振り、全力で剣を振るった――それだけでこの有様だ。

 

声を上げて、痛みと風を耐えしのぐ。やがて、暴威はその威力を弱め、吹き散らされた廃材や盗品が床に落ちる音、家屋が軋む鈍い音などが連鎖して終焉を告げる。

頭に落ちてきた掛け軸のような残骸を放り捨て、スバルは体を張って守った二人が無事なのを確認。無意識的にカバーが足りなかったのか、多少ロム爺がミルクやらなんやらで汚れている気がするが、そこは勘弁してもらおう。

 

「なにが化け物狩りは自分の領分だ。お前のが十分、化け物じゃねぇか!」

 

「そう言われると、さすがに僕も傷付くよ、スバル」

 

苦笑しながら破壊の原因、ラインハルトが振り返って言った。

暴風に燃えるような赤い頭髪は乱れ、さすがの涼しい顔にも汗が浮かんでいる。そして彼の手の中の両手剣は――、

 

「無理をさせてしまったね。ゆっくり、おやすみ」

 

手の中で崩壊していく両手剣、その粗末な作りではラインハルトの一撃に耐えることができなかったのだ。

鋼の刃が朽ちるほどの一撃、そしてそれをまともに受けたエルザは、

 

「肉片ひとつも残ってねぇな……スプラッタ感が失せて逆にいいのか」

 

世界ごと切り裂くような斬撃のあとには、本当の意味で何も残っていない。

破壊は盗品蔵の入口付近をカウンター席ごと吹き飛ばし、その余波は蔵の前の広場にも及んでいる。吹き荒れた暴風は建材を軒並み崩壊させ、今にも建物が崩れそうだ。

エルザの立ち尽くしていたはずの場所は、当然のようにその斬撃の範囲内。黒衣の長身の姿はその中のどこにもなく、ラインハルトの圧倒的さにコメントも浮かばない。

 

「でもこれで……」

 

緊張にかちこちに固まった体を伸ばし、スバルは大きく息を吐いた。

そしてどうにも実感を得ていなかった事実を確かめるように、隣の存在を思う。

 

こちらに肩を預ける銀色の少女――彼女はまだ少し浅い呼吸を繰り返しながらも、スバルの視線に気付くと紫紺の瞳をこちらに合わせた。

 

「無事に、終わったの?」

 

「ああ、ホントの意味でどうにかな」

 

弱々しい問いかけに答えて、スバルは立ち上がろうとする彼女を支える。その際、膝上に乗っていたロム爺の頭が落ちたが、そんなのは瑣末なことだった。

 

立ち上がった彼女は己の銀髪を梳き、まだ頼りなげな足でスバルの庇護を離れる。

自分の手を離れる偽サテラ、スバルはそんな彼女をしげしげと眺めて、

 

「じろじろと、どうしたの?すごーく失礼だと思うけど」

 

「手足はもちろん、首もちゃんとついてるよな」

 

「……当たり前でしょ?恐いこと言わないでくれる?」

 

スバルの感想は彼女には意味がわからなかったのだろう。

じと目でこちらを睨んでくる彼女にスバルは親指を立てて歯を光らせ、

 

「そうだな、当たり前だよな。もちろん、俺の手足もついてるし、背中にナイフが生えてもいなけりゃ、腹にでかい風穴が開いてたりもしないぜ!」

 

「生えてたり開いてたりした時期があるみたいな言い方するわね」

 

あったのです。その節は本当にご迷惑をおかけしました。

スバルが役立たずなせいで、偽サテラも命を吹っ飛ばしたり、ロム爺も腕と首が飛んだり、フェルトもばっさりやられたりと散々なものだったが。

 

「そういや、ラインハルト。まだ礼を言ってなかった。マジ助かった。さっきの路地のことといい、俺の心の叫びが聞こえたのかよ、友よ」

 

「それができたなら僕も胸を張るんだけどね、友達くん」

 

肩をすくめるラインハルトは心苦しげな顔で、顎の動きで一方を示す。

彼の仕草に従ってそちらを見ると、

 

「お」

 

そこにいた人物の姿を見て、スバルは自分の口が思わぬ綻びを得たのを感じた。

盗品蔵の、今はもはやなくなってしまった入口。そこにかろうじて残る柱の陰、そこからおずおずとこちらを見ているのは、八重歯の目立つ金髪の少女だ。

 

「彼女が必死で路地を走り回っていたんだ。そして僕に助けを求めた。僕がここにこれたのは彼女のおかげだよ。その後は騎士の務めを果たしただけさ」

 

「騎士の務めって、ボロボロの廃屋を平たくすること?」

 

「それって意地悪過ぎやしないかい、スバル」

 

痛いところを突かれた、と胸を押さえるラインハルト。

これほどの惨状を生み出しておきながら、その変わらぬ親しみやすさはどこか空恐ろしくもある。つまり、イケメンマジイケメン。

 

「あの子は……」

 

偽サテラもまた、おぼつかない足取りの中でフェルトの姿に気付いた。

スバルはそんな彼女の視界からフェルトを守るように回り込み、

 

「タンマタンマ。あいつがラインハルトを呼んでくんなきゃ、俺たちはきっと全滅してたんだぜ?ここは俺の顔に免じて、氷の彫像の刑は見送ってくれよ」

 

「そんな乱暴しないわよっ。というか、あなたの顔に免じてって……」

 

疲れたように眉間をもむ偽サテラ。

そんな仕草のひとつすら、どこかスバルには喜ばしいものに感じられる。

こうして互いの生きている状態で、それなりの友好関係の上で軽口が叩いていられるのだ。かなり語弊がある感じだが、まさしくスバルの望み通りの展開である。

 

「あとは俺のネゴシエーション次第か……そこが一番、信用できねぇ!」

 

「さっきからどうしたの?わたわたして、すごーくみっともないけど」

 

ぐさりとくる一言、スバルもまた胸を押さえてラインハルトと同じリアクション。もっとも、そこにはひょうきんさがあるだけで、彼のような凛々しさは微塵もない。

 

そんなこちらのやり取りを見て、ラインハルトは小さく嫌味なく笑う。それから彼は黙してこちらをうかがうフェルトの方へ、片手を挙げて迎えにいった。

颯爽とした後ろ姿には嫉妬心すら浮かばず、スバルは肩を落とすしかない。これが持てるものと持たざるものの違いか。

 

警戒しつつも、助けに応じてくれたことへの恩義を感じているのか、歩み寄ってくるラインハルトからフェルトは逃げようとはしない。

そんな二人を若干、微笑ましいような感じでスバルは見守り、

 

「――スバル!」

 

ふいにこちらを振り向いたラインハルトの叫びに、窮地を脱していなかったことを悟る。

 

「――――ッ!!」

 

廃材が跳ね上げられ、その下から黒い影が出現する。

影は黒髪を躍らせて、血を滴らせながらも力強く足を踏み出し、加速を得る。

ひしゃげたククリナイフを握りしめ、無言で疾走するのは流血するエルザだ。

 

「てめぇ――ッ!」

 

あの苛烈な斬撃を掻い潜り、命を拾った殺人者の目には漆黒が宿っている。

それはこれまでの相対でもっとも、スバルの背筋に氷を差し込む殺気を放っていた。

 

接触までのわずかな数秒、その間にスバルの思考はめまぐるしく回転する。

ひしゃげたナイフ。一瞬の邂逅。おそらくはたった一発に賭けている。ラインハルトも駆けよってくるが間に合わない。一撃だけしのげば、ラインハルトがどうにかする。偽サテラは振り返る余裕もない。狙いはどっちが。俺は三度目、彼女を守る。

守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守るるるるるる!!

 

「狙いは腹狙いは腹狙いは腹ぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

偽サテラを突き飛ばすように庇い、腕の中に残っていた棍棒を引き上げ、とっさに腹の上をガード――衝撃。

 

横薙ぎの一発の威力は斬撃というより、重厚な鈍器による打撃に近かった。

土手っ腹への衝撃で地から足が離れ、世界が百八十度回転する感覚を、血を吐きながらスバルは味わった。

 

ぐるぐると視界が回る。実際に吹き飛ぶ体が回転しているのだ。

どれだけ飛ばされたのかもわからないまま、受け身も取れずに壁に激突させられる。

 

「この子はまた邪魔を――」

 

ぶっ飛んだスバルを見ながら、エルザが悔しげに舌を鳴らす。

それから彼女は立ち尽くす偽サテラに目を向けるが、

 

「そこまでだ、エルザ!」

 

駆け戻るラインハルトを前に、戦闘続行の無意味さを悟る。

エルザは手の中、スバルへの最後の一撃で完全に歪んだククリナイフをラインハルトへ投擲。矢避けの加護によってそれは当たることはなかったが、

 

「いずれ、この場にいる全員の腹を切り開いてあげる。それまではせいぜい、腸を可愛がっておいて」

 

廃材を足場に、エルザが跳躍する時間を稼ぐには十分だった。

屋根を踏み、身軽に建物を飛び越える細身を追うのは骨が折れる。この場において、これ以上の戦闘を望まないラインハルトはあえて、その背を追うことをしなかった。

遠ざかる背中を見送って、ラインハルトは銀髪の少女に駆け寄る。

 

「ご無事ですか――」

 

「私のことはどうでもいいでしょう!?それより……」

 

端正な顔に焦燥感を走らせるラインハルト、彼の言を振り払い、偽サテラはふらつく足を叱咤して壁際――逆さまに倒れているスバルの側へ向かう。

 

「ちょっと大丈夫!?無茶しすぎよっ」

 

「お、ぉぉお……ら、楽勝楽勝。あそこってば無茶する場面だべ?動けんの俺しかいねぇし、あいつがとっさに狙う場所もこっそり当てがあったし」

 

心配そうに顔を寄せてくる偽サテラに手を掲げ、スバルは一撃をもらった腹を軽く撫でる。尋常でない打撲傷に、服をめくった下が真紫になっているのが見えた。

「うええ」とその見た目の悪さに舌を出し、それからスバルは逆さまの体をひっくり返した勢いで立ち上がり、

 

「今度はもう、完璧にいなくなったよな?」

 

「すまない、スバル。さっきのは僕の油断だ。君がいなければ危ないところだった。彼女を傷つけられていたら僕は……」

 

「タンマタンマタンマタンマ!そっから先は言及無用だ。こんだけ色々ともったいぶったんだから、そこの部分を他人に委ねちゃ俺が報われん」

 

謝罪を口にしかけるラインハルトを制止して、押し黙る彼にスバルは笑みを向ける。それからゆっくりとした動きで振り向き、自分を見上げる銀髪の少女と視線を合わせた。

 

彼女は身じろぎし、それから立ち上がる。二人の間の距離は二歩分、手を伸ばせば届く位置だ。ずいぶんと遠回りしたものだと、ここまでの道のりを感慨深く思い出す。

 

突如、瞑目して黙り込んだスバルに少女は物言いたげな顔をする。

しかし、彼女がその口を開くより先に、スバルが指を天に突きつける方が早かった。

左手を腰に当て、右手を天に向けて伸ばし、驚く周りの視線を完全に意識から除外して、スバルは高らかに声を上げる。

 

「俺の名前はナツキ・スバル!色々と言いたいことも聞きたいことも山ほどあるのはわかっちゃいるが、それらはとりあえずうっちゃってまず聞こう!」

 

「な、なによ……」

 

「俺ってば、今まさに君を凶刃から守り抜いた命の恩人!ここまでオーケー!?」

 

「おーけー?」

 

「よろしいですかの意。ってなわけで、オーケー!?」

 

OとKを上半身の動きで表現するスバルに、銀髪の少女はひきつりながらも、「お、おーけー」と応じる。

そんな彼女の態度にスバルはうんうんと頷き、畳みかけるように続ける。

 

「命の恩人、レスキュー俺。そしてそれに助けられたヒロインお前、そんなら相応の礼があってもいいんじゃないか?ないか!?」

 

「……わかってるわよ。私にできることなら、って条件付きだけど」

 

「なぁらぁ、俺の願いはオンリーワン、ただ一個だけだ」

 

指を一本だけ立てて突きつけ、くどいくらいにそれを強調。そのあとに指をわきわきと動かすアクションを付け加えて少女の不安を誘い、喉を鳴らして悲愴な顔で頷く彼女にスバルは好色な笑みを向ける。

 

「そう、俺の願いは――」

 

「うん」

 

歯を光らせて、指を鳴らして、親指を立てて決め顔を作り、

 

「君の名前を教えてほしい」

 

呆気にとられたような顔で、少女の紫紺の瞳が見開かれた。

しばしの無言が周囲を支配し、決め顔を維持するスバルは静寂の中でかすかに震える。

外した感が半端ない羞恥となって込み上げてくるが、こういう状況で周りがリアクションする前にイモを引くのは最悪のパターンだ。

故に黙り、スバルは彼女からのアクションを待つ。

 

氷塊でも氷柱でも冷凍ビームでもなんでもこい。やっぱ冷凍ビームは勘弁な。

 

「ふふっ」

 

そんなスバルの極限状態すぎる高速思考は、ささやかに届いた笑声に打ち消された。

口元に手を当てて、白い頬を紅潮させ、銀髪を揺らしながら少女が笑っている。

 

それは諦めた笑みでもなく、儚げな微笑でもなく、覚悟を決めた悲愴なものでもない。ただ純粋に、楽しいから笑った。それだけの微笑みだ。

 

「――エミリア」

 

「え……」

 

笑い声に続いて伝えられた単語に、スバルは小さな吐息だけを漏らす。

彼女はそんなスバルの反応に姿勢を正し、唇に指を当てながら悪戯っぽく笑い、

 

「私の名前はエミリア。ただのエミリアよ。ありがとう、スバル」

 

「私を助けてくれて」と彼女は手を差し出した。

その差し出された白い手を見下ろし、おずおずとその手に触れる。指が細く、掌が小さく、華奢でとても温かい、血の通う女の子の手だった。

 

――助けてくれてありがとう。

そう言いたいのは彼女だけではない、スバルの方だった。スバルの方が先に彼女に恩を受けていたのだ。だからこれは、それがようやく返せただけのこと。

 

通算して三回、刃傷沙汰で命を落として辿り着いた結末。

あれだけ傷付いて、あれだけ嘆いて、あれだけ痛い思いをして、あれだけ命懸けで戦い抜いて、その報酬が彼女の名前と笑顔ひとつ。

ああ、なんと――。

 

「ああ、まったく、わりに合わねぇ」

 

言いながらスバルもまた笑い、固く少女――エミリアの手を握り返したのだった。

 

※ ※※※※※※※※※※※※

 

――と、ここで終わっていればいい話で終われたのだが。

 

「それにしてもスバル、よく無事だったね」

 

一通り、エミリアとのやり取りを終えたタイミングを待っていたのだろう。

強制的にお黙り、とされていたラインハルトがスバルの無事を言葉少なに驚く。彼ほどの使い手から見ても、エルザの最後の一撃はそれだけのものだったということか。

 

スバルは痛む腹部を軽く押さえて、それから床に転がる棍棒を指差す。

棘付きの棍棒はその太くたくましい見た目通り、立派な盾として働いてくれた。本来の用途とは違うものの、そこは納得してほしい。

 

「そいつでとっさにガードしたかんな。それがなきゃ、今頃は胴体真っ二つだ」

 

「そうだね。これがなければ――」

 

BADEND4は回避できなかった、とあっけらかんとスバルは笑う。それに追従するように笑いながら、ラインハルトは何気なく落ちていた棍棒を拾い、

 

「あれ」

 

その手の中で、棍棒は滑らかな切断面をさらして鈍い音を立てて落ちた。

ど真ん中で二つに切り落とされ、その役目を完全に終えている。

 

ゆっくりと、ラインハルトがスバルの方を切なげな目で見た。

スバルもその視線に従って、嫌な予感を感じつつもジャージの裾をまくる。胴体は先ほどと同じ、真紫の打撲で超変色状態だが、そこに変化が生まれた。

 

――ふいに、横一線に赤い筋が引かれたのだ。

 

「あ、やばい、これ、俺にも先が読めた」

 

鋭い痛みが先鋒として訪れる。

そして次の瞬間――スバルの腹部が横一文字に裂け、大量に鮮血が噴出。

 

「――ちょ、スバル!?」

 

すぐ近くで、エミリアの切羽詰まった声が聞こえる。

ああ、やっと本当の名前が聞けたっていうのに、下手したらまた終わりか。

――たとえそうであったとしても、俺はまたここへくるだろう。

 

視界が大きく傾く。体が倒れ込んだのかもしれない。

ラインハルトが焦りを浮かべ、すぐ近くで顔を覗き込んでくるエミリアがその整った面に悲痛な表情を象っている。

 

――ああ、焦ってたりしててもマジ可愛いな、異世界ファンタジー。

 

そんないつかと同じような感想を最後に、激痛とショックがスバルの意識を波濤の如く押し流していった。